トラブルな話② | Namber666・・・Talk my self

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なんでもあり。

激強戦駆。

心を大事に、感謝を忘れず。

今日はトラブルな話①(昨年の事故編)につづいて、


小学校を卒業したすぐ後のトラブルを・・・書くわ。




1979年3月29日・・・


小学校の卒業式も終わり、中学校にあがる前の春休み、


ずっと小さい頃から野球をやってたので、


もちろん中学にあがっても野球部に入部して、


野球をする予定でした。


で、小学校最後の思い出に、仲のいい友達と3人で、


甲子園球場に春の選抜高校野球大会を見に行くことに・・・。


その大会は、


大阪の浪商にドカベン香川、牛島のスター選手がいた大会で、


かなり盛り上がっていたような記憶がある。


行った日は、大阪のPL学園 浪商 四国の高知商と


強豪有名高校のカードがあり、チケットの売り切れも予想された。


もちろん前売り券をもっていたわけでなく、


朝早くに家をでて甲子園球場の切符売り場に友達3人で並んだ。


今考えると、その並んでいる最中も偉い熱気で、


みんなが絶対に切符を手に入れて、試合を見たい・・・との


感じだったように思う。


そんなときに、トラブルは起こりました。


切符の販売が始まった時に、並んでるにも関わらず、


一斉に窓口に向かって列が動いた。


小学校6年生にしては、大きい方だった自分も


たくさんの大人の中にはいれば、ただの小さな子供。


たちまち、自分ら3人もその人の波に押され、


息もできないぐらいに、押しつぶされそうになる・・・


やばい・・・と思った時に、「ここにあがり!」って、


おっちゃんの声・・・太いパイプの列を窓口ごとに区切る、


手すりに押し上げてくれる・・・自分ら3人は、そこの一番上に


あがり・・・なんとか逃げれた。


しかし、その手すりから見る光景は、人がどんどん押し寄せて、


今にもその固まりが崩れそうになり・・・


目の前で崩れた・・・将棋倒しです。


悲鳴や苦しそうな声・・・しばらくして、色々なひとが整理をつけ、


落ち着いてきた・・・たくさんの人が倒れてる。


かなり、ぐたっとした人が運ばれていく・・・


自分らと同じくらいの人もその中にいる・・・


本当に怖い体験で・・・その時におっちゃんが


手すりに押し上げてくれなかったら、


ひょっとしたら、今この文章も書けてないかもしれない。


それが誰だったか・・・知るすべもないけど、


本当に命の恩人です。


その後・・・切符を買って、一日試合を見て帰ったけど、


自分はやっぱり強いのか神経が図太いのか・・・


何事もなかったかのように帰宅した。


親たちは、その事故を知って、ものすごく心配していたらしい。


当たり前か・・・もちろんそのころは携帯なんてないので


連絡を入れなければ、親からとることはできなかったので・・・


友達2人はショックで2~3人寝付けなかったり、


怯えたりがあったようだが・・・・自分には皆無。



その事故で小学生2人がお亡くなりになった。



それを聞いた時はかなりショックを受けたし、


あの時のあのおっちゃん・・・感謝した事を憶えています。



小学生の時のトラブルな話です。







・・・・と


最近・・・ちょっと前か、明石市でも花火大会で


将棋倒し事故あったよな。


痛ましすぎる・・・楽しいはずが最悪の悲しみや・・・


我先にの思いが醜い塊になって襲う、そんな感じか。


これは気をつけなあかん・・・


今でも甲子園のその場所、


その手すりもまだあるので、みれば思い出す事故や。


トラブルな話・・・結構つきないかも・・・


まぁ、自分にとっての最大は、


阪神淡路大震災やけどな・・・。



地震の事は、新聞なんかで報道されへんかったこと、


報道規制がでてたんちゃうか・・・と思えるような事・・・


結構あったわ。


そろそろ書いてもええやろから・・・そのうち書くわ。



では・・・




今日も皆さんに感謝感謝。