人との結びつき -心を込めてー デューイ(結) -3ページ目

人との結びつき -心を込めてー デューイ(結)

私は、九州に住む28歳シンママ。
過去、自分が大嫌いだった。
変わりたかった。

今は違う。そんな時もあった。それでいい。
今大学通い、養護教諭・心理学者を目指している。
いつか、あなたに会う日がくる。
そう信じている。

 

おはろーん。デューイです。

 

事故の影響で吐き気がしてやまないので、今週までお仕事お休みすることになりそうです。

 

 

 

今日は私の過去について、、、

 

 

昭和天皇が崩御され、昭和から平成へ変わった年、

 

平成元年、バブル真っ只中に私は産まれた。

 

 

父は当時、実家の魚屋で修行をし、母もそこで事務業をしていた。

 

 

長女として産まれ、下に3つ下の妹ができた。

 

 

今覚えているのは、少ないかもしれない。

 

 

魚屋で働いていたなんて大人になって知ったものだ。

 

 

私は、ひょうきんで、よく食べるし、よく笑うし、元気に外で遊ぶ女の子だったらしい。

 

 

当時写真で見る限りは、幸せそうな家族。

 
 
父も母の事が大好きだったんだろうなーとか、
 
母も想ってたんだろなーとか伝わってくる。
 
 
家を建てていたらしく、そこで家族4人で住んでいた。
 
 
 
覚えてるのは、
 
妹が産まれる時に、夜中父と一緒にくるまって戦隊ものを見たこと
 
自転車を押してくれた父
 
母が妹をお風呂に入れていた光景
 
妹と遊んだ子供部屋
 
父と母が喧嘩をしていた食卓
 
それを笑顔で止めていた私
 
 
 
 
あー・・・思い出したら涙出てきましたね。(笑)
話戻すと・・・
 
 
 
そして、私が年中ぐらいになった頃、
 
父が自分ですし屋を始めました。
 
何もかも新しく始まる。
 
新しく建てて、忙しい毎日が過ぎていたと思う。
 
バブルでお客様も多く、母のお母さん(私にとっておばあちゃん)は
小料理屋をしていたので、そのお客様も来ていた。
 
 
いつも妹と2人で遊んでいた。
 
ゲームをしたり、お絵かきをしたり、
 
かまってほしくて泣いたりした。
 
ある時は妹がかまってほしくて泣いていて、
忙しすぎて閉じ込められているところをみて
自分ではどうもできなくて、家出もしたこともあった。
 
 
親は迎えに来ず、従業員のおばちゃん(前田さん)が
迎えに来てくれた。
 
おばちゃんはトイレもついてきてくれたり、色々教えてくれた。
 
 
お金ちょうだいって母にいうとすぐにくれて、駄菓子と雑貨屋が一緒に
なってるところまで行き、好きなもの買ってた。
 
 
ものには何不自由していなかった。
 
 
いつから狂ってたのかな・・
 
 
 
父が毎日のようにお酒を飲んでは、
 
家の中をぐじゃぐじゃにしていた。
 
母を殴っていた。
 
夜中起きたらどちらともいなくなっていたことも何回もあった。
 
「ここに電話してね」と番号が書いてあって、
 
出なくて、夜中パジャマにパンツのまま外を泣きながら探しにいったこともあった。
 
 
 
帰ってきたそのあとは、決まって父は暴力をした。
 
「なんで子供を置いて出ているだ」ってね。
 
 
父を止めても止めても大人の男には勝てなかった。
 
目の前で母は壁に頭を打ち付けられたり、蹴られたりしていた。
 
 
次の日、父は覚えていないと言いながら、片付けをしていた。
 
 
笑えなかった
 
 
 
 
 
 
 
 
ちょっと、疲れてきたから、ここあたりで今日は終わり!!
 
もちろん幸せな時期もあったんだろうけど、そんなのってあんまり
記憶にないんだろーね、幼少期って。
衝撃的なこととか、覚えているんだけどなー
 
母と父と喜んだ時のことを思い出したいなーとか思ったりするけどね。
 
そんなもんなんだろね、人間って。
 
 
 
また、気が向いたら続きかきます。(^^)