やっと重い腰をあげてオープンカウンセリングのことでも書こうかなと思う。
オープンカウンセリングに行ったのは10月30日。もう半月以上経ってるね。
10月は特に気持ちが滅入っていて何をしていても悲しくなるし、やる気なんて出るわけない。
もう何がなんだかわからないし、やってられない。私ってなんでこうなんだろうって思ってた。
それでちょうど初級セミナーを受けて、「言ってみる」をやってみてちょっとだけ楽にはなった。
でもまだまだ何かが足りない。何も足りていない。そんな気持ちだった。
そしてちゃたさんのオープンカウンセリング。行ってみたらなんと二人!
こりゃあほぼ個人カウンセリングだね!聞きたいこといっぱい聞いちゃおう!なんてラッキー♪
午前中は3人中2人キャンセルになってホントに個人カウンセリングになったらしい。
それでね。初級のときにはものすごく自分のこをを話すことに抵抗があって、
最後にやっとちょっと話せたっていう程度だったの。
でもすごく人に自分の話を聞いてほしいって気持ちがあったから
今回はなんでもいいからとにかく自分が一番最初に話すことはしてみようと思ってた。
そして出来ることなら「自分が嫌なタイプ」だと思っている
・自分の話ばかりする(くだらない話をしたり自慢とか繰り返す)
・人の話に割って入って気にしないで話をし続けたり
・機嫌が悪いことを態度に出してみる
ってなこともやってみようと思ったの。
結果はそこまでは出来なかったけど、最初に話すことは出来たし
なんだ、そうやってもいんだなって
なんか思えた。ちょっとずつね。
いろいろ自分の相談をし始めたらすぐに涙が出てきて止まらなかった。
もう何年も前のはずなのにね。あんなに泣いたはずなのにね。まだ足りないみたい。
このときに出てきたキーワードが「長女」
「長女なんだから我慢しなさい」
「長女なんだからちゃんとやっておきなさい」
「長女なんだから我がままいっちゃダメ」
「長女なんだからいい子にして妹の面倒ちゃんとみなさい、見本になりなさい」
えぇ。ちゃんとやってきましたよ。出来る姉を。
「私は出来なかったら怒られる」
「妹は出来ていなくてもかわいがられてる」
って思ってずっと心にブレーキがかかっていた。
羨ましかったよ。でもそういうもんだと思っていた。私にとってそれが普通だった。
我慢してるだなんてもう思ってなかった。
でも苦しかった。窮屈だった。
いま、これを書きながらでもいろんなことを思い出して
まだまだ吐ききってないこといろいろあるなってわかる。
どれだけ我慢してきたんだか。我慢しているんだか。私。
そんな言葉を一番言われていたのが私が小、中学校のころ。
そのころ私の実家は商売が大変な時期で両親は二人とも夜遅くまで働いていたが
ケンカは絶えず、家のことをしていなかったらすごく怒られていた。
家がそんな状況だから仕方がないと思っていたし
親には迷惑をかけてはいけないと思っていた。
そして何より怖くて反発できなかった。
私が看護師になろうと思ったのはこのころ。
親を助けようと思ったの?なんて美談っぽくよく聞かれるが実際は違う。
親のようにはなりたくないと思っっていたから。
なぜだか普通のOLというか事務とかの仕事はしたくなかった。
これから年寄りは増えるのは確実だし、資格はあればずっと続けられるって思ってた。
それに給料はいいし、人を助ける仕事で聞こえはいいから
一石二鳥どころか三鳥くらいに思っていた。
でもやっぱりどこかでこの家を救うのは私だぐらいに思っていた。
進学するのも普通の大学は金銭的にムリだけどそこならって遠慮していた。
そしてこんな家から早く出たいと思ってた。
なんかそんな話をオープン中にしていて、実際にやってみたのは
そのころの自分、親を想像して
「もうあなたの言うことは十分きいてきたので、もうきくのはやめます」
って言ってみること。
今の親なら何回でも言えるのに(実際に言ってるし)
想像したら怖くて言えなかった( ´(ェ)`)
いや~、たったそれだけのことなのに
ザワザワというよりもゾオッっとした。
気持ち悪かった~(´□`。)
家に帰ってからもしばらくは言ってみるように宿題に出されて
なんとなく大丈夫だろうって高をくくっていたら
いざやってみると「また言えな~い」
不思議なもんですわ。
時間を空けるとまた言えなくなりそうなので、ときどき言ってみています。
でもこのあと、まだすごいのがいたのよ。
自分でもビックリ。
それはまた今度。