夫に読んでもらいたいなという思いはあるけれども、この本の書き方はちょっと挑戦的すぎて、相手の気持に配慮しない書き方が多々あるように感じ、主人がこれを読んだ時の気持と雰囲気を思うとぞっとしてしまった。決め付けられることを極度にいやがる夫だから。女性が書いた本と思い込んでいたら、筆者は男性と知り、更に驚いてしまった。けど、メッセージは明確だし、私が学んだのは以下の点

・ 自分がこわい、と思ったら、それは暴力だということ。「ある人のおこないが暴力かどうかを見極める基準は、相手がこわがっているかどうかです。

・ 暴力を振るう原因は、自分の過去の体験にあるのではなく、「後ろ向き」に考える癖の中にある。自分が心を許した相手のことになると、「後ろ向き」にばかり考えがちになり、「馬鹿にされた」とか「裏切られた」と決めつけて、仕返しとばかりに暴力をふるっている。「後ろ向き」の考えこそ、暴力の原因。→今の夫だ。怒らなくなった時期でも、この「後ろ向き」思考がとても怖かった。

すぐに相手に悪意があると決めつけて、やられたからにはやり返さなければと思う

何でも「前向き」に考えることができると、暴力を選ばなくなります。自分が損をしても、傷ついても、「きっと相手にも何か事情があったんだろう」とか、「私にも原因があったのかもしれない」と落ち着いて考えることができれば、カッとする気持もおさえられる。(私の父は、いつも「きっと相手にもなにか事情があったんだろう」って考える。だから本当に優しいんだ。そんな優しさと強さに甘んじてきてしまった自分が本当に情けなく、申し訳ない。父のその凄さが、今尚更良く分かる。)

・ 「邪推さえしなければ、怒る必要もないし、傷つく必要もない。」

・ 「傷つけられたと彼女を責める前に、自分が何をし、それを彼女がどう感じているかに気づいてて下さい。」

・ 「彼女が原因だと、彼女を非難する前に、自分のしたことを反省してください。彼女があなたに何をしたかではなく、あなたが彼女に何をしたのか、自分の行いを反省してください。」


・ 「こわがらせ、操ろうとしている」→これはどうだろう。そうしようとしているのか、私には分からないけど、それが本当の目的なんだろうか?

・ 彼の暴言などに慣れてくると、暴力がエスカレートする可能性が書かれていた。なれないとやっていけないけど、慣れることでエスカレートしたら嫌だな。じゃあ私はどうしたらいいんだろう。


・ 女性が男性に色々と言うことは暴力なのか?→男性がそれを「こわい」「従わないと身の危険がある」と感じるかどうかが分かれ道。

・ 次のことを感じるということは、暴力を受けているということだということ。
  - 私に「バカ」とか「能無し」とか言う。
  - いつも彼の機嫌をそこねないように気を配っている。
  - 彼に怒られるのがいやで、言うことを聞いてしまう。
  - 彼と会話したくても、非難されたり、無視されたりする。
  - 彼がいないとなぜかホッとする。
  - 彼を怒らせないために、あきらめたことがいろいろある。
・ 次のことを体験していたら、暴力を振るったということ
  - 彼女にバカにされたと思ったことがある。
  - 女は男を建てるべきだと思っている。
  - 彼女に「なまいき言うな」と言ったことがある。
  - 彼女に何か言い返されると腹が経つ。
  - 彼女をののしったことがある。
  - 彼女は口がうるさいと思ったことがある。
  - 彼女に反発されると、とても傷つく。
            など
アメリカにあるえマージという団体の活動は主人にあってるかもしれない。
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メモ
p6 「怒りをこらえたような声」
p9 暴力とは、なぐったりけったりすることだけではありません。精神的に追い詰めたり、言葉で傷つけたり、性的にもてあそんだり、経済的にくるしめたりすることは、全て暴力なのです。暴力には様々なかたちがありますが、共通した特徴が三つあります。
第一に、暴力は被害者に恐怖を与えます。
第二に、暴力は被害者から自由を奪います。
第三に、暴力は相手をコントロールするための手段になります。

相手がこわがったら、それは暴力です。なぐらなくても、どならなくても、ただ黙ってにらみつけるだけでも、相手にとってはこわいことかもしれないのです。話しの最中に立ち上がって近づくだけでも、相手は「何をされるかわからない」という恐怖を味わうかもしれないのです。(略)その人がいるだけで緊張し、こわくなるとしたらその人は暴力をふるっているのです。(略)ですから、ある人のおこないが暴力かどうかを見極める基準は、相手がこわがっているかどうかです。

13 人間は、最初は驚いても、やがて驚かなくなります。最初はテーブルをドンとたたかれるだけでびっくりしても、それだけが続けば、驚かなくなります。また始まったと思うだけです。(略)それで、暴力をふるう男達は次第に暴力をエスカレートさせるのです。

14 夫や父親が「キレルきっかけ」は何か、彼の「暴力のひきがね」になるのは何かをみつけようとするのです。しかし、やがてむだだと気づきます。(略)どんなことでも「キレルきっかけ」になり、どんなことでも『暴力のひきがね」になるということは、いつどんなことで暴力を受けるか分からないということです。

暴力をふるう理由は、「こわがらせ、あやつる」ため。自分より弱い相手を「こわがらせ、あやつろう」とすること。

20 暴力は「心の病気」ではない。
21 父親が母親に暴力をふるうのを目撃したりしていると、「男は、力づくで女を思い通りにあやつることができる」ということを、身を持って体験することになる。(略)「男が女に暴力をふるってもいいのだ」という間違った考えを身に付けてしまう。親から暴力を学習してしまう。
 その後、どこかで暴力的でない人間関係を体験する機会があり、暴力的でない付き合いの楽しさを味わうことが出来れば、考え方もかわる。また、「暴力はいけないのだ」と学ぶ機会があり、本当にそうだと納得できれば、「暴力を選ばない」大人にそだつ。

22 心の傷が原因で暴力的になるのではない。
  学んだから暴力を振るうことを「選ぶ」
  暴力とは学習の成果」
  子どもの頃の暴力体験は、心に深い傷を残す。よって心の傷の癒しは必要。しかし、心の傷が癒されれば、暴力も一緒におさまるわけではない。

27 「変わりたい」と思っても、簡単にはかわれません。特に、あなたがそばにいると、どうしても甘えてしまいます。(略)そして、三年とか後年といった長い時間をかけて、彼が本当に変わるかどうかを見極めることが必要です。

30 彼女の気持を考えたことがありますか?あなたの態度や言葉が、彼女にどんな思いをさせているのか考えたことがありますか?(略)あなたの気持は問題ではりません。あなたのしたことを、彼女がどう受け止めているかが問題なのです。そして、あなたのしたことを、彼女がこわいと感じたら、どんなささいなことでも、それは立派な暴力なのです。

36 例え彼女が悪くても、暴力をふるってはいけないのです。暴力を正当化する言い訳は何一つない。
37 彼女が原因だと、彼女を非難する前に、自分のしたことを反省してください。彼女があなたに何をしたかではなく、あなたが彼女に何をしたのか、自分の行いを反省してください。

39 「バカにされた」とか、「裏切られた」とか「騙された」というのは、どれも「後ろ向き」な考えです。悪いほうへ悪いほうへと考えるからです。暴力を選ぶのは、何でも「後ろ向き」に考えがちな人です。すぐに相手に悪意があると決めつけて、やられたからにはやり返さなければと思うのです。何でも「前向き」に考えることができると、暴力を選ばなくなります。自分が損をしても、傷ついても、「きっと相手にも何か事情があったんだろう」とか、「私にも原因があったのかもしれない」と落ち着いて考えることができれば、カッとする気持もおさえられる。(私の父は、いつも「きっと相手にもなにか事情があったんだろう」って考える。だから本当に優しいんだ)

彼女のことになると「後ろ向き」にばかり考えがち。それで、「馬鹿にされた」とか「裏切られた」と勝手に決めつけて、仕返しとばかりに暴力をふるっている。「後ろ向き」之考えこそ、暴力の原因。けおdなんで「馬鹿にされた」と思ったの?「バカにされた」というのは、あなたの邪推です。彼女に悪意はありません。勝手に邪推して、悪意があると決めつけている。

女性が色々と言うことについて
 彼女に色々と言われても、それを「こわい」と感じましたか?うるさいと思っただけでしょうか?言う事を聞かないと大変なことになると思いましたか?そうでないのであれば、彼女の言葉は暴力ではない。どんなに彼女になじられても、どんなに彼女にけなされても、うるさいだけで、暴力ではない。

42 あなたが邪推さえしなければ、あなたは怒る必要もないし、傷つく必要もない。あなたが「前向き」な考えを持てる人なら、暴力を振るう必要もない。

傷つけられたと彼女を責める前に、自分が何をし、それを彼女がどう感じているかに築いて下さい。

彼女が暴力を引き出す原因を作っているのではなく、あなたの「後ろ向き」の考えが、あなたに暴力を選ばせているのだという事実に気づいて下さい。彼女があなたを怒らせるのではなく、あなたの邪推があなたの怒りの原因なのだと気づいて下さい。邪推することをやめてください。

59 直接暴力を受けなくても、父親が母親に暴力を振るう姿を目的したり、傷ついて悩む母親に接することで、子ども達は恐怖と不安を味わい、情緒不安定になったり、問題行動を起こすようになります。(略)全てのDVは児童虐待でもあるのです。


沼崎一郎、2002、『なぜ男は暴力を選ぶのか ドメスティック・バイオレンス理解の初歩』株式会社かもがわ出版
道のりはまだまだ遠いなぁ。一番印象に残ったのが、「怒りを抑えることによって、DV克服を実現するのは不可能である。」という部分かもしれない。というのも最近までは「怒らないこと」をとても意識してくれていたため、そうなる前よりもずっと過ごしやすかったけど、それでもすぐに自分を責めたり傷つけたり落ち込んだりと、なかなか安心はできなかった。その理由は、怒りたくなる理由の本質、その背後にあることまで踏み込んでいないからってことなんだろうな。「相手のメッセージを偏った枠組みでとらえる「読み取り違い」が必ず存在し、怒りを増幅させているが、それを修正する試みも行う。」うん。これも納得する。何を言っても、すぐに「読み取り違い」で、全然そう思ってもいないのに、自分之悪いように捉えてしまい、良くない雰囲気になっていっていたから。


夫は、自分の父親が母親に暴力を振るい続けてきた中で育ってきたことを自覚している。そして、自分はそのような家庭を作らないで、幸せな家庭を創ることを最大の目標にしている。

そして、色んな努力をしている。けど、それでも私は怖いし、何気なく言ったことでも切れられ、安心して一緒にいられない状態が続いている。

この本を読んで、必要な階段が何段もあることに気付かされた。

・「何ゆえに家族としてやっているのか」
彼の場合、幸せな家庭を創るという強い目標がある。その目標のために、家族をやっていると感じることがある。けど、個人的には理解しあい、心通い合い、人生支えあっていくパートナーとして、また愛情溢れる雰囲気の中で子どもを育てたいという思いがある。もうすこい彼の気持を聞いてみたいし、今だと過去を精算するためだけに自分が使われているように感じていること、心が安らがないということ、伝えてみたいけど、怖いな。

・ なぜ切れるのか。本当の目的は何か。
傷ついたものの埋め合わせが、本人の人生の文脈の中で何であるかを見出さない限り、本質に届かないため、なんども繰り返すことになると書かれていた。自分の過去に迫っていくことは、繰り返さないために必要なことなんだということも分かった。けど、この部分は、私にはどうにもできない。彼自身、向かい合いたくないと思っている領域だからなんともできない。ここの扉が開かない限り、ここに目を向けようとする勇気を彼が持ってくれない限り、どんなに彼が努力しても、結局は何も変わらないように思う。けど、この気持、どう伝えたらいいのか分からないし、日本でそんなトラウマとちゃんと向きあわせてくれるカウンセラーとどこに行けば出会えるか、分からないな。

・ 暴力に転落する会話のパターンを発見し、そのパターンから脱却してフェアな関係をつくっていく。
これはできそう。

・ 妻の正統な憤りの必然性を受け止める
「自分の弱さをみつめながら、パートナーからの厳しい問い詰めにも逃げずに、自分が自然に相手の気持に配慮できる勘所をつかんでいく。「暴力をなくす」という否定形表現の目標から、例えば、パートナーを支えたり心を通わせることの安心、といった肯定的表現に重点が移行していくのだ。」これ、できるようになったら素敵だな。「勘所」。そう「勘所」。言葉や論理以上に、この「勘所」のようなものが安心して一緒にいられる人の条件だと思う。

また、「暴力はパートナー関係における決定的なルール違反である。加害者は自覚の有無にかかわらず、相手をコントロールし、絶対的に優位にたとうとしてきた一方で、パートナーは疲れ果て、恐怖と苦しみに満ちが生活をヨギなくされてきた。この厳然たる事実からすると、加害者はこれ以上被害者に対して負担や苦痛を与えない方針でなければならない。加害者は、相手に努力や協力を要求できる対等性をキャンセルする必要がある。」

夫も色んな努力をしてくれている。けど、本で書かれていたように、少しのことでも私は過去の裏切りのフラッシュバックを受けて、信頼できなくなって、夫をまた怒らせてしまう。けど、草柳さんによると、夫の努力を踏みにじってしまうように聞こえる私の発言は、これまで夫が私に与えてきた精神的な苦痛の結果だからそれは、夫が我慢して引き受けなければいけないと指摘している。きっと彼は納得しないだろうな。だって、私から見ると、彼は自分の育ってきた家庭環境のことが表面張力のように、もう彼の中でいっぱいいっぱいになっているから。少しでも非難されると制御できない気持に襲われるんだと思う。けど、それは私のせいではないということを、草柳さんに教えてもらえてよかった。私之実家に数日滞在してくれたとき、私とふたりきりになるたびに、文句やネガティブなことばかりを言うので、散歩していて、気分が良さそうなときに、そのことを指摘してみたら、切れられた。言いたいことあったら言ってというと、今口開いたらとんでもないことが出てきそうだから嫌だと言われ、「顔も見たくない」「出て行け」などという言葉に耐えられなくなり、ボロボロ涙がでてきたから、私もその場を退席した。

「パートナーがDVを解決しようと努力することが、DVの固定化に役立ってしまう47」という言葉も心に残った。私は、彼と結婚するときに、どうしても嫌な点があるということを正直に打ち明けた。そしたら、彼はそれは治す。と約束してくれた。私自身そのままのあなたを受け入れられない苦しさに直面し、あなたもそのままの自分を受け止められない苦しみを感じることになるのではないかと指摘してみたけど、そうはならないと、きっぱりと言ってくれた。その言語を信じるかどうか、どうしても決められなかったけど、人を疑ったことが殆どなかった私はその言語を信じる賭けにでた。「悪所は全部直すから、全部言って」という言葉もとても窮屈だったけど、私なりの努力はしてきた。どこが悪いかを考えて伝えることほどエネルギーのいるものはないけどいい家庭をつくるために必要なんだと思って、まじめにやっていたら、彼の暴言はエスカレートしていった。

これからへ
☆ 私がDVを解決しようと努力しない ☆

今も、こんな本を読みながら、彼のことを知りたいという思いと同時に、自分には何ができるのだろうかと考えている自分がいた。けど、それはやってはいけないことなんだと気付かされた。けど、彼自身が過去と向きあう準備がまだできていない中、私はどうしたら、心通い合える暖かい家庭をつくっていくことができるのだろうか。

なぞはまだまだ続くけど、道のりはまだまだ遠いということはこの本を読んで分かった。

せっかく貴重な自分の時間を母が作ってくれているのに、自分のやらねばならない仕事にあてずに、こんなことを考えないといけない状況も実は腹立たしい。けど、時間のあるときしかできない作業だから、仕方ない。夫がどういう状況なのか、自分はどうか、少しでも理解しておければ、いざという時に自分がぼろぼろにならないですむと思う。その為に必要な作業だから仕方ない。けどこの時間、返して!って叫びたくなる!!!!!やりたいことがいっぱいあるのに。くすん。。。

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メモ

12 加害男性は相手との関係の中に、温かく、理解し、努力しあえる本来のパートナーとしての前提と異なった目的を入り込ませている。悲しいことだが、女性がどれほど誠意を尽くしたとしても報いられることなく、彼の生き方のバランスをとるための人生の一部分に取り込まれていくことになる。

17 DVの暴力は「嗜癖の病理」
臨床心理学では、「暴力嗜癖」の病理と位置づけている。嗜癖とは心身を損なう習慣的行動で、それが自分や周りの人にとって害があるとわかっていても止められない行動を刺す。

18 「加害男性は暴力嗜癖という心の病理である」と分類することは、理解可能で変化の手立てがあることを意味する。すなわち、男性之暴力は、条件がそれえば、嗜癖の真理臨床の枠組みの応用でアプローチできるということであり、これが加害男性のDV克服の基本前提の一つである。

19 病理であるから、身体の病気と同様に、家族や近縁の人に対して、それを克服し回復していく責任が大いにある。

しかし
加害男性がカウンセリングをウケタとしても、「自分も努力しているのだが、やむを得ずたたいてしまう事情や、本当はそれを望んでいるわけではないという思い、あるいは妻が自分の気持を理解してくれず、言い合いが講じてしまい、言葉で攻撃される結果の暴力なので、妻にも責任があるのだから妻の側も努力してほしい、などということが話される。(略) 実際、加害男性之語る話は、それだけを聞いているとつじつまが合っていて、物事の認識も混乱しているように見えない。(略)DVの性質を知らないカウンセラーは、彼の話しを聞くと、彼をねぎらい、妻の一層の努力を要求したい気持が生じてくる。(略)わずかにカウンセリングに訪れた加害男性には、おおよそこのようなことが目立たずに怒っt系たのである。

克服プログラム
29 これまでの日常性に埋没することから脱して、「何ゆえに家族としてやっているのか」という根本的問をキャンセルしてきたという事実に直面せざるを得ない。いかにこれまでの生活が空虚であったか、本人としてそこに何を新たに打ち立てるかを考え直す作業をおこなっていく


日本の現状にあった面接技法
(1) 妻とストレスを激化しない対応や、妻を対等な人格として認めた上でのコミュニケーションを身につける。→これまで妻を従属的な損z内として見ていた自らの観念に気づき、それがくつがえされることによる怒りが暴力に発展していくことを知ることになる。妻が自分とは違う考えや生き方をもつことを認め、互いに限界があり独立した人格であるということを前提として、家庭生活を営んでいくための経験を蓄積していくのである。
(2) 本人の人生史上の問題がどう暴力につながるかを発見したり、現在の感情的バランスの回復を図る。→虐待やいじめの後遺症のケアとしてのトラウマ・カウンセリングが必要となる。子ども時代にDVの家庭で育ち、あのような父親になりたくなち思いながらも、妻への暴力衝動がうまれてきてしまう人もいる。(略)本質的に重要なのは、「(本人に取って)得るものがあるから暴力を必要とする」ということである。即ち、暴力の目的とする中身が重要であり、前記の傷ついたものの埋め合わせが、本人之人生の文脈の中で何であるかを見出していく。暴力による埋め合わせは、本質に届かない梅あwせであるから、何度やっても足りず果てしなく繰り返すことになる。これまで隠されてきた暴力の本当の目的を、暴力でなくより健全なやり方で獲得する経験をひく咳することが、加害男性の専門相談の目標となるのである。

47 「暴力之サイクル」は男性が主導で起こすだけではない。加害男性が虐待的関係をパートナーに教養することによって、パートナーはその中でもうまくやっていきたいと誠心誠意努力し、彼を何とかよい方向に変えたいと望んで行く。しかし、そう望むこと事態が、パートナー側も知らないうちに「暴力のサイクル」を維持するのに役立ってしまうのである。パートナーがDVを解決しようと努力することが、DVの固定化に役立ってしまうとは非常に恐ろしいことである。

自分が暴力をふるっているということを自覚した段階で
49 この段階では、これまでの人生で行って来なかったこと、つまり自分の痛みの部分を他社に対してオープンにすることにまずなれなければならない。そして、偽りを超えて自分の感情を表現する言葉を取り戻す作業を行う。(略)暴力に転落する会話のパターンを発見し、そのパターンから脱却してフェアな関係をつくっていくためのロールプレイなどを導入することになるだろう。→次の段階になると、自分之人生之歴史の中でどこに暴力の芽があったのか、暴力をふるうことによって、自分はパートナーに何をもとめていたのか、そのようなパートナーへの要求の理に合わない側面をどう健康な側面に転化していくかなど、様々な探求がなされるだろう。(略)パートナーとしてはこれまで裏切られ続けてきたので、彼が問題を直視しようとしたとしても、容易に信頼する気持にならないのだ。(略)重要なのはパートナーの女性側の気持のペースだ。これを最大限尊重できないと、全体之関係が崩れてしまう。(略)自分の弱さをみつめながら、パートナーからの厳しい問い詰めにも逃げずに、自分が自然に相手の気持に配慮できる勘所をつかんでいく。「暴力をなくす」という否定形表現の目標から、例えば、パートナーを支えたり心を通わせることの安心、といった肯定的表現に重点が移行していくのだ。

パートナーと加害者との力関係の逆転現象
54 男性が暴力克服之取り組みを始めると、次のような避けられない困難な問題が生じてくる。これまでの力関係が逆転し、女性側が優位にたつことが多い。パートナーは度重なる虐待被害により、わずかのきっかけでフラッシュバックが起こり、その責任を夫にj激しく求めることが頻繁に起こるのである。(略)このような妻の傾向が夫の暴力を引き起こしてきたのではなく、夫からの慢性的暴力の結果による、妻の気持の荒れやPTSDがこのような状況を引き起こしている、と理解する必要があるのだ。まさに、夫は単に自分の問題をみつめて暴力をとめるだけでなく、相手に与えてきた精神的苦痛に対する責任をとらねばならない、という立場に追い込まれる。

加害男性は自分の感情の動きを抑圧して生きてきた人が多い。相手から責められると、どうしても苦しい立場なので、耐えて切り抜けようとしたり、矛先をかわす言動になりやすい。必要なのはその対局之あり方であり、無意識之自己防衛の動きに気づいて、自らの人間としての弱さも認め、妻の正統な憤り之必然性を受け止める姿勢なのである。

57 加害者男性が暴力克服の歩みを始めると、女性からこれまで踏みにじられてきた数々之出来事をもちだされて、徹底的に責められる状況、すなわち先に述べたように「力関係の逆転現象」が生じる。これは人権侵害をされた側の政党な怒りである。関係が継続するならば、加害者は、このような被害者からの怒りを受け止め、その責任追及に最大限の誠意をもって答えなければならない。これなくしては被害者側は納得がいかず、加害者からの関係改善は不可能である。

被害者之痛みを感じ取る力を取り戻し、

58 暴力はパートナー関係における決定的なルール違反である。加害者は自覚の有無にかかわらず、相手をコントロールし、絶対的に優位にたとうとしてきた一方で、パートナーは疲れ果て、恐怖と苦しみに満ちが生活をヨギなくされてきた。この厳然たる事実からすると、加害者はこれ以上被害者に対して負担や苦痛を与えない方針でなければならない。加害者は、相手に努力や協力を要求できる対等性をキャンセルする必要がある。

59 暴力のある男性には、不満足を覚える事態に対する適切なスキルが欠けている。怒りを抑えることによって、DV克服を実現するのは不可能である。加害者プログラムでは、パートナーとのトラブル場面の本質は何かを理解し、相手と親和的関係を実現するためのコミュニケーションの習得を目指していく。さらに、相手のメッセージを偏った枠組みでとらえる「読み取り違い」が必ず存在し、怒りを増幅させているが、それを修正する試みも行う。

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DV相談、暴力克服プログラムに関するお問い合わせ 10時~19時 (月~土)


草柳和之2004「ドメスティック・バイオレンス 男性加害者の暴力克服の試み」岩波書店