友は瀬戸内海を渡った向かいの県(地元)に住んでいた。ちなみにぼくは大学を卒業するまでずっと四国にいた。つい最近のこと、3ヶ月ぶりくらいに電話があり、声の調子は普通だったが、内容はあまり明るくなかった。
「あまり調子が良くない。肺炎かも」
「病院行けよ。自分で判断するのは良くない」
「あぁ、わかった」
彼は大学時代の同級生。同じゼミだった。音楽が好きで、キング・クリムゾンやクラシック音楽をこよなく愛していた。つまり同志だった。ふたりとも人文学部でゼミが同じ「コミュニケーション論」をとっていた。卒論は共同で執筆「音楽コミュニケーション」。共同執筆といえば聞こえはいいが、サボリ癖のあるぼくは、ほとんど何も書かず、彼に任せっきりだった。ぼくが卒業できたのは、彼のおかげと言ってもいい。どこか哲学的な風貌をしていた彼は「和田さとる」というペンネームを持っていた。なんだそれはと聞くと、指揮者ブルーノ・ワルターから「和田」、哲学者サルトルから「さとる」ともじったらしい。いかにも彼らしいと思った。
あれから30数年経った。時々、連絡を取り合う程度で、あまり深い付き合いはしていなかった。彼は地元よりこちらの方が好きだったようで、ぼくが地元にいる間は時々遊びに来ていた。どちらかといえば内向的な彼は、あまり友だちがいなかったようだった。本が好きな彼は、読み終わった本を片っ端から送ってきた。興味がある本はいいが、あまり興味がない本もあり、やや閉口していた。ぼくも大量にある本を少しずつ整理していたところだったのだ。まぁ、それも彼らしい。
以前から腦梗塞があるとは聞いていた。それは年取ると誰でも多少あるものだし、ぼくにもある。だが、高校時代のことが思い出せないと言っていたので、少し気にはなっていた。
電話があった3日後にこちらから電話した。病院に行ってなければ促すつもりだった。ところが、いくら呼出しても電話は繋がらなかった。彼はそんなにアクティブではないし、電話すればすぐに出るタイプだった。何だか嫌な予感がした。その日の午前、午後、夕方と3回かけたが繋がらなかった。その翌日、翌々日まで呼び出しを続けた。彼は独身の一人暮らしだった。地元に友だちがいるという話は聞いたことがない。家族はお父さん、お母さん、お姉さんが亡くなり、県外にお兄さんがいるという話を聞いたことがある。こういう時、どうすればいいんだと悩んだ。ひょっとしたら部屋の中で・・・悪い想像しかできない。思い切って彼の住んでいる地域の警察署に電話をした。
