主体である自分が認識している自分と、自分以外が認識している自分というものは、必ずしも同一ではない。

本人だからといって、自己認識が完全に出来ているわけでもない。

妥協的に形成される自分という仮面でしかない







大好きな本から抜粋。


私は、どんな仮面なんだろう。
怒りを素直に吐き出せないのは、昔からの生活・経験のせい。



怒る事を自重して生きてきたから。

怒りの先にあるのは、悲しみばかりだったから。


大好きな人、愛する人を作るのが怖かった事もあった。

表現に乏しいから、必ず相手を悲しませてしまう結果が見えていたし、そうなって失うくらいなら、始めから作りたくなかったから。



表面だけだったなぁ。

こんなにも、弱くなってしまうのが、嫌だったから。

一人なら、いくらでも強がっていられる。

そういうタイプだったから。






逃げてただけだと、今では思うけどね。

もう逃げないって決意したから、今は違う面では強くなれているのかも知れないけれど。






勝手な己の気持ち、解答のみで決め付けないで欲しい。

幸せだって人それぞれ。

他人の幸せ願う前に、自分が安定してなくて何が出来るのか。



まず己の人生に必死になれ。

自身に余裕がないのに、人に余裕与えられるか考えろ。






そんなのは

素直な気持ちじゃない。


我慢すら、出来てない。

それを認める事すら出来てない。






自身の全てを認めて、それを受け入れてからかかってこいよ。








どれだけの気持ちで、あそこまで私が動いたのか。

君がそうしたいなら、そうすればいい。


もう

私は動かないよ
今年一番の映画は? ブログネタ:今年一番の映画は? 参加中

既に1月31日から公開のCMが流れているのを見たんだけど、
2部は前作より断然面白そうなので
CMを見ただけでだいぶ期待してるんだけど…

今度こそ誰かと一緒に見に行けるのかな。笑


今年一番印象的だったのは、
そんなこともあってやっぱり「20世紀少年」。

最初全く意味がわからないまま、
トモダチのあの覆面状態の様子を見て
ただ単に、素直に興味がわいただけだったんだけど、

友人に漫画を借りて読んだらどつぼでした。笑


個人的に、実写なら
唐沢さんじゃない人で希望したかったなと…






体調を崩している間に
HPを閉鎖して前略とこのブログを残しました。

おそらく活動が
今までとガラッと変わると思うので
今まで以上にマイペースな動きになると思いますが
よろしくお願いします。
遅くなりましたが、いただきましたお題“命”について、またいつもの如く戯言ですが書かせていただこうと思います。






最初に、

皆さんは“命”ってお題をもらったら、どう考えますかね?



私はまず、範囲が広すぎて、どういう視点からこのお題について書いたらいいのか…ってすごい悩みました(笑)

でも、じゃあどういう形での“命”という言葉が私の脳の中の大半を占めているのかなって考えた時に、本当抽象的でもなんでもない物体としての命、つまり人間の肝機能“心臓”っていう考え方が一番パッとくるなと思った。


なんで自分の命をそんな粗末に扱うのか。

とか、

生きてることに喜びを感じて、命を大事にしなよ。

とか、そういう言葉なんかではなくて、ただ単に人間の動いていられる中心部分、核の部分としての“命”。



もちろん、昔は命なんか大事じゃないとかそんなくだらないこと思ってたコトもあったけど(苦笑)、それって命という部分の事を抽象的にとらえ過ぎなんじゃないかと思うんだよね。

結局生きているのが辛いからって命を絶ってしまう子とかが増えてしまっている悲しい世の中ではあるけれど、それってアニメや映画の世界で“命”というものを抽象的にとらえ過ぎてるからなんじゃないかって、前に考えた事があったなぁ。


自分がそうだったからって、一概には言えないけれど
この皆の身体にも一つ一つ入っている“命=心臓”っていう部分。

そのたった一つの部分を断ち切ってしまう事で、人っていうものは停止してしまうわけだ。



そう考えたら、
怖くない?


たったそれだけの事で、今までの自分の生きてきた道やこれから何かしら起こるかもしれない出来事すらも、全て無くなってしまうという怖さ。

別にそれが、どれだけ辛い事でも悲しい事でも、
一瞬にして無くなってしまうっていう事の恐怖。焦燥感。





まぁ、それが欲しくて命を絶ってしまう人もいるような悲しい世の中ではあるんだけどね、実際のところ。


私個人の脳内の話ではあるけど…

『たったのそれだけで』
って考えた時に、

小さなことでは悩まなくなったし、前向きに生きれるようになったんだよね。


逆に考えれば、たったそれだけで断ち切れるのとは反対に、いつ“たったそれだけのことで終わってしまう”かも知れないわけで。

それが自分ではなくても、家族だったり自分の中の大切な人達だったらと考えたら、もっと怖いと思うよ。


大切な人の命が突然絶たれてしまうことの怖さを知っているから、知らせてくれたから、そう思えるのかも知れないけれどね。



私の命に対する考え方は、“人間の核の部分。人生を構成する上で全てを担う儚く弱い内臓部分。”ですかね。

ありきたりだけど
大事にしよう。

命ある限りは、楽しく生きよう。