9月28日、今年3回目の支部登山へ行ってまいりました!

9月の終わり頃から発生した台風の影響からか、僕の住むところでは急に冷え込んでいて、当日の御登山もさぞかし冷えるだろうと思い、厚手のジャケットを持参しましたが、杞憂に終わりました。


天気に恵まれ、まだ夏の最中ではないかと思ってしまうほどの気候の中での御開扉は素晴らしかったです。
御登山途中に観た富士山はまだ雪は乗っておらず、婦人部の方達と外国のご信徒さんは雪の乗っていない富士山を富士山として認識できるのか?と不思議そうに雑談しながらの片道4時間弱の旅路です。(笑)


とにかく今回は例年以上に支部登山の参詣者が多く見受けられました。
来月には御会式、再来月には御影堂大法要が始まります!


有難くも菩提寺では御住職様の御指導のもと、今年も誓願目標を達成させて頂くことが出来ました。
喜びを分かち合うことも束の間、来年の誓願目標へ向けて、支部内では変わることなく唱題会を続けています。


僕自身、仕事やプライベートで多々、振り回されてしまうことも多く、罪障消滅どころか己の業の深さに常々、唇をかみしめることもあります。


ですが、そのためのお題目です!


「苦をば苦とさとり、楽をば楽とひらき、苦楽ともに思ひ合わせて、南無妙法蓮華経とうちとなえゐさせ給え」(四条金吾殿御返事)

四条金吾殿御返事の御書の様に、悲しみや苦しみだけに囚われず、毎日10分でも5分でも1秒でも片時も離れずお題目を唱えていきたい。

唱えて唱えて、仏様に身を任せる。

そして唱題が唱題のみで終わることのない様に、気を引き締めて、これからも精進していきたいと思います。

先日の芸能界での不倫ニュースがきっかけで尊敬するブロガーさんと不倫について話す機会がありました。

僕自身、不倫は肯定も否定もしないスタンスでしたが、数年前にお付き合いをしていた女性が既婚男性とそういった経緯に陥り、不倫をする側、不倫をされる側という足場の違いを改めて考えています。

そんな僕ですが滑稽なことに、そのような立場にありながら「幸せになれますか?」と稀にですが相談を受けることがあります。


幸せになれると僕は答えました。
陰で泣く人がいようが、苦しむ人がいようが、自分たちさえ良ければ、今が楽しければという考えなのだから幸せになれるでしょう。
もちろんそれは当事者のみの幸せです。
周りの人生を変えてしまう程の不幸を味あわせた上で自分の幸せを望んでいながら何故、その様な疑問を持つのか僕は不思議でした。


めでたくも婚姻関係になったとしましょう。
婚姻に至った事実を両親、友人などに話せますか?
祝福する方が居ると思いますか?
将来、子供を授かることもあるでしょう。
自分の子供に道徳を教えていくことができますか?


誰かを好きになることもとても素晴らしいことだと思います。


けれど、ふと立ち止まり、考えてみることは出来ませんか?
自分が好きになった相手の立場を思いやってみることは出来ませんか?
もし不倫という事実が明るみに出た場合、相手が社会的に処分を受ける現実を考えることは出来ませんか?
自分の好きだという感情は、そんなにも尊いものなのですか?
女性の場合は関係を持った場合、妊娠という現実が必ずとは言いませんが可能性としてあるでしょう。
男性の場合は仕事や勤めている会社に影響を及ぼし、自分の首を絞める可能性もあるでしょう。


自分の家族に嘘を付いて得た一時的な楽しみ。

その陰には誰が居ますか?

その誰かにきちんと責任を果たすことは出来ますか?

現実を見据えていれば慰謝料が発生してもおかしくないでしょう。

時間というのは巻き戻せません。

その分の代償としてお金という責任を払うことが出来ますか?


愛していると囁きながら、相手の家庭を壊す行為です。
好きだと盲目的に相手にのめりこみ、相手に自分の人生を依存させてしまう行為です。


そして物事には必ず原因があり、その人の行いによって結果が生まれます。
今回、題材として取り上げた不倫に限らず、今の現代は「因果応報」を全く無視した世の中になっています。
その場限りの欲望に翻弄され、その先に訪れる結果や報いを考えない人が横行していると感じます。

そういった因果応報、つまり「因果の理法」について大聖人様は「開目抄」という御書において、


「過去の因を知らんと欲せば、其の現在の果を見よ。未来の果を知らんと欲せば、其の現在の因を見よ」


と仰せです。



よく今を努力しない人、ほんの一瞬でも大事にしようとしない人、未来永劫進歩しないと言われる理由は、ここにあります。


「善因善果」という言葉の善果、すなわち良い結果をこの先に得るためには今善い因を積まなくてはならないのであります。
善い因を積まずに、逆に悪い因を積んでしまうようであれば、悪い結果を未来において受けてしまうのは当然のことであります。


では善い因を積むにはどうすれば良いのか。
そこに大聖人様の正しい仏法が存するのです。

大聖人様は『聖愚問答抄』という御書において、


「只南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉らば滅せぬ罪や有るべき、来たらぬ福や有るべき。真実なり甚深なり、是を信受すべし」


と仰せになっておられますように、大聖人様から受け継がれた血脈の流れる正しい御本尊様の元、ただ南無妙法蓮華経と唱題することによって、過去・現在の罪障消滅がなされ、更には福徳をも積むことが出来ると激励の御金言なのです。
そして、その得た福徳はどうなるかと言えば、現在から未来へとつながっていき、必ずや自分にとって善い結果が生ずるのであります。


振り返れば、あの頃の僕は日蓮正宗に“所属”しているだけで、御本尊様に手を合わせてお題目を唱えるということはしていませんでした。
(一人暮らしなので自分の仏壇とご本尊様を御下附頂いています。)

付き合っていた女性から受けた仕打ちをただ嘆き悲しみの日々でした。
今にして思えば、この大聖人様の御金言を有難く拝し、歴代御上人様の御説法を聴き、御住職様の御指導の下へ随従していればと常々思うのです。
道理を弁えて、正しいこの御金言を拝していれば、自分の親しくしていた女性がどの様な果報を受けるのか教えてあげることが出来たはずです。


上にあげた御金言はまさに今回、題材にした不倫という行動に伴って得る自分の人生の結果が示されていると思いませんか?


自分がこの先どのように人生を過ごしていけばいいのか。
悪因ではなく善果を得る為にはどのようにしたらいいのか。


そのためにも僕のこの日記を読んだ人が居たのなら、周りに日蓮正宗の信仰をしている人が居るのなら一緒に寺院へ行き、御僧侶のお話を聞いてきて頂きたい。

御安置されている御本尊様の元へ座り、お題目を1回でも良いから唱えて頂きたい。

必ず助けて頂けます!
必ずお力を頂けます!
そしてどうか、一過性の快楽や一時的な苦悩に惑わされないで頂きたいと強く僕は思うのです。

4/6、4/7の2日間に渡り、日蓮正宗 総本山大石寺にて総本山御霊宝虫払大法要へ参詣してまいりました。



――――――総本山御霊宝虫払大法要とは?―――――――


御霊宝虫払法要は、秋の御大会とともに宗門の2大法要の1つです。


宗祖日蓮大聖人よりこのかた750年の長い間、宗門に伝えられてきたたくさんの重宝を後世に永く伝えるため、年に1度湿気を払い,害虫など除く保存に必要な手入れをし、参詣者に披露して信仰倍増に資する大事な儀式です。

夜には御影堂(現在は奉安殿が仮御影堂)において御書講があります。また、御僧侶による布教講演会も催されます。

第2日目の7日は丑寅勤行が厳修され、参詣信徒も御法主上人猊下の広宣流布のご祈念に御共をさせていただきます。

午前7時、御開山日興上人ご報恩お講が奉修され、午前9時よりは客殿で御霊宝虫払の行事が開始されます。

御宝蔵に格護されてきた数々の重宝が御法主上人・御隠尊上人の読み上げに従って 大聖人御筆の御本尊 をはじめ歴代上人の御本尊が内陣と外陣の特設柱に奉掲され、最後に大石寺が創建されたたときに日興上人から日目上人に授与された大幅の「お座替りの御本尊」が奉掲され、ここで読経・唱題があります。

小憩の後に今度は御真翰巻返しに移ります。これは日蓮大聖人御真筆の御書をはじめ日興上人・日目上人などが書かれた書物やお手紙にお風入れする儀式です。

御法主上人が中央の高座に登られ読経の後に「身延相承・池上相承」(古写本)と、日興上人が譲り状として日目上人に与えた「日興跡条々之事」を取り出してお読み上げになり、引き続き順次多くの御書などのお風入れが多数の僧侶によって行われ法要は終了します。


(妙教より一部抜粋)

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上記の通り、代々伝えられてきた大聖人様が認められた御書を間近で拝見できる、非常に貴重な法要です。

日蓮正宗で信仰をされている方は後日に妙教等で今回の虫払法要を改めて振り返ることが出来ますね。


今回、初日は午後より生憎の空模様となり、お練りは中止となってしまい、あの綺麗な錫杖の音も御大会までおあずけです。

ですが丑三つ時である「丑寅勤行」が行われる夜中には小雨すら降っておらず、2日目は快晴となりました!

(帰り道の車内が暑くて、アイスを食べたほど。)

また僕自身一泊の御登山は久しぶりな為、御隠尊日顕上人猊下様の元気な御姿と力強いお声を拝聴させて頂き、なんとも嬉しい限りです。


布教講演では数学部長の水島公正様のお話は残念ながら生憎の天候に見舞われてしまった僕たちの心境を気遣ってか、信心を行っていく上で「いつも晴れの日のばかりではない。雨が降ることも、風が吹き荒れることもある。日常に於いても仕事で嫌なことや人間関係に辟易してしまうこともある。それでも今、自分を取り巻く環境を良い方向へ変えていく為に懸命に唱題をしなさい、広宣流布を願いなさい。」とおっしゃってくださいました。

このお話を聞いているとき、ふと開目抄の一説が僕の頭の中をよぎりました。


我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし、天の加護なき事を疑はざれ現世の安穏ならざる事をなげかざれ、我が弟子に朝夕教えしかども疑いをこして皆すてけんつたなき者のならひは約束せし事をまことの時はわするるなるべし


宗門は現在、御命題達成へ向けて折伏弘教をするべく全国の各寺院で日々、活動を行っている最中です。


諸々の難儀が身に振りかかろうとも、決して大聖人様の教えから離れてはならない。

改めてその思いを身に感じることが出来た最高の御登山でした。


この所、激務が続き一か月ぶりのお休みです。
身も心もくたくたよれよれ。
ぼろ雑巾の様に毎日働いています(笑)

こんな毎日だと、たまに貰えた休日に何をしたらいいのか逆に思いつかないという虚しい1日です。
友人誘ってゴハンでも行くか…。
しかしこんな雨だと出かける気にもならない…。

ということで、今回は一部で流行ってる?心理テストとやらをやってみました。
だいぶ前に流行ったチェーンメール臭が漂ってますが、暇つぶしに…。

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このゲームを考えた本人は、メールを読んでからたったの10分で願い事が叶ったそうです。


このゲームは、おもしろく、かつ、あっと驚く結果を貴方にもたらすでしょう。


約束してください。絶対に先を読まず、1行ずつ進む事。たったの3分ですから、ためす価値ありです。



まず、ペンと、紙をご用意下さい。先を読むと、願い事が叶わなくなります。



1)まず、1番から、11番まで、縦に数字を書いてください。



2)1番と2番の横に好きな3~7の数字をそれぞれお書き下さい。



3)3番と7番の横に知っている人の名前をお書き下さい。(必ず、興味のある性別名前を書く事。男なら女の人、女なら男の人、ゲイなら同性の名前をかく)


必ず、1行ずつ進んで下さい。先を読むと、なにもかもなくなります。



4)4、5、6番の横それぞれに、自分の知っている人の名前をお書き下さい。これは、家族の人でも知り合いや、友人、誰でも結構です。


まだ、先を見てはいけませんよ!!

8、9、10、11番の横に、歌のタイトルをお書き下さい。



5)最後にお願い事をして下さい。



さて、ゲームの解説です。


1)このゲームの事を、2番に書いた数字の人に伝えて下さい。

2)3番に書いた人は、貴方の愛する人です。

3)7番に書いた人は、好きだけど叶わぬ恋の相手です。

4)4番に書いた人は、貴方がとても大切に思う人です。

5)5番に書いた人は、貴方の事をとても良く理解してくれる相手です。

6)6番に書いた人は、貴方に幸運をもたらしてくれる人です。

7)8番に書いた歌は、3番に書いた人を表す歌。

8)9番に書いた歌は、7番に書いた人を表す歌。

9)10番に書いた歌は、貴方の心の中を表す歌。

10)そして11番に書いた歌は、貴方の人生を表す歌です。


これを読んでから、1時間以内にブログに貼り付けなさい。

そうすれば、あなたの願い事は叶うでしょう。もし、送らなければ、願い事と逆のことが起こるでしょう。
とても奇妙ですが、当たってませんか?


以上。

そして気になる僕の結果は…。
(誰も聞いてねぇよ)

1 3 ←ここの数字の意味がわからない…。
2 7
3 僕の恋人
4 学生時代の友人1
5 学生時代の友人2
6 学生時代の友人3
7 学生自体の友人4
8 この白い雪と
9 渦
10 運命の糸
11 squall
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…一部当たっていたけど、後半の選曲が微妙だな。
僕みたいな暇人にはちょうどいい時間潰しでした(笑)

2月24日の日曜日に第1回・支部登山があり、大石寺へ参詣してまいりました。
いつもは自家用車での申込みでしたが、向こうでの雪を懸念して今回はバスでの登山参詣となりました。


僕の住む埼玉からは片道約4時間の道のり。
朝方3時には起床して朝勤行をし、5時に寺院からの出発となります。

今回は僕と母と父3人家族揃って参詣させていただきました。

ありがたいことに懸念していた雪も姿かたちなく、事故にも巻き込まれることなくバスは順調に走り、あっという間に大石寺へ到着。


出発前に埼玉で感じていた寒さは微塵もなく、澄みきった綺麗な空気と見事な富士山がお出迎えしてくれました。


やはりこの場所に来ると自分の抱え込んでいた悩みやそれに振り回されていた自分を客観的に観ることが出来る。

本当に心が軽くなるのです。


1月、2月は末寺での行事も多く執り行われ、1月の初登山以来の大石寺ですが、来て良かったとつくづく実感します。



Thank you!

奉安堂前にて。


そして支部では初めての10時の御開扉ということで、着山と共に休憩坊の御本尊様にご挨拶申し上げて、すぐに移動!
なんとも慌ただしく移動移動を繰り返しつつも内事部へいつもの様に御供養を申し上げようと向かった先のことです。


数人の信徒の方が六壺に向かい手を合わせて、その場から動かずにいるのを遠目から見て、僕は首を傾げました。

傍らには輸送班任務の方もいたので事情を伺うと、

「猊下様がお通りになられますので、ただいま内事部へは入れません」とのこと。


その言葉で大慌てで数珠を取り出し、僕も一緒に行動していた母も手を合わせてお待ち申し上げました。

4~5m先に日如猊下様がいらっしゃり、早くも誓願目標を達成された支部の方々と記念撮影をされていました。


夏期講習や寛師会などの余程大きな法要でなければ、こんなにもお近くで御姿を拝見することはできない僕の境涯では、予想していなかった驚きと今回も登山をさせて頂けたありがたさで胸がいっぱいになりました。



これは僕の考え方になってしまいますが、人は有難さを受けて、それをまたその人や誰かにお返ししていこうという気持ちが初めて芽生えるものなのかなと思います。

例えは酷いですが、手酷く扱われた場合はその人に対して恨みや疑問を抱くでしょう。

(それが何かの結果として受け止められる方は別だと思いますが…)
また、人からの親切を受けても「頼んだ覚えはない」「してもらって当然」とふんぞり返る人も居るでしょう。


しかし、どのような扱いや振る舞いを受けても、自分が嫌な思いをしてそれを人にしてはいけないと身を以て示してくれた、その人にも感謝をし、因果の理法を教えて御本尊様に巡り合わせてあげたい!と改めて思えます。


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過去の因を知らんと欲せば、その現在の果を見よ。
未来の果を知らんと欲せば、その現在の因を見よ。『開目抄』

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毎朝、仕事に行く前に母と一緒に朝勤行をするのですが、勤行の終わりに母が必ず口にする御金言です。


今年もまた誓願達成の為に厳しい戦いが始まっています。

支部内では活動を通して人との繋がりも広がって、太鼓も任される様にもなり、色々とお役に立っていることが実感でき、それがとても嬉しい。
この気持ちを忘れることなく、例えほんの少しでも御本尊様への御奉公させて頂けたねと支部内で笑って話せる様な1年にしていきたいものです。