短編小説 新しい朝(前編) | 秋 浩輝のONE MAN BAND

秋 浩輝のONE MAN BAND

はじめに言葉はない

希望に燃えた新しい朝を迎える。俺は今日から名門のK大学法学部の一年生だ。ここまでの道程は長かった。

 

高校時代から勉強が大嫌いで、授業もさぼりまくってた。出席日数はぎりぎりで、卒業も危うかったのだ。何とか卒業できたものの、迎え入れてくれる大学などどこにもなく、浪人生活を送ることを余儀なくされた。

浪人時代もろくろく勉強せず、遊んでばかりいた。周りの友だちも悪かった。浪人中、毎朝、予備校に通っていたが、それは授業を受けるためではなく、今日一日、なにして遊ぼうかと、数人の悪友たちと相談するためだった。話がまとまると、予備校の授業を途中で抜け、パチンコ、ゲーセン、ナンパなどの「ゲーム」に明け暮れていた。

ある日、珍しくひとりでゲーセンで遊んでいると、中年男が俺に声を掛けてきた。
「あなた浪人生でしょう?」
「そうですが、それがなにか?」
「勉強せず、こんなところで遊んでいていいんですか?」
「いいとは思いませんが、見知らぬあなたに言われる筋合いはないでしょう」
「たしかに。非難するつもりはないんですよ。 私はセールスマンです。 あなたが欲しいものを獲得する夢を見ることが叶えられるのですが、買いませんか?」
「ほう、そうですか。じゃ、来年のK大学の入試問題なんか手に入ります?」
「お安い御用です。三百万円で如何でしょう?」
――俺はからかわれてるのか?
「ばかばかしい。こう見えても暇ではないので、とっとと消えてください」
「じゃ、こうしましょう。あなたが明日出くわすことを私が予言しますので、 もし当たったら買って頂けますか?」
「それは面白い。いいでしょう。 で、明日、俺になにが起こるんですか?」
――どうせ当たりっこない。デタラメに決まってる。
そう決めつけた俺は了承した。

中年男は俺に名刺を差し出した。名前は「真黒腹造(まぐろふくぞう)」だった。

「明日の朝、あなたは交通事故に遭います。 幸い、怪我はありませんが、あなたのバイクに衝突した車は、当て逃げしてしまいます」
「ほう、まさか、その車を運転するのは、あなたじゃないでしょうね?」
「そんな姑息なことはしませんよ。 じゃ、明日、同じ時間に、ここで待ち合わせましょう。 当たっていたら契約お願いします。 支払いは三年ローンで構いませんよ」

翌朝、俺はいつも通り、バイクに乗って予備校に向かっていた。予言のことなど、すっかり忘れていた。人通りの少ない道の交差点を直進していると、突然、正面から猛スピードで走ってきたヤンキー車が、ウィンカーも出さずに右折してきた。
――危ないっ! 
俺は急ブレーキを掛けたが間に合わなかった。

ヤンキー車はバイクの前輪のタイヤに追突したあと、猛スピードで逃走した。俺は運転テクニックが優れていたので、うまく車体を回転させて、衝撃を吸収、 転倒はしたが、ケガはしなかった。幸い、当たり所がよかったのだろう、バイクもほぼ無傷だった。ヤンキー車を運転していたのは、暴走族まがいのヤンキーぽい男だった。

なんてことだ! 

信じられないが、セールスマンの予言は見事に当たってしまった。俺はおよそ、予言だの、霊能力だの、占いだの、信じないタチだったが、自分の身にそういうことが起こると、否定のしようがない。俺はセールスマンを信じることにした。

このまま遊び呆けていれば、二浪は確実だ。両親は教育熱心なので、いい大学に行かせたがっている。正直、二浪するのは親にも悪い。父親は開業医なので、それなりに金は持っているが、いつまでも甘やかせてくれるとは限らない。
弟は高校一年生、学年でトップの成績だ。このまま順調にいけば、間違いなく目指している国立大学の医学部に合格できるだろう。そして、父の病院は弟が引き継ぐことになる。俺は言わば、不肖の兄、お茶で言えば出がらしなのだ。昔からそう言われ続けてきたが、別に傷ついたこともない。

 

色々考えたが、俺は悪魔に魂を売って、K大学の入試問題を買うことにした。三百万円くらいのローンなら、なんとかなるだろう。K大学は今の俺の成績では到底受からない名門の私立大学である。 特に俺が行きたい法学部は難関中の難関だ。確実に合格できるなら、三百万円は安い。だが、欲が出た俺は三百万円を百万円に値切った。セールスマンは渋々承諾した。

試験日まで俺はひたすら入試問題の解答を暗記していた。そして、一抹の不安を感じながら、試験に臨んだ。問題用紙を見た途端、俺は心の中でガッツポーズをした。百万円で買った入試問題は、インチキではなかったのである。予め、答を知っている俺はすらすら解け、K大学に見事合格した。予想通り、両親も友だちも予備校も大騒ぎだ。俺の将来はバラ色に輝いていた。
『世の中、けっこう甘い』を座右の銘にすることにした。

 

(後編に続く)

 

※セールスマンのセールストークには、

レトリックが曖昧な箇所があります。

それに気づけば、後編の結末が読めると思います。

 

2015.5.12