ピンク・フロイド[アニマルズ]歌詞の解釈について | 秋 浩輝のONE MAN BAND

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はじめに言葉はない

 

「アニマルズ」は、「あなたがここにいてほしい」の2年後、1977年にリリースされたアルバム。「狂気」「あなたがここにいてほしい」と合わせて、ピンク・フロイドの三部作と言われている。だが、この3種を一括りにする意味はよく解らない。ピンク・フロイドの絶頂期によく売れたアルバムだから? (アニマルズはピンク・フロイドとしては、売り上げが芳しくなかったけど) 3種とも深いコンセプトを持っているから? でも、コンセプトの内容に大きな繋がりはないし、(ま、こじつけようと思えば、こじつけられないことはないけど) この後に出たコンセプトの集大成のような「ウォール」はどうなるんだ? 三部作ってのは、日本で言っているだけなのだろうか? ま、そんなことはど~でもいいけど。

アルバムジャケットは、ピンク・フロイドの中では、一番素晴らしいと思う。ロンドンのバタシー発電所だが、このアルバムに使われたせいで、発電所の前で記念写真を撮る観光客が増えたらしい。そういえば、ギタリストの布袋寅泰氏も撮っていた。ジャケットデザインはヒプノシスかと思いきや、ヒプノシスが提示したデザインを拒絶したロジャー・ウォーターズが考えついたついたものだそうだ。その後、ロジャーが在籍時のピンク・フロイドは、ヒプノシスを使っていない。ロジャーが脱退したあと、1987年リリースのデビッド・ギルモア主導でリリースされた「鬱」で、ヒプノシスは「復帰」した。(名義は個人名のストーム・ソーガソンになっている。ヒプノシスとは、ストーム・ソーガソンをリーダーとする3人のデザイナーの共同名義)


アニマルズのリリース当時は、ロジャーと一悶着あったストーム・ソーガソンだが、後年、ロジャーが考えたアニマルズのジャケットは素晴らしい出来だったとストームは述べている。なお、ジャケットデザインのクレジットは、ロジャーとヒプノシス、両方入っている。ヒプノシスがどれくらい関わっていたのかは不明だが、おそらくロジャーが考えたアイデアをもとに、ヒプノシスが「制作」したのではないかと想像している。

 
 

空を飛ぶ豚(パート1&パート2)

たぶん、ジャケット撮影のため、バタシー発電所の上に豚の風船人形を飛ばした時のドキュメントフィルムではないかと思う。結局、紐が切れて人形はどこかに飛んで行ってしまい、撮影は失敗に終わった(後に発見された)。仕方なくバタシー発電所だけ撮影して、後で豚人形を画像合成することになった。

 

 

こちらは実際のジャケット。
飛んでいる豚はあとで合成されたものだ。
 

 


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1.Pigs on the Wing(Part1) 
2.Dogs 
3.Pigs(Three Different Ones) 
4.Sheep 
5.Pigs on the Wing(Part2) 


※「Pigs on the Wing」は、「翼を持った豚」と日本では訳されているが、明らかに誤訳。
 「on the Wing」は「飛んでいる」という意味であり、「空を飛ぶ豚」が正しい和訳である。


昔、ロック評論家の渋谷陽一氏がロッキング・オン誌上にアニマルズの歌詞解釈と批評を載せていたことを思いだした。

「歌詞は人間を3種類に分類し、動物(犬、豚、羊)に喩えたものである。即ち、犬はずる賢いインテリ、豚は金を持った資本家、羊は力のない一般庶民である。つまりロジャー・ウォーターズはそういった構造を生んだ資本主義を批判したのだが、あまりにも稚拙で陳腐過ぎる歌詞ではないか」

と、渋谷氏はロジャーを批判したのである。

 

渋谷氏はロックのミーハー雑誌「ミュージック・ライフ」への不満から、「ロッキング・オン」を立ち上げたわけだが、その発行部数は桁違いに上昇、今ではロック雑誌の代表的なメディアになっている。おそらくその記事が掲載された当時、渋谷氏の解釈に影響を受けたロック・ファンは多かったに違いない。その後、その解釈が「定説」のようになってしまったからだ。

だが、しかーし、ロジャーが果たしてそんなありきたりな図式でもって詞を書いたのかどうか、思慮深いフロイド・ファンたちは疑問を呈し、それ以外のさまざまな解釈が試みられた。私自身も、渋谷氏の解釈に違和感を覚えたひとりである。ロジャーがそれまでに書いてきた詞は、ほとんどが人間の内面の醜さや滑稽さについての深い考察があった。それが外部に向かった途端、そのような薄っぺらでありふれた発想しかできないとはとても思えなかったのだ。

 

 


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Dogs
「犬=ずる賢いインテリ」という渋谷氏の解釈は、そもそもおかしいと思われないだろうか。この歌詞から読み取れるのは、「犬=馬鹿正直だけど野心を持った人間。所詮は気の小さい被支配者」である。詞の大意を載せておく。
 

本当に必要なものを手に入れるためにはクレイジーになるしかない
眠る時も油断するな
目を閉じても容易く獲物を手に入れられるようにしろ
音もなく移動して風下に身を隠し
時が来れば何も考えず襲いかかるんだ

だが、いつかはひとりぼっちで
砂浜に顔を埋め癌で死んでいくんだ
自制心を失えば、自分がやったことの報いを受ける
落ちぶれ始めたら溺れていくしかないんだ
孤独の中で石に引きずられていく


自分は混乱しているのかもしれない
ただ人に利用されているだけかもしれない
迷路の出口を見つけ出すことができるのだろうか
耳をふさぎ、口をつぐみ、目を閉じて、自分を偽り続ける
すべては消耗品で、真の友などいないことを知る

苦しみに満ちた家に生まれたのは誰だ?
ファンに唾を吐かないよう教えられたのは誰だ?
訓練をする人間に躾けられたのは誰だ?
首輪と鎖をつけられたのは誰だ?
賞賛の言葉をもらったのは誰だ?
集団から逃げようとしたのは誰だ?
家の中で疎外されているのは誰だ?
最後に虐待を受けたのは誰だ?
電話の最中に死んでいるのを発見されたのは誰だ?
石に引きずられて沈んでいったのは誰だ?


はじめは人からの支配を受けたくないために、自ら狂い、攻撃し、防御する術が描かれている。だが、それも長くは続かず、やがて、メッキが剥がれ、孤独に陥っていく。気がつくと、一人の親友もいない……。そして、最後は自虐の嵐である。結局、権力者に支配され、首輪と鎖をつけられる。そこから逃げようとしても逃げられず、周りからはシカトされ、虐待を受け、みじめな思いをしながら死んでいく……。Dogsは、明らかに被支配者について描かれているのである。最後の「…したのは誰だ? (Who was…)」の繰り返しが気に入って、高校時代、自分が書く陳腐な詩に取り入れたことがある(恥) 思春期の頃は、何でもカタチから入っていったことが多かった。繰り返すが、Dogsは渋谷氏が言うように、ずる賢いインテリを描いているとは到底思えない。むしろ誰かに支配され、攻撃を受けた人間の末路を描いているのである。

 

弱い犬ほどよく吠える



Pigs(Three Different Ones)
Pigsの歌詞は隠語、スラングに満ちているため、正確に訳すのはかなり難しい。そのまま直訳してヘンテコリンな日本語になっているものをブログなどでよく見る。こわいこわい……w

タイトルのカッコ書きThree Different Onesとは3つのタイプという意味である。つまり、渋谷氏の言う資本家という単純な決めつけはあり得ない。3種類とは何か、この解釈が的外れだと、コンセプトがまったく奇妙なものになってしまう。

3種とは、
①財力で人を支配する人
②権力で人を支配する人
③道徳で人を支配する人


いずれも支配者側に属する人間のことである。これは非常にうまい分け方だと思う。他人を支配したがる人間のタイプは、ほぼこの3つに当てはまるからだ。もちろん、①+②とか②+③などの混合タイプもあるだろう。タイプ②には、たとえば会社なんかで権力を振り回し、下の者を苛めるパワハラ部長とかもいるだろうし、たとえ組織の中では下っ端でも、国家権力をカサにきて、一般人にエラソーに言う(一部の)おまわりさんも、タイプ②そのものである。Pigというのは、隠語で警察官を表している。(スラング辞典で確認済)

中でいちばんやっかいなのは、タイプ③の道徳で人を支配する人だと思う。道徳=正義と思い込んだ人が権力を持った場合、それに立ち向かっていくのは大変だ。部分的には正論なので、反論しづらい場合がある。宗教団体の教祖なんかもそうかもしれない。おそらくタイプ③の一種ではないかと思うのだが、組織が巨大化していくと、ますます歪みが生じ、②+③の混合型になることも多いのではないだろうか。

 

 


Sheep
羊はイメージ通り、おとなしく従順なタイプの人のことだろう。別に労働者という意味ではないと思う。自分から意見を出さず、他人に盲従する人。だが、フロイドの音は非常に攻撃的だ。これは何を意味しているのか?
Sheepにはスト―リーがある。大意は以下の通り。


神に祈りを捧げ、波風を立てず、
平和な生活を送っている羊たち
神とともに自分たちはあると

そして、羊たちは神に身を捧げる
羊たちは高いところから吊るされ、
ラム肉のカツレツに変えられる
偉大な力を持つ神は空腹だった

その日が来れば、
私たち羊は、静かなる熟考と大いなる献身を従え、
空手をマスターして立ち上がるのだ!
そして、奴らの目から涙を流させるのだ!

ニュースを聞いたか?
犬たちは死んだのだ!
おまえたちは家にいたほうがいい
道から外れていたほうがいい
静かに年老いていくのを望むなら……


おとなしい人間は不満が鬱積し、爆弾を抱えていることがある。そして、同じ不満を抱いた多数の人間が一つになった時、革命が起こることがある。フランスの人民革命、江戸時代の土一揆のように。だが、革命にはリーダーが必要だ。リーダーがいなければ、統制が取れず、革命は夢物語に終わる。

羊を導く影のリーダーは、実は犬だったのではないかと、私は密かに思い続けてきた。だが、野心を持っていた犬が自滅してしまったので、羊を導くリーダーがいなくなった。だから、革命は未達のまま終わったのではないかと。ま、思いつきなので自信はない……。ひょっとすると、支配者である豚から、「犬のように野垂れ死にしたくなけりゃ、家でおとなしくしてるこったな!」と脅されたのかもしれない。……だんだん、そう思えてきたぞw

「犬が死んだから、羊は解放された」と解釈していた人がいた。放牧した羊を牧場内に戻すのは犬の仕事ですもんね。犬が死ねば、羊は狭い牧場内に閉じ込めらることなく、広い草原で自由を謳歌することができる。「それもいいねぇ~!」と、同意する意志薄弱な私(冷汗)

それにしても空手(Karate)が歌詞に登場するとはwww




Pigs on the Wing(Part1) 
ロジャーのアコギによる弾き語りで、アニマルズは幕を開ける。後回しになってしまったが、この短い曲が一曲目である。
空を飛ぶ豚とは……人間ではなく、何か超越的なものの象徴? 神? 宇宙人? 進化した人間? キューブリックの「2001年宇宙の旅」の最後に登場するスター・チャイルド? それとも古代や月面基地に在ったモノリス? そういえば、レッド・ツェッペリンの「プレゼンス」のジャケットの写真すべてに不思議な形をした黒いモノリスがあったな……。(たしかオベリスクと呼ばれていた)
一応、和訳を載せておく。ちなみに和訳や大意はことわりがない限り、私のオリジナルだが、正確に訳せているかどうか……自信はない(大汗)

 

もしも私に何があっても気にかけてくれなくていい
私もあなたのことは気にしない
私たちは退屈と苦痛の中で、
ジグザグの道を歩いていく
時々、雨の中でちらりと見上げる
あいつの何を非難すべきなのか…
そして、空を飛んでいる豚を見るんだ


人間とは、各々孤独な存在であり、自分が優位に立ちたいがために、常に相手の粗探しをして非難しようとする醜い動物である。その様子を、超越的存在である空飛ぶ豚が俯瞰しているようなイメージだろうか。

 



Pigs on the Wing(Part2) 
アルバム最後の曲である。それまでのきりきりするような緊張感から解き放たれ、ほっとするようなヒューマンで肌触りの良い詞と曲。
 

あなたは知っている
自分に何が起こるか、私が気にかけていることを
私は知っている
自分に何が起こるか、あなたも気にかけてくれていることを
そう、私は孤独じゃない
たとえ、石の重みを感じても
今、私は自分の骨を埋める場所を見つけた
どんな馬鹿でも犬が家を必要としていることは知っている
空飛ぶ豚からの隠れ場所として


パート2は、パート1とまったく同じメロディだが、真逆のことを述べているのは明らかだ。パート2は、「希望の理念」そのものだ。ロジャーが人間を肯定的に捉えた詞を書いたのは、これが初めてじゃないだろうか? もちろん「理念」であって、「現実」ではないのだが……。人間同士がちゃんと繋がれば、神や超越的象徴は必要なくなる。「空飛ぶ豚からの隠れ場所」とは、そのことを比喩として逆説的に表現したのではないだろうか?

だが、しかし、ちょっと待て。 ある方から戴いたコメントを読むと、なんだか不安になってきた。ほんとうにそれでいいのだろうか? ひょっとして別の解釈ができるのではないか?
「空飛ぶ豚」は、神でも、超越的なものの象徴でもない、神のごとき支配者ではあるが、持てる権力を最大限振りかざす、傲慢で醜悪な権力者の象徴だとしたら、彼の目の届かない「隠れ場所(Shelter)」が必要になるのではないか? 犬や羊が集団で豚に立ち向かっても、勝つ見込みがないならば、身を隠すしか方法はない。……この解釈の方がなんだか腑に落ちる。でも、時間が経てば、また違った解釈をしているかもしれないw すみません、いい加減で(脇汗) 



 

アニマルズはフロイドの中では、とても好きなアルバムだ。それまでの幻想的なサウンドを好むフロイド・ファンからは嫌われたようだが、エフェクト音に満ちたそれまでのフロイド・サウンドから一歩抜け出して、ロック・バンドとして演奏主体のサウンドに切り替わっているのである。それは聴いていて無条件に気持ちがいい。ピンク・フロイドはやはり高い演奏力を持ったロック・バンドなのだと、改めて思い知らされたような気がする。コアなフロイド・ファンからは怒られそうだが、「アニマルズ」以前のフロイドのブートレッグを聴くと、オフィシャル盤ほどの演奏力はなく、がっかりしてしまうことが多かった。(「あなたがここにいてほしい」あたりはいい演奏もある) だから、あまりブートを収集する気は起らなかったが、「アニマルズ」以降のブートを聴くと、明らかに進化している。オフィシャル盤と大差ない演奏を繰り広げているのだ。特にデビッド・ギルモアのリード・ギター、ロジャー・ウォーターズのボーカルは、ミュージシャンとして一皮むけた感じがする。

(再掲載 加筆修正有り)