たびげいにんのこや -5ページ目

たびげいにんのこや

備忘録として、色々なことを書き綴ります。

ネットの世界に初めて旅立ちました。

分かりきっていることなのだ。

自分が世間知らずだっただけなのだ。


本来、地球上には善と悪はない。


それは人間世界において作り出された概念にすぎない。

観念論の話だ。善と言う物質があるわけでもなく、悪という物質があるわけでもない。

極めて主観的な、物や事象への評価にすぎない。


主観的だから、絶対がないから、答えがない。


古代ギリシャの頃から、そういう事を考えている人はいた。


人間社会では、善と悪について考えざるをえなくなった。

自然界においては、そんなことを考える生命はいない。

人間は、人と人が争うことについて考えた。

争うの何故か。争うとはどういうことか。

あるいは、人間はどうして死なないといけないのか。

割と真面目に考えた。

そして、善と悪という概念を作り出した。


そして、宗教が始まった。(ただし、土着的・原始宗教はここでは置いておく)

人間より先に宗教があったのではない。

人間社会があって、後から宗教という物語が必要になった。


人間は、善と悪という概念を分かりやすくするため、神と悪魔というものを作って説明した。

神は善を担い、悪は悪魔が担った。

物語(宗教)に説得力をもたせるために、この世に悪があるのは、

悪魔がいるからだと論理をひっくり返して説明することにした。


だから悪魔だと認定された存在は、悪なのだ。


厄介なのは、作り出された物語(宗教)は、地球上で一つではなかったことだ。

だから、ある一つの宗教における神は、他の宗教においては悪魔とされた。

例えば、キリスト教の世界では、ヒンズー教の神様は悪魔ってことになっちゃうってことだ。


人間のもつ生存本能、生存競争という本質は、神様の世界にも自ずと反映されちゃった。


人間が自給自足してただ生きるだけなら、善も悪も必要なかった(原始時代とか、縄文時代とか)

でも、人間が自給自足の時代を終えて、技術が革新され、生産して余ったもので商売をするようになった。(そういや、ムハンマドは商人だったよな)


お金(貨幣)が誕生した。

商売とは競争だから、勝ち負けが生じる。

富を多く持つ者が勝ち、持たないものは負ける。

勝って富を多く得たものはもっと勝つし、負けたらもっと負ける。

お金(貨幣)は、善と悪(宗教)よりも力を持つようになった。

物語(宗教)は、お金より低いところに位置づけられた。

でも物語(宗教)とは、善と悪ってことを考えるから、貧しい人や苦しんでいる人を救う役目を

担い続けることになる。


産業革命が起こって、近代国家が誕生した。

富を多く得た(搾取した)国はどんどん大きくなって、

得られなかった(搾取された)国は、力をもてなかった。

お金(貨幣)すげーってなった近代国家は、お金(貨幣)=経済を自分達で統制するシステムを構築した。

大国はどんどん豊かになるために、自分たちの都合のいいようにシステムをどんどん作った。

小国は、お金(貨幣)の恩恵を受けていないから、まだお金より物語(宗教)を信じていた。


いつの間にか正義は勝つって言葉が生まれた。

それは近代国家で生まれた。自分達の正当性の根拠にするために。

善と悪(物語、宗教、倫理)は、政治にも囲い込まれ、更に低い位置に追いやられた。



勝ったからナンとでも言える。勝ったけど自分は悪でしたっていう人はいない。

正義だから勝ったのか? 勝ったから正義なのか?


だから悪魔だと認定された存在(負けた方)は、悪になった。