はいっ、予定通り、不動の落選でしたのでw、
限定から一般公開に切り換えます。
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打ち上げ花火
「塾の授業が終わったら花火やろうぜ」
俺は同じ塾に通っている音葉に声を掛けた。
「いいわよ、慎一」
音葉とつき合いはじめてから五か月目になろうとしていた。音葉とは中学一年の時、夏の花火大会の日に知り合った。まるでベタなドラマのような話だが、下駄の鼻緒が切れて困っていた音葉を見た俺は、「なんとかしてあげるよ」と言って結んであげたのがきっかけだった。
音葉とは同じ中学の同級生だった。すごい偶然だ。一学年四〇〇人以上もいると顔を知らないヤツも多いし、音葉のこともまったく知らなかった。夏祭りのあと、特につき合うことはなく、学校内で会った時、少し話をする程度だった。
だが、運命というものはあるのかもしれない。二年のクラス替えで、音葉と同じクラスになったのだ。「俺たち、もうつき合うしかないよな」と、冗談めかして俺が言うと、音葉はにっこり笑って頷いた。俺は飛び上がるほど嬉しかったが、何でもないような顔をした。
塾の授業は夜八時ちょうどに終わった。俺と音葉は自転車に相乗りして、土手の公園に行った。花火は前日俺が買ったものだった。
誰もいない公園で俺たちは花火を始めた。
はじめは線香花火だ。
「わぁ、綺麗だね」
音葉は嬉しそうに言った。
ねずみ花火に火を点けると、しゅるしゅるしゅると音を立てながら地面を這いづり回る。音葉は、きゃあきゃあ言いながら花火から逃げていた。とても楽しそうだ。
次々と種類を替えて楽しみ、あと一種類を残すのみとなった。筒状で先に紐がついているやつだ。花火の名前も注意書きも書いてないので、どんな花火なのか解らない。
紐に点火した。途端に「バンッ」というすごい爆発音がした。俺は耳が「キイーン」と鳴って、周りの音が何も聞こえなくなった。煙がもうもうと立ち込めていて何も見えない。
いっとき何が起こったのか解らず、両手を両耳で塞いでいた。煙が立ち消え、目の前の音葉が見えた。彼女は仰向けに倒れていた。
左目から血が流れている。
「音葉! 音葉!」
音葉を揺さぶったが何の反応もない。
俺は慌ててスマホで救急車を呼んだ。
音葉は総合病院に入院した。命に別状はなかったが、眼球に花火が直撃し、左目を失ってしまった。
花火には何も書かれていなかったが、後に打ち上げ花火だと解った。何の注意書きも使用法も書かれていなかったため、音葉の両親はメーカーを訴えた。メーカーは非を認めて賠償金を払ったが、いくらお金を積まれても、音葉の左目は戻ってこない……。
音葉は退院したが、学校に戻ることなく、盲学校へ転校してしまった。
あれから一二年の歳月が流れた。夏のある日、手紙が届いた。音葉からだった。
『あの事故からもう一二年も経ったのですね。あの時は何も言わず転校してしまってごめんなさい。両親の慎一さんへの怒りが酷くて、どうしようもなかったのです。もちろん慎一さんは何も悪くない。あれは不可抗力でした。私は慎一さんには申し訳なく思っています。一部の心ないマスコミやネットへの無責任な匿名の投稿者などが、ずいぶん慎一さんを非難していましたよね。
私は幼い頃からずっとピアノを弾いていますが、左目を失ったことで聴覚が鋭敏になり、他の人よりもピアノの上達が早くなったような気がします。おかげでプロのピアニストになることができました。
さて、今度の八月十九日土曜日に野外のクラシック・コンサートが開催されることとなり、私も出演することが決まりました。ご都合が宜しければいらっしゃいませんか』
手紙と一緒にコンサート・チケットが入っていた。俺は少し迷ったが、行ってみることにした。
久し振りに見る音葉はずいぶん綺麗な女性に成長していた。左目は義眼だそうだ。ピアノ演奏も素晴らしい出来だった。俺は惜しみない拍手を送った。
コンサートが終わったあと、音葉と会った。
音葉は俺の手を強く握りながら、優しさと深さに満ちた二つの眼差しで、じっと俺を見つめてくれた。
遠くのほうで見事な打ち上げ花火があがっているのが見える。そういえば今夜は花火大会だ。音葉と初めて会ったのも花火大会の日だったが、ふたりで一緒に花火大会の花火を見るのは今夜が初めてだということに俺は気がついた。(了)