短編小説 バストアップ 後編 | 秋 浩輝のONE MAN BAND

秋 浩輝のONE MAN BAND

はじめに言葉はない

家から大学まで1kmくらい離れている。自転車通学してるけど、10分もかからない。

大通りの交差点を信号が青になったので直進していると、反対車線から来たバイクが方向指示器も出さずに私の前を右折した。

――あぶないっ!

私は咄嗟にブレーキをかけ、自転車を止めた。バイクは振り返ることもなく、猛スピードで走り去っていく。間一髪、衝突は避けられた。

――なんて乱暴な運転をするのよ! 

幸い転倒はせずケガもなかったが、ちょっとでもブレーキをかけるタイミングが遅れていたら…と思うと、身震いがした。

 

なんと、真黒腹造の予言は的中した。ひょっとしてバイクを運転していたのは、真黒腹造? いや、体型とか雰囲気とかまったく違う。20代くらいの若者だ。

 

大学の自転車置き場に着き、カギをかけていると、同じクラスの男子が私に近寄ってきた。話したことはないけど名前は知っている。たしか、山田さんだ。

「頻入さん、おはようございます」

「あっ、山田さん、おはようございます」

「ぜんぜん話したことないのに、名前覚えてくれてたんだ。嬉しいな。いきなりだけど、友だちになりたくて声をかけました。僕とラインしませんか?」

「あっ、いいですよ」

私は即答した。山田さんは短髪、爽やかなスポーツマン・タイプのイケメンで私好み。前々から仲良くなりたいと思っていたのよね。

 

――ああ、またしても予言的中だ。びっくりぽん! 

昨日、真黒はこう予言したのだ。

「明日の朝、通学途中にバイクと追突しそうになるが、間一髪避けることができる。もう一つは、同じクラスのイケメンからラインをしたいと言われる」

「バイクと追突しそうになる」だけなら偶然もあり得るけど、「イケメンからラインをしたいと言われる」とかの具体的な予言が的中するなんて、偶然では絶対あり得ないよね。

――真黒を信じてみようかな……。

 

約束の午後1時ちょうど、私は新館の入口で真黒を待った。真黒は1分の遅れもなく、どこからともなく突然現れた。

「ふふ、ここに来られたということは予言が的中したのですね」

「信じられないけど、2つとも当たりました。なにかトリックがあるんじゃないの?」

「トリック? とんでもありません。そんなインチキなことして、あとでバレたら一気に信用失いますからね。ワタクシ、20年以上『信用第一』を信条として、この仕事に携わっております。そのようなことは一切ないと誓います」

 

「解りました。じゃ、信用しよっかな。ところで胸を大きくする薬、いくらなの?」

「はい、片乳100万円、両乳で200万円となっています」

「はあ? 片乳だけ買う人なんているはずないじゃん」

「たまにおられるのですよ。事故や病気で片方だけ失った気の毒な方とか」

「なるほど。それにしても両乳で200万円は高過ぎでしょ! 100万円にまけてください!」

「ローンでもいいですよ。36回払い、金利は特別に3%で」

「ムリムリ、アルバイトしてるけど、そんなに収入ないもん。どっかから借りますので、現金一括払い、100万円でなんとかお願いします」

私は両手を合わせ、必死の思いで懇願した。

「う~ん、仕方ありませんなぁ。じゃ今回はスペシャル・バージョ…」

「それでお願いします!」

真黒が話し終える前に、言葉が衝いて出た。

 

銀行やサラ金などから合わせて100万円ほど借り、約束通り現金一括で支払った。

真黒は一万円札100枚数え終えると、黒い鞄から四角い箱を取り出した。中身はカプセル薬だった。1日1回、夕食後に1カプセルずつ飲めばいいとのことで、早ければ3週間目くらいで効果が出始めるらしい。私はドキドキワクワクしながら、毎晩、カプセル薬を飲み続けた。

 

だが、1か月経っても胸が膨らむ気配はない。ただ、乳首と乳輪が少し大きくなったような気がする。そして、2か月近く経ったある日、大変なことに気がついた。やはり胸はペタンコなままだったが、乳首と乳輪が急激に大きくなっていたのだ。おそらく普通の女性の3倍くらいはあるんじゃないだろうか。

 

――なんじゃあ、こりゃ!

思わず松田優作になってしまった。

クレームを入れるべく、名刺に書かれた携帯番号に電話する。

「いったいどういうこと? ぜんぜん効果ないうえに、乳首と乳輪だけがむっちゃ大きくなるなんて……恥ずかしくて友だちと温泉にも行けやしない。これって詐欺じゃん!」

「いえいえ、詐欺だなんて滅相もありません。100万円も値切られると、乳首と乳輪だけが大きくなるというスペシャル・バージョンになってしまうのです。その説明をしようと思ったら頻入さん、私の言葉を遮って購入を了解されたもので…おっぱい全体を大きくしようと思ったら、やはり、あと100万円は必要なのです」

「チクショー、騙しやがって。絶対訴えてやる!!」

その後、真黒の携帯に電話しても繋がることはなかった。

 

真黒腹造は心の中で呟いた。

――世の中には絶対値切ってはいけないものがあるのですよ。欲掻くとロクなことになりませんぞ。

オーホッホッホッホッホ

 

 

(おしまい)