2月24日の日曜日に第1回・支部登山があり、大石寺へ参詣してまいりました。
いつもは自家用車での申込みでしたが、向こうでの雪を懸念して今回はバスでの登山参詣となりました。
僕の住む埼玉からは片道約4時間の道のり。
朝方3時には起床して朝勤行をし、5時に寺院からの出発となります。
今回は僕と母と父3人家族揃って参詣させていただきました。
ありがたいことに懸念していた雪も姿かたちなく、事故にも巻き込まれることなくバスは順調に走り、あっという間に大石寺へ到着。
出発前に埼玉で感じていた寒さは微塵もなく、澄みきった綺麗な空気と見事な富士山がお出迎えしてくれました。
やはりこの場所に来ると自分の抱え込んでいた悩みやそれに振り回されていた自分を客観的に観ることが出来る。
本当に心が軽くなるのです。
1月、2月は末寺での行事も多く執り行われ、1月の初登山以来の大石寺ですが、来て良かったとつくづく実感します。
奉安堂前にて。
そして支部では初めての10時の御開扉ということで、着山と共に休憩坊の御本尊様にご挨拶申し上げて、すぐに移動!
なんとも慌ただしく移動移動を繰り返しつつも内事部へいつもの様に御供養を申し上げようと向かった先のことです。
数人の信徒の方が六壺に向かい手を合わせて、その場から動かずにいるのを遠目から見て、僕は首を傾げました。
傍らには輸送班任務の方もいたので事情を伺うと、
「猊下様がお通りになられますので、ただいま内事部へは入れません」とのこと。
その言葉で大慌てで数珠を取り出し、僕も一緒に行動していた母も手を合わせてお待ち申し上げました。
4~5m先に日如猊下様がいらっしゃり、早くも誓願目標を達成された支部の方々と記念撮影をされていました。
夏期講習や寛師会などの余程大きな法要でなければ、こんなにもお近くで御姿を拝見することはできない僕の境涯では、予想していなかった驚きと今回も登山をさせて頂けたありがたさで胸がいっぱいになりました。
これは僕の考え方になってしまいますが、人は有難さを受けて、それをまたその人や誰かにお返ししていこうという気持ちが初めて芽生えるものなのかなと思います。
例えは酷いですが、手酷く扱われた場合はその人に対して恨みや疑問を抱くでしょう。
(それが何かの結果として受け止められる方は別だと思いますが…)
また、人からの親切を受けても「頼んだ覚えはない」「してもらって当然」とふんぞり返る人も居るでしょう。
しかし、どのような扱いや振る舞いを受けても、自分が嫌な思いをしてそれを人にしてはいけないと身を以て示してくれた、その人にも感謝をし、因果の理法を教えて御本尊様に巡り合わせてあげたい!と改めて思えます。
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過去の因を知らんと欲せば、その現在の果を見よ。
未来の果を知らんと欲せば、その現在の因を見よ。『開目抄』
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毎朝、仕事に行く前に母と一緒に朝勤行をするのですが、勤行の終わりに母が必ず口にする御金言です。
今年もまた誓願達成の為に厳しい戦いが始まっています。
支部内では活動を通して人との繋がりも広がって、太鼓も任される様にもなり、色々とお役に立っていることが実感でき、それがとても嬉しい。
この気持ちを忘れることなく、例えほんの少しでも御本尊様への御奉公させて頂けたねと支部内で笑って話せる様な1年にしていきたいものです。