同志社大学ボート部公式ブログ

お世話になっております。

同志社大学ボート部です🚣‍♂️


引退ブログ第7弾✨️

本日は、🚹漕手/竪山航、🚺トレーナー・主務/久保かざみです!






お世話になっております。4回生漕手の竪山航です。引退ブログということで、どんなメンバーが引退するのか、さらに知りたい方達のために軽く紹介させていただきます。

・東こうたろう

チームのムードメーカーであり、「困ったら東に頼る」が全員の共通認識。スポーツ、特に野球が好き。合宿所でキャッチボールをしたのを怒られてからはサッカーが大好き。

・安達ひろと(バキダチ君♂)

世界一優しい漢の中の漢。結局優しい人が一番強い。強い人は優しいし、優しい人は強い。肩と腰と背中と足首を怪我しているのが少し弱点。

・中田だいと

チーム1のおしゃれ番長。最近8部丈のズボンを履いてるのを見なくなったので、寂しい。あれが1番かっこいい。

・ごついまお

キン肉マン。入部してすぐの頃、第二トレーニングルームで同期数名と腕立て伏せ対決をして、最後、彼に負けたのを忘れた日は1日もない。部費もう少し待ってね。

・木下ゆうと

チーム1の陽キャで、セクシーで、賢い。気持ちが若く常に新しい環境や人を求め、毎日自分をアップデートしている。彼女がずっとずっといないだけ。

・平城ゆうた

小説や映画、ドラマを沢山知っている。オフの日はカフェで勉強をするなど丁寧な生活をしている。家族想いで、いつも家族の暖かい話をしてくれる。さっき部屋でバキダチ君と東が蹴られてた。

・服部ようじ

ご家族の皆様。メンチカツや春巻きの差し入れいつもありがとうございます。

・藤原あきら

オムライスが大好きで、寮の近くの「ケンゾウ」というオムライス屋さんに通い詰めてた。減量期では米の量を減らしてでも食べるほどオムライスが大好き。ただそのストレスでジュースやお菓子、マックを食べちゃう。

・田中ひろと

働き者。休んでる所見たことない。ボートもバイトも趣味に対しても全力。休んで欲しい。

・清水大樹

熱い漢。熱苦しい。うっとうしい。家族想い後輩想い、ボート想いの彼。最後、因縁のインカレに一緒の船で勝負できるのが嬉しい。

・黒田りょうすけ

一個上。

・開髙まさなり

お笑い芸人さん。鹿児島から関西にきて、関西の人は本当に本当に楽しい人達ばかりだなと、まさなり君からいっぱい学んばせてもろた。

・出野まこと

キャプテンになり計り知れないプレッシャーの中で弱音一つ吐かず私たちの前に立つ姿、覚悟にビックリスペクト。彼もまたお笑い芸人さんでまさなりの相方。

・岡本りゅうせい

ブロ




読んでいただきありがとうございます。絆が違う、足並みの揃った、このメンバーと共にあともう少しの期間暴れたいと思います。失礼します。






いつもお世話になっております。

同志社大学ボート部 主務の久保かざみと申します。


まず初めに、日頃から同志社大学ボート部を支えてくださっている保護者の皆様、監督・コーチの皆様、OB・OGの皆様、そして関係者の皆様に、この場をお借りして心より御礼申し上げます。


いよいよ引退まで残り20日をきりました。


まだまだ片付けないといけない仕事は山積みで、正直なところ、引退の実感はあまりありません。


それでも、こうして引退ブログを書くことになり、改めて4年間を振り返ってみると、こんなに一つのことに向き合ったのは初めてだったなと思います。


私はこれまで、勉強でもスポーツでも、「これは頑張った」と胸を張って言えるようなことがありませんでした。何かを頑張ることが嫌いだったわけではありません。ただ、頑張りたいと思えることがありませんでした。


そんな私にとって、この4年間は大きく違うものでした。


特に、主務として過ごした最後の1年間は、これまでになく一つのことに向き合い、自分なりに力を尽くした1年間だったと思います。


主務になる前は、「こんなことをやりたい」「部をこう変えたい」と、いろいろなことを考えていました。


でも、いざ始まってみると、想像以上に膨大な量の仕事を、ただミスなくこなすことで精一杯でした。遠征ひとつをとっても、大学や協会への申請、トラックや宿泊先の調整、借艇・借地の手配、スケジュールの作成、アンケートの提出など、これほど多くの仕事があるとは思っていませんでした。


やりたいと思っていたことを十分に実現できたかと言われれば、決してそうではありません。


むしろ、自分の至らなさを痛感してばかりでした。


部にとっての最善を考えた上で決断したつもりでも、反発を受けることがありました。正解がない中で、その時はこれが一番良いと思って決めたことでも、後になって「本当にこれでよかったのか」と悩むこともありました。


もっとできたこともあったと思います。もっと上手くできたことも、もっと早く気づけたことも、きっとたくさんあります。


それでも、さまざまなことがあったこの1年間を逃げずにやり切ったことについては、今くらいは「我ながらよくやった」と思ってもいいのではないかと思っています。


そして、私がこの1年間頑張れた理由は、結局のところ、この部が好きだったからだと思います。


「いつもありがとう」と声を掛けてくれたり、試合でメダルを掛けに来てくれたり、「スーパー主務」なんていう、少し大きすぎる肩書きをくれたり。


そういう何気ない出来事に、何度も救われてきました。


欲を言えば、もう少し遠征にも行きたかったです。主務として部を支えるだけでなく、もっと近くでみんなが競技に向き合う姿を見ていたかった。


一度も行くことができなかった海の森は、引退してから、一人のファンとして見に行こうと思います。


このシーズンの最後に、チームとして、そして一人ひとりが掲げた目標を達成できれば、それ以上に嬉しいことはありません。


もちろん、それは本人たちが積み重ねてきた努力の結果です。それでも、その結果を自分のことのように喜べることを、嬉しく思います。


自分のために頑張りたいと思えるものがなかった私が、今では、この部のために何かしたいと思えるようになりました。それだけでも、この4年間は自分にとって大きな意味があったのだと思います。


主務として、トレーナーとして、最後まで自分の役割を全うしたいと思います。


そして、このチームが最後までそれぞれの目標に向かって走り切れることを願っています。


4年間、本当にありがとうございました。





お世話になっております。

同志社大学ボート部です🚣‍♂️


引退ブログ第6弾✨️


本日は、🚹漕手/東宏太郎、🚺マネージャー/上坂美月です!




お世話になっております。4回生漕手の東宏太郎です。

気づけば瀬田で過ごす日々も2週間を切ってしまいました。

引退ライフがとても楽しみですが、楽しかった寮生活が終わってしまったり運動しなくなった自分がどうなるのか不安でいっぱいでもあります。


僕はボート部の寮生活が大好きです。寮生活がなければ4年間続けられていたか分かりません。ボート部での4年間は人生で1番笑っていたと思います。



1.2回生の頃はエルゴも回らず、レースでもレースにならない状態で、練習はただ漕ぐだけと言った日々でボートの面白さは正直全くわかりませんでした。でも、寮で先輩方や同期達と過ごす時間が楽しすぎてこの環境を逃したく無いと思いボート部に残り続けました。


3回生の冬には大好きだった先輩方が全員引退されてしまったり、就活などでボートのモチベーションが下がり、辞めようかと思ったこともありました。でも寮で同期や後輩達と話すだけで嫌なことは全部忘れることができました。叱ってくれる人、励ましてくれる人、一緒に萎えている人みんながいたから最後まで続けることができました。



寮で濃く長い時間を過ごしたことで一生ものと言える友達と出会え、厳しい4年間を楽しく過ごすことができました。


私は文章を書くのが苦手なので上手く言葉にできませんが、ボート部の”人”が大好きです。優しくて面白くて熱い、こんな集団見たことありません。そんな人達と一緒に生活できてとても幸せでした。4年間頑張れたのはみんなのおかげです。本当に感謝しています。



最後のインカレはボート部で1番長い時間を一緒に過ごしてきた同期5人のクルーで出場します。

自分を支えてきてくれた先輩、同期、後輩に最後に結果で恩返しできるように、レースまで残り2週間死ぬ気で頑張ろうと思います。









お世話になっております。

同志社大学ボート部マネージャーの上坂美月です。


この言葉を電話口で何度口にしたか分かりません。4年間当たり前のように使ってきたこの言葉も、あと少しで言う機会がなくなると思うと寂しく感じます。


高校ではアメリカンフットボール部のマネージャーとして毎日グラウンドを走り回っていた私ですが、大学ではボート部に入部しました。


100人分のご飯作り、早朝からの練習、艇友会の皆様とのやり取り、部誌の制作。高校時代とは全く違う仕事に戸惑いながらも、気づけば4年間駆け抜けていました。


料理なんてほとんどできなかった私が、今では得意料理ができるまでになりました。ちなみに一番好きな献立は豆乳坦々です(笑)。みさちゃん、献立に入れてくれてありがとう!100人分を作るのは大変でしたが「今日のご飯美味しかった!」その一言でまた頑張ろうと思えました。


そんなふうに誰かを支える毎日の中で、一番楽しみにしていたことがあります。

それは、みんなが成長していく姿を見ることです。


私は昔から人が頑張り、成長していく姿を見ることが好きでした。だからこそ、そんな姿を一番近くで見られたこの4年間は本当に幸せでした。


できることが増えていく後輩、悔し涙を流すことがあっても最後には笑って引退していく先輩方、少しずつ頼もしくなっていく同期。立場は違っても、それぞれが努力する姿を見て、私自身も成長することができました。


誰かを支えているつもりだった4年間でしたが、振り返れば私の方が何度も背中を押してもらっていたように思います。


そして、同期マネージャーのみんな。


4年間、誰一人欠けることなく走り切ることはできなかったけれど、5人に出会えたことは私の大学生活で一番の財産です。全員が揃わないご飯会も、誰か1人は不在の集合写真も、今となっては懐かしい思い出だね笑

みんなと同期になれて本当に良かった。


中でも加納は高校1年生からの親友です。


高校時代からずっと一緒にいるからこそ、この4年間で一番成長した人だと胸を張って言えます。


最初は部活にそこまで熱いタイプではなかった彼女が今ではマネージャー全体をまとめる統制となり、責任感を持ってみんなを引っ張る存在になりました。


友達だからこそ厳しいことも言ってくれる。私が間違った時には、「それは違う」としっかり伝えてくれる。そんな心強い味方が隣にいてくれたからこそ、私はここまで頑張ることができました。本当にありがとう!


最後になりましたが、監督、コーチの皆様、OB・OGの皆様、保護者の皆様、そして一緒に戦ってきた漕手、COX、トレーナー、マネージャーのみんな。


「誰かを支える側でいたい」と思って始めた4年間でしたが、最後に残ったのは私自身がたくさんの人に支えてもらっていたという感謝でした。


この4年間で出会った人も、経験したことも、全てが私の人生の財産です。


あと少し。


最後まで、私らしくこのチームを支え続けたいと思います。


4年間、本当にありがとうございました。










お世話になっております。
同志社大学ボート部です🚣‍♂️

引退ブログ第5弾✨️
本日は🚹漕手/清水大樹、🚺トレーナー/田谷凛です!



皆さんこんにちは。あるいはこんばんは。
清水大樹です。

先日、ゆうきには熱でドタキャンされましたが、同部屋のひなたとはるとと、彦根まで陸上のインターハイを観戦しに行きました。

4回生になって、3つ下の後輩とこんなに仲良くなるとは正直思っていませんでした。
観戦途中には、ブラザーである蒼太から「バイクを納車したので会えませんか!」と電話がかかってきたり。
本当に、素敵な後輩たちに囲まれたなと心の底から思います。

寮生活を通して、競技だけではなく、こうした時間を一緒に笑って過ごせる仲間ができたことを、今改めて愛おしく、嬉しく感じます。

「また行こう」

そんな風に当たり前に言える日々にも終わりが近づき、「また」がない引退が目と鼻の先まで迫ってきました。

引退直前というのは、もっと寂しくて、焦って、最後の最後に情熱が爆発するものだと思っていました。
でも、今の自分は意外なほど穏やかです。

もちろん寂しさや、まだまだボートを漕いでいたい気持ちもあります。
それでも今は、私のことを好きでいてくれる人たちと、少しでも長く一緒にいたいという気持ちが一番大きいです。

私は、私のことが大好きです。

自分を物語の主人公に見立てて、「未知への挑戦」を原動力に、常に一番を目指してきました。
だからこそ、これまでの私にとって努力とは、どこまでも「自分自身が強くなるためのもの」でした。

しかし、以前の私は、少し独りよがりだったと思います。

「自分だけが強くなりたい。勝ちたい。一番になりたい。」

その気持ちだけで突き進み、気づけば完全に猪突猛進になっていました。
そんな中で壁にぶつかり、挫折を経験して、一度ボート部を離れる決断をしました。

何のためにここまで頑張ってきたのか分からなくなっていた時、ブラザーの蒼太と汰生が言葉をくれました。

「大樹さんがいるから、自分たちは今ボート部にいる」
「同じ船で日本一になりたい」

この言葉を聞いて、心が締め付けられると同時に、ハッとさせられました。

自分が自分のために積み重ねてきた努力は、いつの間にか自分だけのものではなくなっていた。
自分の存在や、自分の背中を見てくれている人がいる。

そこで初めて、努力には「自分を強くする」だけではなく、「誰かの背中を押す力」もあるのだと気づきました。

その気づきが、私にもう一度ボート部に戻る決心をさせてくれました。

そこから、努力のベクトルが変わりました。

自分のためだけではなく、信じてくれる仲間のために。
応援してくれる家族のために。
そして、自分のことを好きでいてくれる人たちに、「大樹と出会えてよかった」と思ってもらえるように。

自分らしい強さを見せようと心に決めました。

最後のインカレ。
蒼太、汰生と同じ船で日本一になる。

あのとき交わした夢を、最後の舞台で叶えることはできませんでした。
正直、悔しいです。

でも、私が最後のインカレを迎えられるのは、間違いなく2人がいてくれたからです。

「大樹さんがいるからボート部にいる」と言ってくれた2人に、今度は私が最後の背中を見せたい。
同じ船に乗ることは叶わなくても、私たちはこれまでも、これからも最高のブラザーです。

最後くらい、誰かのために。

そして、何より自分らしく。






私と出会ってきた全ての人たちへ



これが清水大樹だ。



4年間のすべてを、この最後のインカレに置いてきます。







お世話になっております。
同志社大学ボート部トレーナーのたやりんです。

引退まで、あと少し。

そう言われても、今はまだあまり実感が湧いていません。
毎日のように顔を合わせて、一緒に生活してきたみんなと会えなくなることを考えると、少し寂しい気もします。

今ではそう思っている私ですが、1回生の頃、ボート部を辞めようとしたことがあります。

入部当初、一緒にトレーナーとして入部する予定だった子が入部しなくなり、入部して一番仲良くなったマネージャーも辞めてしまいました。

1回生のインカレ前、「友達がいなくなったし、もう辞めたい」と思うようになりました。

そんな時、当時仲良くしてもらっていた3回生の先輩に、
「自分が引退するまでは、せめて居ろ」
と、半ば強引に引き止められました。

「辞めるのはダメ。辞めないなら休部してもいい」と言われ、当時の私は「なんで辞めさせてくれへんねん」と思いながら休部しました。

結局、一度休部という形でボート部から離れ、その後もう一度この場所に戻ってきました。

復帰してからは、最初は少し距離を感じていた同期も、変わらず同じように接してくれて、気づけば自然と輪の中に戻れていました。
その流れで同期と同部屋になり、文字通り四六時中一緒に生活するようになりました。

毎日顔を合わせて、くだらないことで笑って、本音で話して。
部活以外でも、同期とスノボに行ったり、いちご狩りをしたり、BBQをしたり、旅行に行ったり。

振り返ってみれば、大学生活の楽しかった思い出のほとんどにボート部のみんながいます。

「友達がいないから辞めたい」と思っていた場所が、いつの間にか「みんなと会えなくなるのが寂しい」と思う場所になっていました。

そして、これだけ長い時間を一緒に過ごしてきたからこそ、楽しい時間だけではなく、選手が毎日どれだけ練習しているのかも近くで見るようになりました。

調子が良い日もあれば、思うようにいかない日もある。
それでも毎朝起きて練習に向かい、また次の日も同じように艇に乗る。

私は選手ではないので、そのしんどさを全部理解することはできません。
それでも、4年間近くで見てきたからこそ、その人がどれだけ頑張ってきたのかは分かるつもりです。

そんな4年間の中で、自分でも驚くくらい心を動かされたレースがありました。

4回生の全日本選手権、男子ダブルスカルのレースです。

その艇には、大学から未経験でボートを始めた同期が乗っていました。

毎日一生懸命練習している姿を見てきて、手を抜いているところなんて一度も見たことがありませんでした。

だからこそ、レースで漕いでいるその同期の姿が、私には何よりも輝いて見えました。

4年間積み重ねてきたものが結果として表れた瞬間、気づけば私は涙ぐんでいました。

私は普段、ドラマや映画を見ても涙一つ出ません(笑)。
そんな私が、自分ではなく誰かのことで涙ぐんだのは、たぶん初めてでした。

一度は「友達がいないから辞めたい」と思っていたボート部で、4年後には仲間の努力や結果にここまで心を動かされている。

そう考えると、ボート部に入って得たものは、結果や思い出だけではなく、こうやって誰かの頑張りを心から応援できるようになったことなのかもしれません。

あの時、私が退部するのを引き止めてくれた先輩には、今となっては本当に感謝しています。

そして、私たちにはまだ最後の全日本大学選手権が残っています。

私もトレーナーとして帯同します。

4年間、すぐそばでみんなが頑張る姿を見てきたからこそ、最後のインカレでその努力が実を結ぶ瞬間を見られることを、今からとても楽しみにしています。

残りの時間も、トレーナーとして、同期として、最後までみんなの一番近くで応援したいと思います。

そして最後のインカレで、4年間頑張ってきたみんなが笑って終われたら、それが一番嬉しいです。





お世話になっております。

同志社大学ボート部です🚣‍♂️


本日は🚹漕手/藤原瑛、🚺マネージャー/加納侑実です!


お世話になっております。

4回生漕手の藤原瑛です。


この4年間を振り返ると、自分を一番表している言葉は「あきらめきれない」だったように思います。

思い通りにいかないことも、悔しさも、迷いもたくさんありました。逆に「もっとできたんじゃないか」と過去を振り返ることもあります。それでも、そのたびに何かをあきらめきれず、気づけばここまで漕ぎ続けていました。


何をあきらめきれなかったのか、今でも自分ではうまく言葉にできません。

結果かもしれない。仲間かもしれない。ボートそのものかもしれない。

今回は、そんな「あきらめきれなかった4年間」の中でも、自分にとって特に印象に残っている3つの思い出を振り返りたいと思います。


1つ目

2回生の秋 全日本新人選手権 12位

人生で初めて全国大会で順位がついた大会でした。

結果はC決勝最下位の12位。決して満足できる順位ではありませんでしたが、それ以上に「全国で戦えた」という喜びの方が大きく、日本一を本気で目指したいという気持ちが心の底から湧き上がりました。

今振り返ると、この大会が自分の競技人生の大きな転機だったと思います。順位以上に、「もっと強くなりたい」と心から思えたことが、この大会で得た一番大きな財産でした。


2つ目

4回生の夏 関西選手権大会 男子エイト11位

私は第2エイトを任され、後輩7人とともに大会へ臨みました。

同期や後輩がAクルーに選ばれる中、悔しさや無力感がありました。しかし、このクルーを任されたからこそ、自分にしかできない役割があるとも考えました。

このクルーで一番大切にしていたことは、「後輩たちにボートの面白さを感じてもらうこと」です。

2回生の頃、新人戦で味わった小さな成功体験が、その後頑張る原動力になりました。だからこそ、今度は自分がそのきっかけをつくる側になりたいと思い、練習やミーティングでは技術だけでなく、ボートの楽しさや勝つ喜びを伝えることを意識してきました。

結果はB決勝5位。A決勝まであと4秒届きませんでした。

悔しさは残りましたが、このクルーで過ごした時間は、関西大会での1番の思い出です。いつか後輩たちが「あの時頑張って良かった」と思える日が来ることを願っています。


3つ目

4回生の夏 人に泣いてもらえたこと

最後の2000TT。

先輩方の最後の2000TTはどれも感動的で、多くの人が全力で応援していました。

自分も同じように応援してもらえるのか、納得のいくタイムを出せるのか、不安を抱えながら当日を迎えました。

タイムには納得することができませんでした。

それでも、自分のブラザーである柳が涙を流してくれました。

その姿を見た瞬間、タイム以上に嬉しい気持ちになりました。

自分が積み重ねてきた4年間は、競技の結果だけではなく、人との繋がりとしても残っていたのだと感じました。この出来事は、私にとって一生忘れることのないものです。


この3つを選んだ理由は、大会で勝った思い出ではなく、「自分が何を学び、何を得られたか」という基準で振り返りたかったからです

4年間で全日本選手権、遠征合宿、関西優勝、メダル獲得、など多くの貴重な経験をさせていただきました。

また、新歓隊長として多くの後輩や仲間と関わる機会にも恵まれました。勝つために組織をどう動かすか、人をどう支えるか、考え続けた日々は競技とは違った部分で自分を大きく成長させてくれました。



後輩たちへ


4年間のどこかで、一度は本気で日本一を目指してみてください。

結果がどうであれ、本気で挑戦した経験は必ず自分の財産になります。


4年前にボート部へ入部したことを後悔した日は数え切れないほどあります。

今でも、ボート部に入部したことが正解だったのかは本当に分かりません。

それでも、この部でしか出会えなかった仲間、この部でしか味わえなかった景色、この部でしか経験できなかった4年間があります。

だから私は、この4年間に「意味があった」と信じることにしました。

きっと数年後には、「あの頃は本当にきつかったな」と同期と笑いながら思い出話をしているのだと思います。


最後になりますが、ここまで支えてくださった先輩方、同期、後輩、OB・OGの皆様、そして応援してくださったすべての方々に心から感謝申し上げます。


インカレという舞台で漕ぐ機会がある事に感謝し、4年間の集大成として、最後の一漕ぎまで全力で戦い抜きます。


これから先も、この4年間で学んだ「あきらめきれない」を忘れず、自分らしく歩み続けます。


「あきらめきれないアキラ」。


このタイトルが、少しでも自分らしい引退ブログになっていれば嬉しいです。


4年間、本当にありがとうございました。








平素よりお世話になっております。

統制と力漕を務めております、4回生マネージャーの加納侑実です。


私は高校生のとき、足の怪我で手術を受け、部活としてスポーツができなくなりました。大学では体育会に入ると決めていた私にとっては、先が見えない状況でした。


そんなとき、新歓でボート部の先輩に「選手としては無理かもしれないけど、日本一のマネージャーにはなれる」と声をかけてもらいました。その言葉をきっかけに、学生生活最後に本気で挑戦すると決め、高校時代からの親友である上坂と入部しました。


しかし、入部してみると、私が思い描いていたマネージャー像とは大きくかけ離れていました。


入部当初は、術後間もなかったため足に力が入らず、自転車での買い出しで何度も歩いて嫌になり、100人を超えるごはんを1食つくるだけでお腹がいっぱいになり、何より悩んだのは、マネージャーという役職のやりがいを見つけることでした。


寺島とは、4年間ずっとやりがいについて悩み続けました。たぶん、答えが出たような、出ていないような。でも、同じことで悩んでくれる寺島がいたから、ここまで続けてこられたと思います。


北村は、いつも私がほしい言葉をくれました。北村の前で、かき氷のようなティッシュの山を作ったこともあります。笑


渡邉とは、たまたま就職活動で一緒に東京に行きました。面接の結果を、隣で自分のことのように喜んでくれたことが本当に嬉しかったです。


金澤は、大会の動きや仕事の割り振りで頭がパンクしそうになるたびに何度も支えてくれた存在です。多分、一番多くの判断を共にしました。


私と一緒にボート部に飛び込んだ上坂は4年間、何事も一番近くで共有してきました。力漕の記事を共に完成させられて本当によかった。


3回生マネージャーのみんなには、多くの仕事を手伝ってもらいました。どんな状況でも文句一つ言わず支えてくれたことに、感謝しかありません。3人とは姉妹のような関係で、本当に大切な妹たちです。


2回生マネージャーは、とにかく賑やかで元気いっぱい。抜けていることも多い代ですが(笑)、パワフルさはどの代にも負けていません。

2人が休部したときには、そのままいなくなるとかあるのかな…と同期マネに相談したことを覚えています。そのとき改めて、大切な可愛い後輩だということに気付かされました。


統制や力漕という立場を経験したことで、学生生活では得られない多くの社会経験を積むこともできました。24人のマネージャーをまとめ、責任のある立場を任せていただいた経験は、私にとって大きな自信となりました。


入部当初、マネージャーとして何ができるのか分からず悩んでいた私が、最後にはこのような立場を任せていただけたことを思うと、この4年間で本当に多くのことを学び、成長できたと感じています。


ボート部で過ごした4年間は、決して楽なことばかりではありませんでした。


それでも、日本一という目標に向かって仲間と本気で努力し、悩み、笑い、多くの方々に支えていただいた日々は、私の人生で一番濃く、一番誇れる時間です。


2026年8月30日

日本一になる同志社ボート部を最後まで支えます。


最後になりましたが、監督・コーチをはじめ、OB・OGの皆さま、保護者の皆さま、そしてこれまでボート部に関わってくださったすべての方々、本当にありがとうございました。


この4年間で得た経験と、ここで出会った仲間を胸に、社会人になってからも挑戦し続けていきます。


4年間、本当にありがとうございました。




お世話になっております。

同志社大学ボート部です🚣‍♂️


引退ブログ更新していきます✨️

本日は、🚹漕手/木下勇人、🚺トレーナー/上杉愛美です!


最後まで読んでいただけると嬉しいです☺️



こんにちは。4回生漕手の木下勇人です。

引退ブログを書く日が来るなんて、まだ信じられません。


1回生の頃、4回生の先輩方の引退ブログを読んでいたことを思い出します。あの頃は遠い未来の話だと思っていましたが、気づけば自分が書く番になっていました。


このブログを読んでいる方は、4年間という時間を長いと思いますか。学生生活最後の4年間を部活動に捧げるなんて、馬鹿らしいと思いますか。

自分は、この4年間を人生で一番濃い時間だったと胸を張って言えます。

その中でも特に、今でも脳裏に焼き付いて離れない光景があります。


3年生の夏、オックスフォード盾レガッタ。B決勝を漕ぎ終え、入賞が決まった瞬間です。

ふと後ろを振り返ると、当時4回生だった西岡先輩が号泣していました。

普段はどんな時も冷静で、人前で感情を表に出さない先輩でした。でも誰よりもボート部を愛し、見えないところで努力を積み重ねていました。


新歓ではエイト班でアメフトの話をしに来てくれたこと。

最初のフォース寮では同じ部屋になり、一からボートを教えてくれたこと。

2年生のオックスフォード盾では、一緒にエイトで苦しんだこと。

オフには何度も遊びに連れて行ってくれたこと。


自分にとって、本当に大好きで、心から尊敬できる先輩です。

あの涙を見た瞬間、「この2か月間、本当に頑張ってよかった」と心から思いました。

あのエイトのみんなは、西岡先輩を笑顔で送り出したくて必死でした。

それが叶って、本当に良かったです。


この3年生の夏は、自分にとって大きな転換点でした。


「1年後、自分が引退するとき、後輩にここまで思ってもらえる人間になれているだろうか。」


そこから、自分のボート部での在り方を考えるようになりました。


正直、自分は競技者として順風満帆ではありませんでした。

戦績を積み上げていく同期が羨ましくて仕方ない時期もありました。


「自分だって頑張っているのに。」


そんな気持ちになってしまい、同期に八つ当たりしてしまったこともあります。


自分は、この部が大好きです。人生で一番濃い4年間でした。この部に育ててもらったと言っても過言ではありません。意味の分からない新しい名前まで付けてもらいました。

だからこそ、最上回生になった時、ずっと考えていたことがあります。


「自分はこの部に何を残せるのか。」

「自分は何のためにこの部にいるのか。」


その問いに対する自分なりの答えは、


「みんなが楽しく過ごせる空間をつくること」でした。


悔しいですが、自分はボート競技で圧倒的な戦績を残せた選手ではありません。だからこそ、競技以外で自分にできることを考えました。


同志社ボート部の魅力は、強さだけではありません。仲間と笑い合える寮生活があって、辛い練習を一緒に乗り越えられる仲間がいて、帰ってきたくなる場所があること。


その空間を守ることなら、自分にもできる。


そう思って、この1年間を過ごしてきました。

そして今、この1年間を振り返ると、本当に満足のいく時間だったと思います。


後輩のみんなとたくさん話し、笑い、遊びに行き、部内旅行も最高でした。競技だけではなく、人と人とのつながりを大切にするという、先輩方から受け継いできた「同志社ボート部らしさ」を、自分なりに体現できた1年だったと思っています。


競技面でも、4年生の関西選手権では初めて同志社Aを背負わせていただきました。結果は22艇中6位でしたが、自分の中では確かな手応えを得ることができました。また、1年間更新できなかったエルゴのベストを更新し、国体予選では京都選抜という高い壁を越えることもできました。決して順風満帆ではありませんでしたが、最後まで自分自身と向き合い続けたことに悔いはありません。


こうして振り返ると、自分は本当に多くの人に支えられてここまで来たのだと改めて感じます。だから最後に、この4年間で出会った大切な人たちへ、感謝を伝えたいと思います。


先輩方へ。


本当にありがとうございました。

ボート部に誘っていただき、右も左も分からなかった自分をここまで育てていただきました。

格好いい先輩方の背中を追いかけて、自分もそんな先輩になりたいと思って4年間頑張ってきました。


後輩のみんなへ。


ボート部に入ってきてくれて、本当にありがとう。

こんな自分を慕ってくれてありがとう。

ボートでは胸を張れるほど強くはなれなかったけど、人としてだけはみんなの前で胸を張れる先輩でありたいと思って過ごしてきました。

みんなと過ごした時間は、自分の宝物です。


同期のみんなへ。


本当にありがとう。

みんなと一緒に4年間頑張れて良かった。

色々、本当に色々あった。

でも、この4年間がこんなにも鮮やかな思い出になったのは、みんながいたからです。

この同期で本当に良かった。


あと3週間で、自分のボート人生も終わります。

自分は最後の大会、インカレではなくオックスフォード盾レガッタに出漕します。もちろん最後はインカレに出たいという気持ちもありました。でも、1回生、2回生、3回生と毎年オッ盾を漕いできた自分が、最後もこの舞台で締めくくるというのは、どこか運命のようにも感じています。


1年前、西岡先輩の涙を見て、「こんな先輩になりたい」と思いました。

気づけば今、自分がその立場になっています。

同じ艇に乗る後輩たちには、せっかく自分と出会い、一緒に漕ぐことになったのだから、ボートという競技の面白さをもっと知ってほしい。そして、同志社ボート部をもっと好きになってほしい。

そのために、自分ができることを最後までやり切ります。


来年、自分も西岡先輩のように、後輩たちに「頑張ってよかった」と思ってもらえていたら、それ以上に嬉しいことはありません。


そう思わせられるように、最後まで、自分らしく漕いできます。









お世話になっております。

4回生トレーナーの上杉愛美です。


長いと思っていたボート部生活も、気づけば引退まであと少しとなりました。

最近は、瀬田で過ごす残りわずかな時間を満喫しようと、練習の合間にGoogleマップとにらめっこしながら、ご飯屋さん巡りの計画を立てています。


8月に入り、ついに1回生が本格的に寮生活をするようになりました。

練習している姿を見ていると、とてもフレッシュで朝の眠気が吹き飛びます。同時に、「自分ももう4回生なんだな」と実感することも増えました。


 今回は、最後のブログということで、1回生だった頃の写真を振り返りながら、少し懐かしんでみようと思います。


(左上)
モーターの練習をしている写真です。
同期のトレーナーで講習と試験を受けに行き、小型船舶免許を取得しました。(私一人だけもう一度受けに来たのはここだけの秘密です…。)
今では普通に運転していますが、最初は思うように操縦できず、慣れるまで結構時間がかかったことを思い出します。

(右上)
入部して間もない頃の、同期のエイトです。
たくさんの人に見守られながら出艇している姿を見ると、懐かしい気持ちになります。
今では最高学年として後輩を引っ張りながら艇に乗っていると思うと、時間の流れの早さを感じます。

(左下)
旧fifth寮でのお昼寝です。
私にとって初めての寮生活が、この旧fifth寮でした。一人で寝ているように見えますが、実は二人います!
頭まで布団をかぶせられ、さらに抱きしめられているのは、なんと現主務のかざみちゃんです。

(右下)
同期のりなまるの誕生日会をしたときの写真です。年季の入った襖に誕生日の飾り付けをするという、なんとも味のある組み合わせが気に入っています。

ということで、ぱっと目に留まった4枚を紹介してみました!

約3年前の出来事ですが、意外と何気ない日のことでも覚えているんだなと気付かされました。
それだけ毎日が刺激的で、一日一日が充実していたんだと思います。本当に濃い4年間でした。そんなボート部の一員として過ごせたことがとても幸せでした!

引退してからも、ふとしたタイミングでボート部生活を思い出すことがきっとあると思います。
そんなとき、「あの頃に戻りたいな」と思うのではなく、「あの頃も楽しかったけど、今も充実してるな」と思えるような毎日を過ごすことが、これからの目標です。
寝ることが大好きなので、昼寝のしすぎには気をつけつつ、いろいろな場所に出かけたり、新しいことに挑戦したりしながら、アクティブに過ごしていきたいと思います。

残りわずかなボート部生活ですが、一日一日を大切にしながら、インカレまで全力でサポートしていきます!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!