第10章 悠
初めて聴く未来の夫の声……優しく深みのある声だ。
やはり、どこか悟の声に似ている。
悠さんは続けた。
『色々と驚かせてしまったね。奇妙なことに巻き込んでごめんね。でも、どうしても僕は薫を諦めることができなかった。何とかしたかった……』
「私のほうこそ、自分勝手だし、悠さんや悟をそこまで苦しめていたなんて……。どう償えばいいのか……ほんとに、ほんとにごめんなさい……」
『薫は謝らなくてもいい。まだ僕と出会っているわけじゃないんだから。それに全部僕が悪いんだ。忙しさにかまけて、君が何を苦しんでいたのか察することができなかった。夫として失格だよ。薫の声、久し振りに聴くことができて、ほんとに嬉しい。同じだ……。まだ僕が知らない頃の薫なのに、まったく同じ声だ……』
悠さんは声が震え、泣いている。
私は心に張り詰めていた糸が切れてしまったような気がして、声をあげて泣きじゃくった。
もう言葉は何も出てこない……。
悟は私の手から携帯を受け取り、私の肩を優しく抱いてくれた。
「じゃ、父さん、また……」と言って、携帯を切った。
悟にはまだ聞きたいことがたくさんあるけど、もう帰ろう。
手術をして間もないのに無理をさせてはいけない。
家に帰ったら母に何て言おうか……。
なぜこんなことになったのか解らないから心配しているに違いない。
悟はお母さんの孫だと言っても、到底信じることはできないだろう。
家に帰ると床の血はきれいに拭き取られ、何事もなかったかのように静かだった。
母は夕ご飯の支度をしていた。
あの血だらけの包丁は捨てたのだろうか、新しい包丁に変わっていた。
私が帰ったことに気づくと、「おかえりなさい。体は大丈夫? ご飯食べる? 栄養つけなきゃね」と言ってくれた。
そういえば、昼ご飯食べてなかった。
それどころじゃなかったし、今もまったく食欲がない。
それより、とにかく疲れた……。
「ご飯はいらない。疲れたからしばらく寝るわ」と言って、自分の部屋に行き、ふとんに潜り込んだ。
あっという間に意識がなくなった……目が覚めると夜の9時だった。
台所に行くとテーブルの上に置手紙があった。
『ぐっすり寝ているようだから起こしません。仕事に行ってきます。今日はほんとうにお疲れ様。そして……ありがとう。カレー作ったからしっかり食べてね』
こんな短い手紙にも母の優しい気持ちが溢れているようで嬉しかった。
カレーを温めて食べたあと、お風呂に入り、湯船の中で今日一日起こった出来事を反芻してみた。
悟の話は常識では考えられない。
でも、その話が事実なら、すべての辻褄が合う。
私はもちろん悟を信じている。でも、まだ疑問はある。
悟の声や姿を懐かしく感じたことと赤ん坊の悟の夢を見たことだ。
自分の子供としての悟を知っていたわけではないのになぜだろう?
お風呂から出て髪を乾かしていると、携帯が鳴った。
悟からだ。
『実は……』
緊張感のある声のトーンだ。
何かあったのだろうか?
(続く)