なぜ職場でお菓子が配られるのか?

 

あなたは職場でお菓子をもらったことはありますか?
 

帰省先で買った地元の名物
旅行先で買った有名なお土産
近くのコンビニにある新商品

 

私はもらったことも渡したこともあります。

 

職場でお菓子を配るのには
どんな理由があると思いますか?

 

「お世話になってるから」?
「礼儀だから」?
「美味しかったのを伝えたいから」?

 

今回はこのテーマについて浮かんだ
私個人の意見を書いていきます^^

 

 

【集団生活マインドステップ】

職種は人それぞれだと思いますが
今回は通勤する場所があり、そこで一緒に働く人たちがいることを前提にします。

 

そこで掲げられた理念や目標に
やりがいや共感を感じられなくても
とあるグループに所属しているからには
所属している他の人たちと同じ方向に向かって動く必要があります。

 

そんなとき人は
自分はここに所属している
ということを知らぬ間に意識します。

 

どういうことかというと

 

①所属先がある

②自分の居場所を作ろうとする

③場に馴染もうとする

④存在価値を感じる

⑤安心する(落ち着く)

 

こんなマインドステップを踏んでいるのです。

 

実はこれ、職場だけでなく
大学デビュー結婚後の親戚付き合いなんかも当てはまります


あと、所属と聞くと長期間をイメージしがちですが

合コン婚活パーティーママ友会などの短時間の場合にも置き換えられます

 

マインドステップ③までくると
相手に合わそうとするか
相手を誘おうとするか

タイプによって違いはありますが
とにかくいろんな方法で相手に好意を伝えようとします
その一つがタイトルにもある
「職場でお菓子を配る」なのです。

 

「自分はここに所属しているんだ」
という確信を得るために
他者からの反応、つまり好意を感じようとするのです。

 

 

 

【いいね病の本質】

最近ではSNSもそうです。
Twitterやインスタグラムのフォロワーの数は
他者からの好意が数値化されたものです。

 

フォロワー数が多い
=好意を寄せてくれる人が多い
=その場に自分の居場所がある
=存在価値を感じられる

 

フォロワー数が減ることに敏感になるのは
自分の存在を否定されたような感覚になるためです。
 

最近ではSNSで「いいね」欲しさに

過剰に自分を演出してしまったり

偽った自分を演じてしまったりする

「いいね病」が蔓延しています。

(非常識で過激な行動をとる人たちもいますが、

あれは反応をもらう以前に注目を浴びたいようなので

「みてみて病」の方がしっくりきますね)

 

私自身も

「誰かが読んでくれている」ということを前提にこのブログを書いているので
誰かが好意的なコメントをしてくれたり、いいねしてくれたりしたら

当然嬉しく思いますし、数が増えて嫌な気持ちにはならないでしょう。

 

これは集団社会で生きていくうえで自然なことだといえます。

「いいね病」の本質部分はもともと誰もが持っています

SNSが浸透してから、もらえる反応の数が世界規模で広がっていき

本来私たちが認識できるキャパシティを越えてしまったのです。

返ってくる球の大きさがどんどんデカくなり

もっと大きな球を投げようとして

持ち上げられなくなっているイメージです。

 

相手の反応が欲しい気持ちは

誰もが持っているものですし、悪いものではありません。

 

それに振り回されて自分を見失うことが問題であり

本来人間は相手の反応を得たときに

自分という存在を感じるようにできているのです。
 

 

 

【分岐後に見えた私の到着地】

ここまで集団生活マインドステップについて
私なりの考えをお話してみましたが、いかがでしたか?

楽しんでもらえていたら幸いです。

(ちなみに集団生活マインドステップとは

私が勝手に名付けた単語です笑)

 

実はこのマインドステップには分岐点があります。

どこだと思いますか?


それは…

 

私の実体験を交えながら次回お話したいと思います^^

 

ここまで読んでくださってありがとうございました。
 

 

ハピ子