短編小説 百合根(前編) | 秋 浩輝のONE MAN BAND

秋 浩輝のONE MAN BAND

はじめに言葉はない

私の名前は坂下百合根(さかしたゆりね)。時々変な名前だと言われるけど、私はけっこう気に入ってる。だって、百合じゃ平凡過ぎるし、百合子じゃどこかの国の無能な政治家みたいだし、根が付くことで人から覚えてもらえることが多いのだ。ちゃんと根を張った生き方ができるような気がするしね。

 

百合という言葉を検索すると、私の知らないことがあった。レズのことを表す隠語らしい。語源は70年代に「薔薇族」というホモ雑誌があって、「薔薇」がホモを表す言葉として定着し、それに対抗して「百合」「百合族」がレズを表す言葉として出てきたそうだ。「百合族」の文字が入ったタイトルの映画もあるらしい。想像すると、男同士がまぐ合う絵よりも女同士のほうがキレイだと思う。あくまでも個人の感想で、他意はまったくないんだけど。

 

私、あまり深くは悩まない人間だけど、ひとつだけずっと悩み続けてることがある。それは性に関することだ。男性との性体験は、人並みだと思うけど、今カレを含めて3人。今カレとは2年続いてるけど、実は一度も感じたことがない。感じてないことがバレると、彼ショックを受けるだろうから、感じてるフリしてるけど、それって優しさじゃなくて、逆に不誠実だと思う。もうそろそろ限界かもしれない。

 

今カレの前につき合った2人の時もそうだった。ひょっとして私、不感症かな。でも、カラダだけじゃなくて、気持ちも醒めてる感じがする。いずれも私から好きになったんじゃなく、相手に告白されてから、なんとなくつき合い始めたパターン。別にプライドが高いとかではない。表面的にもそうは見えないと思うし、そう言われたこともない。ただ男性をほんとうに好きになったことがないような……未だに私は私を解っていない、そんな気がする。

 

高校時代、一番仲が良かった女友だちは秋野由香里(あきのゆかり)だった。高1の時のクラスメイトだったんだけど、名前がよく似てることもあって、すぐに仲良くなった。他の友だちと話すより楽しくて、どこへ行くのも、いつも一緒だった。トイレに行く時も手を繋いで行ったり。そういえば由香里と手を繋いだ時はいつもドキドキしていた。とても純情で大人しく可愛い女の子だった。どちらかというと姉御肌っぽい私とは対照的なキャラだからこそ、相性がよかったのかもしれない。

 

由香里とは同じ大学に進学した。これは人に言えるような話じゃないんだけど、由香里は当時つき合っていた彼氏との間にできた子供を堕ろしたことがある。彼氏は同じ大学の1年上の先輩で、由香里が妊娠したと解った途端、シカトし始めたクズ男の坂東伸一だ。繁華街のゲーセンで遊んでいる彼を見たことがあるけど、いかにも遊び人っぽい軽い感じの男だ。スケール感が皆無で、自分より弱い高校生をかつあげするようなケツの穴の小さな小悪党だった。由香里になんであんなクズ男とつき合っていたのか聞いてみた。どうやらクズ男が由香里に一目惚れしたようで、たまたま互いの共通の友人がいて、そいつが橋渡ししたらしい。中絶後、ふたりのつき合いは自然消滅した。由香里のためにはそれで良かったと思う。

 

子供を中絶した金曜日の夜、私たちは街中のホテルに泊まった。それぞれの家には一緒に試験勉強するからと連絡しておいた。由香里が家に帰りたくない理由は、家族に子供を堕ろしたことを悟られたくないということと、罪悪感や悲しみなどに覆われた心の痛みを私に受け止めて欲しいということだろう。由香里ははっきりとは言わなかったけど、私にはその気持ちが痛いほど解る。私は由香里をふんわりと抱きしめてあげた。由香里が可哀想だ。愛しくて愛しくて堪らない。由香里の頬に伝わる涙を拭き取り、そっと唇にキスをした。

 

その時だった。私の体は痺れるような快感が押し寄せてきた。そして、私の中から、浄化されたような透明な液が、まるでシャワーのようにすごい勢いで溢れ出てきた。

――いったい何なの、これは…!

そのあと脱力感に襲われ、しばらく起き上がれなかった。つき合った男たちと交わった時、そんな快感を覚えたことは一度もなかった。

 

今、由香里はいない。何も言わずに忽然と私の前から姿を消してしまったのだ。

 

 

(後編に続く)