前回のお題、ありがとうございました。

今回はノアさんからいただいた、
『許すという強さ』
です。



この一言、幅広く取れる言葉だよね。

勘違いしてほしくないのが、許して良い場所と、許してはいけない場所があること。

その辺、自分もまだまだ勉強不足だなと思うし。



以前何かで読んだ事があるんだけど、人間ってなかなか“許す”っていう事が出来なくなってるらしい。

キレやすい
って言葉が出てきたのも、その辺関係あるようで


貴方は
自分がイライラしているとき
相手が
喜んでいたり
怒っていたり
哀しんでいたり
楽しんでいたりしたら
それを許して、共に喜怒哀楽出来ますか?





例えば、電車が満員電車で目の前に妊婦さんがいる。

どれだけ自分が楽な場所を確保していたとしても、彼女を優先的に楽な場所にさせてあげられるか。



これだって、本当単純な例だけど、許すという位置における話だと思う。

己の欲を抑え、相手の欲を許す。


このお題をいただいた時、かつてのマザーテレサを思い出しました。



彼女は皆の母となり、全てを許し全てを愛して生きたわけだ。






果たして、全てという位置付けが正しいのかどうかは謎が残るけど…(笑)

最近の若い子が、我慢が弱い、忍耐力がないというのは、正直身を持って感じた事がある。


でも、それは育ってきた過程などにもよるところがあるだろうから、一概に当人ばかりを責める事は出来ないと思う。






ただそこで、
当人に改善の意思はあるのか。
自らの成長を求めているのか。
そこがあるのとないのとでは本当違うと思う。

他人にそれのせいで迷惑をかけているのに、それを気付こうともせずに己の欲のみで活動するのか。


迷惑という気持ちを理解しているからこそ、そこに許しは出るのか。



小さい頃、誰かしらに言われた事はないだろうか?

自分がされて嫌なことは人にしたら駄目だ、と。






その一言も、“許す”という感情の一部から成り立っているものなのではないかと、今回お題をいただいた時に思いました。

まぁ、何だかんだ言って、“許す”って難しいよね。



なんせ、『世界』は否応なしに自分が見えている範囲に絞られてしまうのだから。

だから、私は沢山の世界を見て聞いて、もっと許容範囲の広い人になりたいと思う。


世界が狭かった自分が、可哀想だから。



好奇心

大事だよ(笑)






携帯からなんで、うまく語れなかったけど、こんなもんで。

また次回、お題お楽しみに~