Dur moll のGENです。
さて、また今日がやってきた、、。
2010年からはこの二つ目の誕生日の方が感慨が深い。
なぜならば思い起こしても高3でジストニアになってからこの日まで、生きながらにして死んでたようなものだったので、まあホントに生まれ変わったようなものだ。
それはそれは長くて酷い日々だった。人には言いようはなかったけど。
で、同じ悩みを持っている人達になんとかジストニアのこと、定位脳手術によってどうなったかを伝えることをしようと今日まで試みている。
今回は2月にTBSの「1番だけが知っている」という番組に取り上げてもらったこともあり、ちょっと詳しく発信しようと思っていたのだけど、このタイミングで映画とテレビドラマの音楽を作らせていただくことになり(まだ今は公表を控えさせていただく)割と頭の中はいっぱいいっぱいであまり丁寧に書けない状況で、こりゃあ今年は夏は無いなーという感じです、、
とはいえ、今年になってから収束超音波治療(FUS)の保険適用が決まったりと明るいニュースもあり、選択肢も広がって良かったなと思ってます。
自分の今問題になってることは、ジストニアだった期間があまりに長かったこと、プレーヤーが人生において一番テクニックを習得するために練習に明け暮れる時期だったので、治った今、いかにしてそれを取り戻すのかということ。
もちろん精神性とかはその苦難によって育まれたかも知れないけど、てか、無駄な事なんて無かったと思いたい。
さて、ではちょっと恥ずかしいけど、今回は2016年(手術から6年後)に録画した(された)ショパンのバラード第1番の初めの方をアップします。中高時代(ジストニアになる前)好きでよく弾いていた。0:43位からの右手の早いとこは、ジストニアの時は逆立ちしても弾けなかった。
撮影:ちばちゃん
ではまた。