ファンダメンタリズム1(Aさん、Bさんの場合) | 秋 浩輝のONE MAN BAND

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はじめに言葉はない

 

(前書きのようなもの)

ブロガーのクッカさんが宗教に関する記事をアップされ、2回ほどコメントさせて頂きました。クッカさんの思慮深さとバランスのとれた考え方には常々尊敬の念を抱いております。私はこのところ宗教に関してはまったく書いていなかったので、クッカさんの記事をきっかけに久々に書いてみようかと思い立ちました。べつに宗教の解説や批判をしたいわけではなく、宗教を信仰する、特に原理主義に傾倒する人たちの共通点やそこに至るまでの心理的なプロセス、宗教は世界や人の心に何を与えたのかを考えてみたいと思ったのです。


宗教にはカルトと呼ばれてい団体が数多くあります。私は過去にカルト団体(宗教以外も含む)への批判記事を書いた時に何度か団体にいらっしゃると思われる方からクレーム、攻撃を受けたことがあります。それまでブログ上で詩などで親しくして頂いた方から、突然口汚く罵られたこともあります。その方は脱会されて10年も経つのに、主張されていたことは、その団体の教義そのものだったので大変驚きました。10年経っても洗脳が解けていない……教団内部で教えられた知識や考え方が唯一正しいと確信されており、外から客観的に見る視点が欠けているのです。私も付け焼刃の知識で批判したつもりはなく、教義や社会的に及ぼした害について詳しく調べ、出来るだけ正確に書いたつもりなのですが、なかなか納得して頂けませんでした。どこまでいっても平行線なのです。今回はそういった方々と応酬を繰り返すつもりはまったくありません。先ほど述べたように批判が目的ではないからです。もし内容を曲解され、悪意や憎悪に満ちた誹謗中傷と思われるコメントやメッセージ頂いた場合はスルーしますのでご了解ください。もちろん礼節を持って常識をわきまえた議論でしたら、いくらでもお付き合いいたします。

 
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私はいかなる宗教も信仰していません。家の宗教は浄土真宗であることを10年前兄が亡くなった時に初めて知りました。親がまったく無宗教の人間だったという環境もあったのですが、別段、生活する上において必要としていなかったこともあります。『信仰心の無い人間なんて信じられない』と批判されたこともありますが、別段批判される謂れはないと思います。私は『神をも恐れぬ』ような驕り高ぶった人間ではありません。自然や人の心の美しさを感じた時は、感動したり、涙を流したりします。親しい人が亡くなれば悲しみますし、泣くこともあります。葬儀にも出席しますし、故人の宗教儀式にも従います。まぁ、どちらかと言えば常識的で何の取り柄もない平凡な人間だと思っています。

 

自分の宗教心のことはさておき、宗教とはなんだろうと、興味を持って色々勉強してみたことはあります。何がキッカケだったのかというと、知人数人が偶然同時期にいくつかの新興宗教に嵌っていたということがあったからです。各団体名は敢えて言いませんが、戦前、あるいは戦後になってから生まれた新宗教、新・新宗教のいくつかです。外国に本部を置くものもあれば、日本に本部があるものもあります。

 

 

一人の知人(Aさん・女性)の話です。Aさんは自分と同じ職場の気の合う女性に、仕事上の悩みを話しました。するとその女性は自分が信仰している教団の人に相談すれば、きっといいアドバイスをくれるから一緒に行こうとAさんを誘ったそうです。Aさんは何気なくついていくと、教団の幹部の人に会わされ、熱心に悩みを聞いてくれたそうで……優し気な幹部の人にAさんは心を許しました。すると幹部の人はAさんの額に手を翳し、呪文のようなものを唱え始めたというのです。Aさんは心が解放されていくのを感じたと同時に、体中からすごい量の汗が噴き出したそうです。そのあとAさんは泣きながら、自分の至らぬところ、恥ずかしくて今まで誰にも言ったことがなかったことを話してしまった……というか、自然に口から溢れ出たそうです。そこで目に見えぬ神の存在を確信したと言います。その後、Aさんは熱心な教団の信者になりました。

 

Aさんは頭が良く責任感の強い女性でした。仕事も丁寧で抜けがありません。そして嘘がつけない正直者でもありました。同時に頭がカタいというか、あまり応用がきかないというか、とても不器用な面も持ち合わせていました。ですから一度思い込む(信じ込む)と、それ以外の選択肢は考えられないといった意固地な面が表情や言動にも表れていましたので、人に騙されたり、敬遠されたりしたことも多々あったようです。そういった性格もあって、体中から汗が噴き出したというイレギュラーな変化は、神がそこに居たから起こったことに違いないと確信したのでしょう。一度確信すると梃子でも動かない……もしかしたら催眠状態の中で起こった体の変化かもしれないと考える選択肢はAさんにはまったくなかったのですね。もちろん再現性も証拠もないので、何が真実なのかは解りませんが、少なくてもAさんは思い込みが激しい面がある、考え方や感じ方に余裕がない、ということだけは事実だと思います。

 

 

もう一人の知人Bさんのことを話します。Bさん(女性)の仕事はグラフィック・デザイナー、若くて仕事ができる方でした。人あたりもよく美人だったので、誰からも好かれていました。ただ、カタいところがあって、下ネタは一切受け付けませんでした。初めそのことを知らなかった私は少しだけエッチな話を振ってしまい、見事にスル―されました。趣味はクラシック音楽、たしかにクラシックが似合いそうな上品な立ち居振る舞いで、また、どこか夢見る夢子さん的な雰囲気もあり、神秘的な話や天文の話も好んでいました。そして神秘的な宗教にも惹かれたようで、彼女が語った内容から興味を持たれた宗教団体の察しはつきました。

 

ある日、私は突然、腸閉塞を患い、しばらく入院を余儀なくされました。同僚や関係会社の人たちが次々と見舞いに来てくれたのですが、何人かずつグループで来る中、Bさんはひとりでやってきました。手にはクッキーと数冊の本。何の本だろう……?

 

「私ね……入ったんです」

「あっ、そうなんだ」

私が想像した通りの宗教団体に入会したらしく、持ってきたのは宗教団体が出している本2冊でした。

「入院は退屈でしょうから、暇つぶしに本でも読んでくださいね~」

「ありがとう」

 

どんなことが書かれているのか興味はあったので、言われた通り、暇つぶしに拝読しました。何て言えばいいのか……へたなSF小説よりもSFらしいというか、大変驚きました。

宗教というより疑似科学っぽいなと思いました。次元の考え方がヘン。一次元、二次元、三次元、四次元の定義(物理、時間)は通常と同じですが、それより上は智や徳の高い偉人が居るステージという属性のまったく異なる定義にすり替わり、最高15次元の仏陀まであるというのです。各次元には、ニュートンやアインシュタインなどの科学者やキリストやマホメットなどの宗教の創始者まで居ます。また、いろんな星から数種類の宇宙人が既に地球に来ていて、人間と同じ恰好をして暮らしていると。(顔形も人間と同じなので区別がつかないそうだ)邪悪な宇宙人が多いらしいです。地球征服を企んでいるのでしょうか。

 

AさんとBさん……信じた教義はまるで違っていますが、二人の性格には共通するものがあります。非常に頑固で融通がきかない、理想が高い、考え方に柔軟性がない、思い立ったら即、行動する……などです。そしてもうひとつ共通しているのは、超が付くほど真面目だということです。つまり私とは対極の位置にいる方々だということです。私のようにちゃらんぽらんで、不真面目で、意志薄弱で、集中力がなく、きょろきょろよそ見ばかりしている人間は、まず宗教に傾倒することはないのだと思います。

 

Aさん、Bさんとは、その後も友だち関係が続き、今でも年賀状のやり取りをしています。信仰することによって充実した人生を送っているのなら、彼女たちを批判する理由は何もありませんし、批判したことは一度もありません。信仰の自由は尊重されねばなりません。ですが、お布施という名目でトンデモナイ多額の金銭を信者から毟り取るような金儲け主義の団体なら、『やめたほうがいいですよ』と言うでしょう。Bさんの入会した団体は多少その傾向あるかなぁ…とも思いますが、本人が納得して出資しているのならば、仕方ないのかもしれませんね。それとBさんは同じ信仰を持つ同志の方と知り合い、結婚しました。子供も生まれて一度顔見せに会社に来たことがあります。とても幸せそうでした。

 

(続く)