あなたの言葉には人生が乗っかってる
言葉の背景にあるあなたの軌跡
普段は水しか口にしないのですが
久しぶりに朝コーヒーを飲んでいます。
カフェで本を読むと元気が出ます。
新しい顔をもらったアンパンマンほどではありませんが
軽自動車のレギュラー満タンくらいにはなります。
今日は私の苦手ジャンル
人との「会話」について書こうと思います。
「皆さんは昨日、何人のひとと何文字使って会話しましたか?」
そんなこと聞かれても
正確に答えられるひとはいませんよね。
では、これはどうですか?
「皆さんは昨日、人に言われて嬉しかった言葉はなんですか?」
人との形式的なやりとりよりも
心に響く何かの方が強く印象に残ります。
言葉のコミュニケーションは日常の大半を占めています。
SNSが普及してからは尚更。
毎日が作文コンクールのような方も
いらっしゃるのではないでしょうか。
(私のようなブロガー含め)
今日はその言葉を操る私たちの心について
そしてそのやりとり「会話」について
考えてみたので、書いていこうと思います。
【文字と言葉は違う生きもの】
ふとした言葉には複雑な背景が絡んでいます。
例えば「愛してる」
この5文字の単語だけ見たら
あなたの美しい感性がくすぐられるかもしれません。
(ひねくれるのもOKです)
でも会話には相手の声色や表情、そのときの状況などがセットで付いてきます。
「愛してる」と言ったのが
女性か男性か。
笑顔か泣き顔か。
囁き声か怒鳴り声か。
人前か二人きりか。
こっちを向いてるか向いていないか。
色んな条件で「愛してる」の聞こえ方が大分変わってくるはずです。
文章で読む文字と
生身の人間が扱う言葉は
まったく違う性質をもっています。
言葉の意味に影響を与える条件として
次の3つがあげられます。
【言葉の意味を変える条件3つ】
①その言葉を使う人物
これはそのまま「誰が言うか」です。
その人の信頼性によって言葉の意味が変わってきます。
正確にいうと「聞き手」がその意味を書き換えていきます。
妻の妊娠中に不倫をしている政治家とそうでないのとでは、
男性の育休取得の促進について訴えたときの聞こえ方が全く違います。
相撲取りのような体型のダイエットトレーナーのダイエット本も恐らく売れないでしょう。
影響力、説得力はその言葉ではなく、その言葉を言う人物にあっけなく左右されます。
②それを言うときの様子
これは「どう言うか」です。
つまり言葉の表現方法。
ニコニコしながら「やだよ」と言うのと
真顔で「やだよ」と言うのとでは
相手の傷付き方が全然違うでしょう。
しかも前者は「いいよ」の可能性がまだ残っているかもしれません。
これはマインドランゲージと表現できます。
(私が勝手に名付けました)
その人の本音が言葉に着色されてしまう、
まさに「文字」ではない「言葉」だからこそ起こるマジック。
とはいえ、人間的といえば人間的かもしれません。
嬉しいときに怒るテクニックなど誰も学校で学びませんし、
生きていくうえでそんな技術が必要なのは役者か詐欺師くらいでしょう。
③それを言うときの状況
これは「いつ、どこで言うか」です。
言葉を届けるための演出、とも言えます。
とあるタレントさんがテレビで話していたのですが
「謝罪」は相手と二人きりのときよりも人前でする方が良いそうです。
人前で謝罪を(大げさに)すると、相手は人目を気にしてすぐ許してくれる、とのことです。
確かに、人目を気にすると怒りよりも驚きが先にきて、
更に恥ずかしさで上塗りされるのは容易に想像出来ます。
これがプロポーズだったらどうでしょう。
嬉しさが勝る人もいれば脅迫されたと思う人もいるかもしれません。
いずれにせよ、言葉そのものよりも
タイミングや状況が受け取り方に大きな影響を与えているといえます。
【言葉の選び方にその人の背景がみえてくる】
あなたは普段、どんな言葉で人とコミュニケーションをとっていますか?
以前「マジ卍(まんじ)」という言葉が流行りました。
あれは言葉そのものに意味はなく、使うことに意味があるのだそう。
(使ったことはありませんが、共有できる単語を通して仲間意識を作り上げている、と個人的に捉えています)
他にも「ヤバい」でなんでも事済ませたり
「すいません」で敬意すべてを表したり
本当に言いたいことを言葉にする習慣は、大人になるにつれ減っていきます。
どんな場合であれ、人が何か言葉を発するときには共通点があります。
それは
「その人の選ぶ言葉には
その人の人生が乗っかってる」
ということ。
どういうことか。
直近の記事をご覧頂けたらわかるように、
最近は幼少期の環境からみる現在の自分を意識しながら過ごしています。
そして「ありがとうの行方」という記事では
人へ伝えるときの自分の心情について考えました。
それらを通して
「言葉」にはその人の現在までの経緯が込められているのではないか、と思ったのです。
極端な例を書きます。
6才の子どもが自由作文の課題を出されたとしたら、どんな内容で書くでしょうか。
「昨日の晩ごはん」かもしれないし「うちの犬」についてかもしれません。
少なくとも「経営マネジメントと戦略思考」については書かないでしょう。
前世の記憶がある子どもが人生について哲学的に語る本は見かけたことがありますが、子どもが経営について戦略的に語った本は恐らくこの世にはないと思います。
(見つけたら是非教えてください!)
この例だけみると当たり前に思えますが、
これは普段の私たちの会話にも置き換えられます。
40代の主婦たちが会話のなかで「マジ卍」とは言わないだろうし、入社面接で面接官にCoCo壱の好きなトッピングについて語る就活生もいないでしょう。
知識やセンス、経験、判断力など、
人は言葉を扱うとき、それまでの人生で得たものしか使えません。
知らない単語は出てこないし、らしくないと感じるセリフは言わない。
非常識だと判断したら思っても口には出さないし、
逆に口先だけでも言った方が良いと思えばとっさに口にする。
その人の言葉にはその人の今までが
つまりは人生が乗っかっているのです。
【言葉からみる自分の人生】
私たちは誰かと話しているとき、
きっと相手の親やパートナー、学生時代の先生、職場の雰囲気とも会話しています。
そう思いながら人と会話してみると
何気ない言葉にも厚みが増してきます。
その厚みは、もしかしたら一方的な勘違いかもしれません。
でも、相手の気持ちを汲み取ろうとしたとき
その厚みが手伝ってくれる、なんてこともあると思います。
他者についてだけではありません。
「どうして自分は、あのときあんなことを言ってしまったのだろう」
と思ったときにも、きっと役に立ちます。
あなたはどんな人物ですか?
心理テストやカウンセリングも有効でしょうが
その答えは、扱う言葉からみえてくる場合もあるはずです。
私は自分のブログを読み直すとき
違う人物のような違和感を抱くときもありますし
懐かしさを感じるときもあります。
その文章が、言葉が自分から出たものだと思うと
把握してる自分自身なんてプリンでいうカラメルほどなのかも、なんて思ったりもします。
…ということで、今回も長くなってしまいました(^^;
2杯目のコーヒーが冷めてきたので
今日はこれで終わりにします。
久々のコーヒーは苦かったです。
読んでくださってありがとうございました。
dwbm-thinkthinkthink@yahoo.co.jp
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ハピ子
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