早いもので、グレッグ・レイクが亡くなってからもう1年が経とうとしています。ELPファンにとって2016年は、3月にキース・エマーソンの自殺、12月にはグレッグが闘病の末、逝去……と、ほんとうに辛く悲しい年になりました。
記事は4年前にアメーバに連載したグレッグ・レイク架空インタビュー(2013年12月インタビューの想定)の再掲(加筆修正あり)ですが、過去記事には入っていません。事情あって、それまでの記事はすべて削除したからです。グレッグが世間で思われているイメージを想定しながら書きました。おちょくりや批判もありますが、グレッグへの愛あってこその言葉だと感じて頂ければ幸いです。
GL=グレッグ・レイク
HA=秋 浩輝
GL「そうだな~。カラオケを使ったことで、なんだかんだ言われたけど、相変わらずリズムがもたつくカールや、指が動かなくなったキースとやるよりは、ストレスがなくてよかったよ」
HA「なるほど。声が出なくなった自分のことは棚にあげるのですね。じゃあ、今後キースやカールと組むことはないのでしょうか?」
GL「God only knows。もちろん、神とは俺のことだけどな、ははは」
HA「……ま、いいですけど。1977年ワークスツアーの最中、MSGの楽屋で日本人の音楽評論家のインタビューを受けたことがありましたね」
GL「よく覚えてないな」
HA「その時、続けさまにクリムゾンのことばかり訊かれて、あなたは激怒したんですが、覚えてませんかね?」
GL「あぁ……そういえばそんなことがあったような」
HA「あれは本当に怒ったんですか?」
GL「いや、ポーズだよ、ポーズ。ワークスツアーが終わったら解散するつもりだったからね。ロバート・フリップにクリムゾンまたやらないかと、あのインタビューの前日話したばかりでさ」
HA「ロバート・フリップの反応はいかがでしたか?」
GL「生意気にも断りやがった。クリムゾン時代にナンパの仕方をレクチャーしたり、カッコいい服をコーディネイトしてやったりしたのは、いったい誰だと思ってやがるんだ!」
……グレッグ、怒りで頬が紅潮し、わなわなと震えている
GL「エイジアの内紛はよく解らんが、カールに誘われたから参加しただけだよ。ゲイリー・ムーアと組んだソロ・プロジェクトもうまくいかなかったし、そのあと暇だったからな」
GL「そうでもないよ。カラテ一緒に習ってたし、昔、日本へ行った時も一緒にナンパしたしな」
HA「あぁ……」
GL「エイジアに参加した本当のわけは、日本に行きたかったからなんだ。昔、日本橋の寿司屋で食ったマグロの大トロがまた食いたくなってな…あの脂のタップリ乗った寿司は最高だったぜ!」
……グレッグ、口元からよだれが垂れている
HA「……えっと、1972年の初来日の思い出とかありますか?」
GL「ツアーにはワイフや女は連れていくなと言っておいたのに、キースのやつ、エレノア(当時のキースの奥さん)を連れていきやがってさぁ、我儘で嫉妬深い女だから苦労したぜ。キースはエレノアの目を盗んで、ソープへ行ったり、カンサイ・ヤマモトの仲介で処女の女を頂いたりしたらしいけどな」
HA「あのぅ……食べることと女の話はもういいですから、音楽の話しませんか?」
GL「EAT&SEXは、生きることの基本だぜ? それらが充実してこそ、良い音楽は生まれるんだ」
HA「ま、一理はありますが(苦笑)それはともかく、あなたはロック・ミュージックのヒストリーに何か足跡を残したと思いますか?」
GL「もちろんだ」
HA「いったい何を?」
GL「女なんて、チョロいもんだぜ」
HA「…………」
(vol.2に続く)
あくまで架空インタビューです。事実と思われるエピソードや、キースとグレッグが過去にインタビューで語ったことを膨らませ、「創作」しています。(一部ウソも含まれていますw)次回以後も同じスタンスです。今回は10代の頃、ロバート・フリップに、ナンパの仕方を教えたり、洋服のコーディネイトをしてあげたこと、1977年ワークスツアーの最中にロバートにクリムゾン再編の話を持ちかけたこと、1983年エイジアで来日した時、いの一番にカールとふたりで寿司屋に行ったこと、1972年初来日の時のキースの行動(キース自ら自伝で語っている)など、すべて事実です。
