ショートショート かお(前編) | 秋 浩輝のONE MAN BAND

秋 浩輝のONE MAN BAND

はじめに言葉はない

ショートショートを唐突に2本アップします。いずれも前編、後編に分けています。気楽に読んで頂ければ幸いに存じます。

 

秋  浩輝

 

……………………

 

 

――今を遣り過ごす

ずっとそうだった。辛いことや嫌なことからできるだけ目をそむけていた。先延ばしできるものは、ぎりぎりまで延ばせばいい。『急いては事をし損ずる』という諺もある。リミットまでじっくり考えたあとに行動すれば、辛いことや嫌なことの濃度を薄めることができるかもしれない。

もちろん、ナマケモノのただの言い訳である。そうやって、辛いことや嫌なことから、いつも逃げていた。子供の頃からずっとそうだった。

 

中学、高校時代の6年間、毎年、委員長に選ばれていた。だが、委員長になってもいいことは何もなかった。

「起立!」「礼!」「着席!」と授業が始まる前に号令をかけたり、学級会の司会をしたり、面倒なことばかりだ。委員長は世話好きで、名誉欲が強い人間が適任なのだ。ぼくはどちらでもなかった。人徳があるわけでもない、嫌なことや良いことを率先してやるわけでもない、困った人を助けるわけでもない、どちらかというと無口だし、ないないづくしの普通以下の人間なのに、なぜ委員長に選ばれていたのだろう。その理由をいろいろ考えると、おぼろげながらわかってきた。

 

ぼくの顔は、誰もが口を揃えて恐いと言う。額が異様に出っ張っているのだ。そのせいで目は奥目に見える。おまけに三白眼だ。フランケンシュタインに似ているとよく言われた。誰かと視線が合っただけで、ヤバいやつにガンをつけられたと思われるのだろう、必ず相手のほうから視線を外し、そそくさとぼくの前から去っていく。誤解も甚だしい。人にガンをつけた覚えは一度もない。

 

中学時代、高校時代ともご多分に漏れず、不良グループがいた。だが、しょせん気の小さい連中の集まりだった。おとなしそうな生徒を選んで、暴力をふるったり、カツアゲしたりするのだが、顔の恐いぼくに突っかかってきたことは一度もなかった。つまり、ぼくの周りにいれば、不良グループに絡まれることがなかったのである。これこそぼくが委員長に選ばれていた理由だったのだろう。ぼくは『子羊たちのボディガード』であり、委員長は『印籠』だったのだ。不良グループからみたぼくは、怒らせると何をしでかすか解らないヤバそうなやつで、しかも委員長だから教師にたれ込まれる恐れがある。うかつに手は出せないというわけである。もちろん、『子羊たち』を守ったことなど一度もない。周りが勝手にそう思い込んでいただけだ。

 

それともう1点、ぼくは勉強ができることをクラスメイトたちは知っていた。はじめにこわごわと勉強を教わりにきたやつに丁寧に教えてやると、教わったやつはぼくの『優しさ』に驚き、ペコペコと頭を下げながら走り去っていった。翌日、そのことはあっという間にクラス中に知れ渡り、クラスメイトたちはさらにぼくの周りに集まってくるようになったのである。つまり、『子羊たちのボディガード』に加えて『勉強を教える』がぼくに与えられた役割だった。かといって、友だちやつきあった女子は1人もいなかった。ようするに、みんなぼくを利用していただけなのだ。人間って、ほんとに単純で利己的な生き物だと痛感した。

 

高校を卒業したあと、有名私立大学に入学した。大学には高校までいた不良グループは存在せず、ぼく以上の学力を持ったクラスメイトはたくさんいた。つまり『子羊たちのボディガード』や『勉強を教える』といったお役目はなくなり、ぼくの周りから人はいなくなったのである。恐いと思っていた自分自身の顔も、知らず知らずのうちに変化し、ごくふつうの平凡な顔になっていた。いつの間にか、恐さが消失していたのである。

 

ある日、大学のキャンパスを1人で歩いていると、うしろからぼくを呼びとめる女性の声が聞こえた。最近めっきり他人と話すことがなくなっていたぼくは驚き、振り向いた。

 

「紫藤くん? お久しぶり!」

「えっと……誰だっけ?」

「高校1年の時、クラスメイトだった赤松恵美です」

「あぁ、思い出した! いつも控え目だった赤松さん……だよね?」

「そうです。思い出してくれてありがとう」

 

あまり他人に興味はなかったので、クラスメイトのことはほとんど覚えてないけど、赤松さんは異様におとなしく、同性の女子とさえ、ろくろく話もできないような女の子だったので、逆に印象に残っていたのである。いつもぼくのうしろにいて、結果、ぼくが守っていたような雰囲気になっていた。ぼくと赤松さんはつきあっているんじゃないかと、根も葉もない噂話が拡散されたこともあった。もちろん、ぼくは女子に興味がなかったので、そんなことがあるはずもない。

 

それにしても、今、目の前にいる赤松さんは、高校時代の面影はあるものの、ずいぶんと垢抜けた美しい女性に変貌していたので、驚いてしまった。

「せっかく久しぶりに会ったことだし、少し話しませんか?」

赤松さんの誘いに、別に断る理由もなく、暇だったので、大学の構内にあるカフェで話すことにした。

 

「紫藤さんは女子に興味なかったんですか?」

「なくはないけど、ご存じのように恐い顔してたから、女子から嫌われてただろうし……」

「そんなことありませんよ。紫藤くんのこと、好きと言ってた女子、何人か知ってますよ。だって、紫藤くん、ほんとうは優しいんだもん。実は私も……」

赤松さんはそう言いかけると、少し頬が赤くなった。

「え?」

思いもよらぬ赤松さんの告白に、ぼくはどぎまぎした。

――そんなこと今までに一度も言われたことがない

それはとても心地良い気分だった。『ボディガード』や『勉強を教えてもらえる』といった実利のために、ぼくの周りをたむろしていたやつら以外に、本当にぼくのことを快く思ってくれていた人がいたとは驚きだった。

 

(後編に続く)