同志社大学ボート部公式ブログ

お世話になっております。

同志社大学ボート部です🚣‍♂️


本日いよいよラストブログになります!

主将/出野真誠✨️





お世話になっております。

主将の出野です。

時が流れるのは早く、とうとう我々135期にも引退が近づいてまいりました。



1年間を振り返り、「主将」として、みんなが期待してくれていたことができていたのか??と自問自答する日が多かったように思います。


冬の期間、同期のモチベーションが下がっていた時に目を見て怒れなかったこと。

 

幹部の交代で同期、後輩、コーチ陣に心配をかけたこと。


ラストシーズンでエルゴベストが出なかったこと。


ラストシーズンで対抗に乗れなかったこと。


ラストシーズンで主将としてレースで勝つことができなかったこと。


思い返せばキリがないほどやりきれなかった部分が多かったと思います。


でも、部員のみんなが楽しそうにご飯を食べている姿や、練習、役職の仕事に真剣な目をしている姿を見ると「主将」としての思いは一つでした。


それは、「人のため」


主将としての1年間、人生で1番「人のため」を考え、動いたと思います。

同じチームで頑張る誰かのためを考えることは私にとって本当に幸せなことでした。



自分が下回生だったあの頃、この部にいた理由は先輩たちからもらった「同志社大学ボート部らしさ」が心地よく、いつしか自分の居場所になっていたからだと思います。この部活には言葉にはできない「らしさ」があると思っています。


憧れの先輩たちが新歓で口にしていた「日本一」

それがいつしか僕たちの夢になって、またそれがいつしか後輩の目標になる。


先輩たちのDNAがいつしか僕たちのDNAになって、またいつしか後輩のDNAになる。


脈々と受け継がれる夢、DNAはこれからも同志社大学ボート部から消えることはない。そう確信して引退できる私は幸せ者です。



前主将の奎さんはラストブログでこんな言葉を残されていました。


 ̄ ̄ ̄

次は出野の代です。

最高のチームで最幸のクルーをみんなで作ってください!


 ̄ ̄ ̄

この1年間、同志社大学ボート部が最高のチームで最幸のクルーであったかは私ではなくみんなが決めることです。

少しでも多くの人が最高、最幸であったならば主将として嬉しい限りです。


あんなにきつかった練習も、昼寝の時間も、夜更かしして話したあの時間も。

どのシーンを切り取っても生涯忘れることのない思い出です。





後輩たちへ。

まず、後輩への接し方が苦手な自分に話しかけてくれてありがとう。嬉しかったです。

俺たちは引退やけど、みんなの旅はまだまだこれから。ファンとして期待、応援してます。


同期たちへ。

まず、1年間、こんな自分についてきてくれてありがとう。

そして、3年間、一同期として、みんなにはとても感謝してます。しんどい時に前向かせてくれたのも、1番笑わせてくれたのも、他ならない同期のみんなです。


これからの同志社ボート部に幸あれ!!

お世話になりました。

出野







本日で4回生全員のラストブログ終了となります。

最後まで読んでいただきありがとうございました🙇‍♀️


明日は、インカレ・オッ盾・ジャパンオープン最終日となり、同志社大学男女合わせてA決勝7クルー、B決勝3クルー進出しております。

同志社大学として最後まで優勝目指して頑張ります!!大声援の程よろしくお願いいたします!



約2年間ブログ担当として皆様に同志社大学ボート部のことについて知っていただけるよう、色々なブログを投稿してきました

少しでも楽しく読んでいただけていたら幸いです。

ありがとうございました🙇‍♀️      4回生漕手瀬戸口

お世話になっております。

同志社大学ボート部です🚣‍♂️


引退ブログ第15弾✨️

本日で4回生女子全員終了します!

漕手/酒井美柚子、副主将・漕手/東野花です!!





お世話になっております。

4回生漕手の酒井美柚子です。


昨日から戸田に入り、最後のインカレが着々と近づいていますが、これで本当に最後だという実感がありません。最後の瀬田での練習も、名残惜しい気持ちになるのかなと思いきや、いつもの朝練と何ら変わりありませんでした。戸田に来ればさすがに寂しくなるかと考えていましたが、6回も遠征で来ていれば慣れたもので、戸田に来たからといって、そんな感情も湧いてきません。慣れというのは怖いですね。


4:30に集合して、学校に行き、帰ってきたら陸トレをして、気づけば消灯で、寝る。一回生の4月は、これを4年間続けられるのか心配していました。朝起きて休む言い訳を考えて、気づいたら寮を出る時間になっていて、休む理由がないからとりあえず行く。それの繰り返し、積み重ねでここまでやってきました。


私は中学校から10年間ボートをしてきましたが、他の経験者のみんなと比べると、ボートに対する熱量がそこまで多いわけでも、すごく上手なわけでも、たくさん知識を持っているわけでもありません。


じゃあ、どうして続けてきたのか。正直、私自身もよくわかりません。


ただ、ひとつだけわかるのは、私はボート競技をしているときの自分は、そんなに嫌いじゃないということです。


小学生の頃は本当に運動ができなくて、持久走も最下位争いをしていました。そんな私が、中学校の部活体験で初めてボートに乗ったとき、水の上をすぅーと走るボートが楽しくて、「これならできるかも😀」と思い、気がつけば入部届を提出していました。


後日、先輩たちの2000mT.T.を見学したとき、全身の毛穴という毛穴から汗が吹き出て、苦しそうに息をする先輩方を見て、人生で初めて見る人間の限界状態に衝撃を受けました。そこでようやく、過酷な部活に入ってしまったと気づきました。それでも、週に何回かの乗艇練習は本当に楽しくて、艇庫の鍵を一番に職員室に取りに行って、一番にオールを出していました。


高校では、レースで勝つことの楽しさや、誰かのために勝ちたい、頑張りたいという、ボートを競技として楽しむ自分に出会いました。そして大学でもボートを続けることを決め、気づけば同志社ボート部で4年間を過ごしていました。


振り返ってみると、10年間ずっと「ボートが大好きだから」「絶対に勝ちたいから」という強い気持ちだけで続けてきたわけではありません。毎日を繰り返して、目の前の練習に行って、その日を終える。その積み重ねが10年間になりました。


きっと日本一になるという高い目標に到達するためにも、その毎日の積み重ねがとても重要なんだと思います。一回の乗艇で急激に上手になれることはないし、上手くできた乗艇、そうじゃない乗艇を繰り返し、気づけば「あれ、できてるかもしれない」という瞬間があるはずです。


これを読んでくださっている人の中で、今すぐに何か大きな目標や強い気持ちがなくても、焦らなくていいのだと思います。毎日の練習も、最初はしんどくて長く感じるけれど、いつかそれが「慣れ」になります。そして、その「慣れ」の中で続けてきた一日一日の積み重ねが、振り返ったときに、自分が思っている以上に遠くまで連れて行ってくれると思います。


だからこそ、今を大切に。私たちが練習している環境や、今あなたの横にいる人は、そこにいて当たり前に感じますが、「慣れ」てしまって少しでも雑に扱ってしまうと、いずれあなたに跳ね返ってきます。どんなに辛くとも、どんなに苦手な相手でも、徳の積立貯金だと思って、最低限の礼儀というものを怠らないことが重要です。


「慣れ」というのは怖いけれど、4年間を振り返ると、私をここまで連れてきてくれたのも、きっとその「慣れ」と「積み重ね」だったのだと思います。


最後のインカレも、いつものように、目の前の一本一本を大切に漕いで、終わったときに「やってきてよかった」と思えるレースにしたいと思います。


最後になりましたが、大会の度に応援メッセージをくださる中学校の顧問の先生、私が同志社ボート部に行くきっかけをくださった高校の顧問の先生、同志社ボート部に愛を持って支えてくださる監督、コーチ、OB・OGの皆様、たくさん学ばせていただいた先輩方、かわいい妹弟のような後輩のみなさん、オモシロオカシイだーい好きな同期、単位を落としすぎた時にちゃんと叱ってくれたお姉ちゃん、お兄ちゃん、そして本当は石川にいて残ってほしいと思っていただろうに、私の好きなようにさせてくれた両親、本当に本当に関わってくれた全ての人へ、感謝でいっぱいです。たくさんの人に支えてもらった10年間でした。


最後まで、自分らしく漕ぎ切りたいと思います。










お世話になっております。

4回生の東野花です!


みんなみたいなかっこいい前置きは難しかったので、本題に入りたいと思います。


「私にボートがなかったら」


大学に行く、という選択肢は、そもそも私にはありませんでした。


高校では、いわゆる花嫁修行のような学科にいて、本当は「保育学校に行って保育士になりたい」なんて言っていました。そんな私に、両親に与えられた選択肢は、大学に行くか、看護学校に行くか。


そこで選んだのが、ボートでした。


大学なんて東大と京大くらいしか知らなかったし、「同志社ってどこ?」というレベルでした。


それでも、最後まで決めきれずに迷っていた私の決め手になったのは武田監督と誕生日が同じだったことでした。


今思えば、そんな理由で大事なこと決めるなよと思いますが、たぶん人生って、意外とそういうものなんだろなーと思います。


高校でボートに出会って、恩師に出会って、全てが私の人生を変えました。


ボートがなかったら、大学に行くことも、日本一を目指すことも、こんなにたくさんの人と出会うこともなかったと思います。


そして、こんな無知な私は同志社大学に入りました。


大学4年間、私の目標はずっと変わりませんでした。


対抗に乗り続けること。


イレギュラーなものを除けば、この目標は達成できたと思っています。

この目標は贅沢でもあり、反して対抗から外れてはいけないプレッシャーがありました。


もちろん、レースで日本一になることもずっと目標でした。


でも、自分の中では、それは当たり前で、

私が一番大切にしていたのは、レースを悔いなく漕ぎ切ることでした。


悔いが残るレースをしたなら、それは練習が足りなかったということ。

「これ以上やれない」と思うくらい練習した上で負けたのなら、悔しいという感情はあっても、後悔はしないと思っていました。


だから私は、鬼切り替えが早いです。


「悔しがるのはカッコ悪い」と中学生男子みたいな考えを持っています。笑


超負けず嫌いだから、疲れたとか、しんどいとか、できるだけ口に出しません。


「まだいける」

「自分の限界はこんなもんじゃない」


そうやって自分の脳みそを騙しながら、ずっとボートをしてきました。


今振り返っても、ボートって結局、思い込みとか考え方次第で良くも悪くもなる競技だと思います。


やってもいないのに「できない」と言う人。

やってもいないのに、できる人と比べて自分の体格や才能のせいにする人。


昔の私は、まさにそうでした。


身長もない。

体重も軽量級の対象。

一本の長さもパワーも負けるに決まっている。


そうやって、自分にできない理由を並べていました。


でも、大学に入ってたくさんのレースを見て、たくさんの選手と一緒に漕いで、それは違うんだと身にしみて感じました。


小さくても関係ない。


今までの自分、ダサいなー、


そう思って、言い訳するのをやめました。


人と競う競技ですが、人と比べることをやめました。


比べるなら、昨日の自分より今日の自分がどうだったか。


どれだけ練習したか。

どれだけ自分自身と向き合えたか。


結局、そこしかないと思います。


だから、今の同志社ボート部のみんなにも、自分自身にもっと集中してほしいと思います。


ボートも、ボート以外のことも。


まずは、自分が一番、自分自身と向き合ってほしいです。


人に何かを伝えるときも、「自分は本当に相手に意見を言える立場なのか」と一度考えてほしいです。


……なんて偉そうに言っていますが、私自身もまだまだできていません。


感情がそのまま口に出てしまうこともあります。

言わなくていいことまで言ってしまうこともあります。


この4年間で、やーーーーっと気づきました。


だから次は、気づいたことを改善するステージです。


ボートだけじゃなく、人間としても、もっと上にいきたいです。


大学に入ることすら考えていなかった私が、気づけば4年間、同志社大学でボートをしていました。


朝はやく起きて、練習して、授業に行って、また練習して。

しんどくて、悔しくて、長く競技を続けていても逃げたくなる日もありました。


それでも、振り返れば、全部が私の人生になりました。


ボートがなかったら、今の私はいません。


そう思えるくらい、ボートに人生を変えてもらいました。


だから、これで終わりではないと思っています。


そんな私は、まだまだ漕ぎ足りないみたいです。


スイープも、スカルも、苦手なエルゴも。


そして、人間性も。


まだまだ極めます。


最後に、この4年間、私の人生を変えてくれたすべての人に、これからも応援したいと思ってもらえるような選手になります。








お世話になっています。

同志社大学ボート部です🚣‍♂️


引退ブログ第14弾✨️

本日は、🚹漕手/中田大斗、🚺漕手/金真大です!





お世話になっております。

4回生漕手の中田大斗です。


ついに自分の出番がやってきましたね。

同期のみんなのブログを読むたびに、引退が近づいているなと実感します。


客観的に見ても、僕は未経験出身の男子漕手としては、恵まれた選手生活だったと思います。


主な戦績は、昨年のインカレM4×第4位入賞、今年は全日本選手権男子LM2×第2位🥈、関西選手権M8+優勝🥇です。


2回生の全日本選手権から、主要なすべての遠征に帯同してきました。


大学からボート競技を始めた身として、これ以上ないほどの経験をさせていただきました。


監督やコーチ陣から自分をクルーに選んでいただき、本当にありがとうございました。しかし全てが順風満帆な競技人生ではなく、数多くの"葛藤"があったことをこの場を借りて紹介させていただきたいと思います。



①自分たちの代に対する下級生の評価。


昨年の秋、新体制となり自分たちが最上級生となりました。

下級生は、4回生の様子をよく見ています。


練習態度、日常生活、成長意欲。あらゆる面で下級生に模範となる行動が取れていない。そんな声を耳にしたこともありました。


4回生の印象は、「ダイニングで賑やかな代」。

これ以上の皮肉はないでしょう。

下級生の支えを頼りに大会で結果を出さないといけないのに、一緒に乗りたいと思われていないことに危機感を抱いていました。


自分がチームを変えることのできない無力感に悩んでいましたね。

1人で抱え込まずに、誰かに相談するべきだったと思います。


午後モーションで、みんなで声かけをして、一体感を出そう!なんて始めてみたこともありましたね。



②試合に出続ける中で重なる責任感。


遠征に行く回数が増える度に、日々の自分のパフォーマンスを周りの部員に見られているなと、プレッシャーが積み重なりました。


自分が選ばれることで、遠征に行く人枠を一つ減らすことになる。


「自分で良いのか。」

「瀬田に残る部員に何と言葉をかければいいのか。」


心のどこかに、そうした後ろめたさが付きまとっていて、一人で臆病になっていました。


これらの葛藤を打ち消すように、午後モーションのエルゴは毎回、死地に向かう気持ちで、自分を追い込んできました。

先週の記録を更新できなかったら、「潰れてしまえ」と、命を懸けてきたと言い切れます。


それでも、結局2000ttのベストは6:44.1。

全国レベルで勝負するには、まだまだ足りない数値に終わってしまいました。30秒台を見たかったですね。


毎モーション追い込んできたからこそ、オフでしっかり休養を取らないと、やっていけませんでした。大学構内でも、筋肉痛で手すりを使わないと階段を降りれないこと続きでした。


ボート競技に捧げた4年間。

置かれた立場的に捧げざるを得なかった4年間。

もちろん、それを選び続けたのも自分です。

後悔はありません。

だけれども練習は大変で、そのキャラを求められていることが苦しかった。


時間が経てば、思い出話にでもなりますかね。



③今年の男子の代に対する期待の低さ。


ここ数年、男子部の結果が出ないことが続いてきました。それに対して、女子部の勢いは凄まじいものがありました。


試合後のミーティングの多くは、女子は高評価な一方で、男子は低評価。僕たち4回生は辛酸を舐めてきました。


女子部が結果を残し続ける一方、男子部は厳しい評価を受けることが多く、同じ部員として嬉しい反面、男子漕手として悔しさを感じることもありました。


また、来年度に新艇エイトを購入するという話を聞を聞いたとき、実際にそう思われていたかは分かりません。ただ当時の自分には、あくまで自分たちは'つなぎの代'と思われている気がしていました。

期待されてないんじゃないか、という疑問が日々付きまといました。


それでも、全日本でのメダルや4年ぶりの関選エイト優勝という、結果で見返せたことは嬉しかったです❗️


まぁ、ほとんどが後輩たちのおかげなんですけど...😅



、、、とまぁ、どうなんでしょう?正直、普段から特別に悩んでいたのかと聞かれても、鈍感で雑に過ごしてきたので、ストレスは少なかったかもしれません笑。


ただ、エルゴ2000ttや新歓の雰囲気。大会での応援の熱量。周りの活躍を心の底から自分ごとのように喜べる風土が大好きで、ここまで頑張ってくることができました。


その中でも、朝早くから夜遅くまでサポートしてくれているトレーナーやマネージャーのみんなに、たくさんメダルをかけるのをモチベーションにしてきたので、今シーズンはそこそこ恩返しできて良かったです。


ひとりひとりの頑張りが、誰かの背中を押している。これを体現しているのが、同志社大学ボート部です!


最後になりますが、僕の4年間のボート部生活を支えてくださった、両親。監督を始めとする指導者の皆様、OB・OGの皆様、先輩方、後輩、そして同期のみんな。本当にお世話になりました。


高校時代では、野球部のメンバー外。落ちこぼれ。そして浪人生活。希望も自信も持てずに大学に入学してきた自分が、もう一度輝ける場所に出会えて、幸せでした!


まだまだこれから同志社は強くなると確信しているので、みんなで頑張りましょう!


偉そうな言葉でおこがましい限りですが、トレルのホワイトボードに書いた決意でブログを締めようと思います。


インカレ最終日まで、、、


俺についてこい!










こんにちは、女子漕手の金真大です。

ボート部4年間生活、圧倒的なスピードで増え続けたのは、お世話になった人の数でした。

ただ出会っただけの人の数ではなく、お世話になった人が、どんどん増えていきました。


大人数での部活動のため、下級生に怪訝そうな対応になることがあったとしても、少しもおかしくはなかったのに、どの学年の先輩たちもOBさん方も含めて、後輩に優しく接するスマートな先輩たちばかりでした。


自分が4回生になった今、先輩たちの心が強く優しかったのだと、尊敬の念を抱くばかりです。

先輩方、お世話になりました。


大学生も上級生になってくると、謙虚さが薄れ、自分の狭い物差しで人をはかり、良くない所作や行動を他人にとる感謝を忘れた人になってしまう懸念がある中(主観)、ボート部には、先輩イズムを受け継いだ同期や後輩がたくさんおります。

この恵まれた環境に身を置き、ボート競技に精進できた4年間をかみしめながら、まもなくやってくる幸せな引退を迎えられそうです。

同期、後輩のみんな、たくさんお世話になりました。


楽しかったボート部生活に、精一杯の感謝を伝えることができたにもかかわらず、定められた引退ブログの文字数に、まだ半数しか届いていないことに恐れ慄いております。


それならば、ボート部の良さは同期の皆の引退ブログに数多く記述されているので、割愛するとして、もう1つだけ伝えられるとすれば、自分が引退を迎える今だからこそ、ボート部から得られたものがあります。


それは、同志社大学ボート部に入部して、途中で投げ出さずに日々精進し、4年間やり遂げた暁には、社会人になるために必要と考えられるものが、自然といくつか身に付いているのです。

私自身は、幼い頃から高校3年まで10年以上、他競技の個人種目に没頭し、恐れながらも、自己管理や忍耐力や持続力はあると自負しておりました。

しかし、ボート部を引退する今、100人を超える大人数での部での活動や生活、そして信頼関係が必要な団体競技の難しさなどを通じて、得られたと思えるものがありました。


柔軟性を持ち、懐が深くなります。

協調性は、もっとたくさん持てるようになります。

主体性も、持てるようになります。

集団の中での自分の役割や、どのように貢献すればよいかが分かってきます。

仲間がいるから、責任感はもっと強くなります。


自分次第で、もっともっとたくさんのことができるようになるのですが、これぐらいに留めておき、上述した力を手に入れた大好きな同期と、引退に漕ぎ着けられる喜びを胸に、同期と後輩、全ボート部員で最後の夏を楽しんできます。


ボート部に出会えて本当によかった。

推拙な文章を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

本当にお世話になりました。







お世話になっております。

同志社大学ボート部です🚣‍♂️


引退ブログ第13弾✨️

本日は、🚹トレーナー兼cox/岡本琉星、🚺漕手/瀬戸口杏李です!




お世話になっております。

4回生トレーナー兼coxの岡本琉星です。


瀬田で過ごす日も、いつの間にかあと数日となりました。まだ実感が湧きません。4年間本当に一瞬でした。


ラストブログでは、私らしく「体重の推移」とともに、4年間のボート部人生を振り返ってみようと思います。


毎日体重のことを考えていた4年間でした。



1回生

45kgで入部。やばすぎやろ。

強引に新歓に誘われ、参加したのがボート部との出会いでした。

「45kgしかないですけど、大丈夫ですか?」

そう質問したところ、「細くても強い人はいる!」と聞きました。

その言葉を聞いて、自分も細くても強い人になってやろう。いや、どうせならムキムキになってやろう。そう思い、入部を決意しました。


今振り返っても、この決断は決して間違っていませんでした。ボート部に入って本当によかったと、心の底から思っています。


体重も徐々に増えていき、55kgくらいまでは増えました。ただ、エルゴはなかなか回らず、思うようにいかない苦しい日々でした。



2回生

55kgからなかなか体重が増えず、停滞していました。そこで、おそらく竪山航の提案で、「○日までに65kg」という増量チャレンジを始めました。毎日、何kgになったかをSNSに投稿して、地元の友達から応援メッセージが届いたりもしました。

しかし、精神力の弱さゆえ、恥ずかしくなってしまい、SNSへの投稿はすぐにやめました。

それでも、体重は60kg弱まで増えました。

航、手伝ってくれてありがとう。


冬に椎間板ヘルニアになりました。



3回生

2回生の冬に椎間板ヘルニアになり、漕手として復帰することが厳しくなりました。そこで、トレーナーとしてチームを支える道を選びました。

受け入れてくれたトレーナーのみんな、本当にありがとう。


そして、ボート部を辞めるという選択肢は1ミリもありませんでした。

最高の同期、先輩、後輩がいたからです。


トレーナーになってからはエルゴをすることもなくなり、体重は少しずつ増えていき、MAX62kgまで増えました。

ベンチプレスも90kgを上げられるようになり、「引退までに100kg上げてやろう」と意気込んでいました。

順調でした。

そんな中、体重60kg程度、coxの人数が足りないということもあり、私がcoxとして艇に乗る機会が増えていったのです。



4回生

西日本選手権の新人クルーに、coxとして60kgで出場しました。

当時は、これが自分にとって最後の試合だと思っていました。

試合が終わったとき、「もう試合に出ることはないのか」と、少し寂しい気持ちになったのを覚えています。


しかし、いろいろなことがあり、関西選手権にも出場することになりました。この関西選手権のクルーでは、体重を2週間で5kg落としました。長い年月をかけて増やしてきた体重を、一瞬で5kg落とした自分には驚きました。

ベンチプレスも上がらなくなりました。

それでも、そこまで自分をcoxとして本気にさせてくれたクルーには、本当に感謝しています。


西日本選手権も関西選手権も、結果を残すことはできませんでした。しかし、この経験を通して、「乗って勝ちたい」という気持ちが芽生えました。

自分の中に火がつきました。「インカレにも出てやろう」と。

そして、選考の末、インカレにはcoxとして出場することができませんでした。悔しくて、涙を流しました。本当に悔しかったです。自分の未熟さを痛感しました。それでも、最後の最後まで、自分を成長させてもらいました。


そして、最後は瀬田で琵琶湖レガッタがあります。まだcoxとして試合に出ることができます。絶対メダル取ったります!



45kg→60kg→55kg

これが、私の4年間の体重の推移です。

全然増えてないですね。笑


4年間、あれだけ体重のことを考えていたのに、最終的には45kgから55kg。


10kgしか増えていません。


でも、体重の数字だけでは表せないくらい、本当にたくさんのものを得た4年間でした。大きな成果を残したことも無かったかもしれないけど、本当にたくさんのものを得ました。


漕手として日本一を目指したこと。


怪我をして、トレーナーとしてチームを支えたこと。


そして、最後にはcoxとして、もう一度「勝ちたい」と思えたこと。


振り返ってみれば、どの瞬間にも、周りで支えてくれる仲間がいました。


引退したら、また増量して、今度こそデカくなって、みんなを驚かせようと思います。

4年間、増量を手伝ってくれたみんな、本当にありがとう!


書きたいことがありすぎて、4年間の全部をこのブログに書けません。

でも、振り返ってみれば、45kgだった自分がここまでボート部を続けてこられたのは、間違いなく周りのみんなのおかげです。

同期のみんな、先輩方、後輩のみんな、本当にありがとうございました。

みんなのおかげで、最高の4年間を過ごすことができました。


最高で、一生の仲間です!


ボート部人生に一片の悔いなしです!






お世話になっております。

4回生漕手の瀬戸口杏李です。


ついにラストブログの日がやってきました。

最後のブログでは、引退を目前にして、今感じていることを書きたいと思います。


正直、4年間は辛くて、辞めたいと思うことの方が多かったです。


入部してからは、エルゴで思うように記録を伸ばせない壁に何度もぶつかりました。さらに腰を痛めてからは、思うように漕ぐことができず、何を目標に頑張ればいいのか分からなくなった時期もありました。周りがどんどん成長していく中で、自分だけが置いていかれるような怖さもありました。


高校生の時にはぶつからなかったような、大きな壁に何度もぶつかった4年間でした。


何をやっても身が入らず、自分の思うようにもならない。


「やりたいのに、やれない。やりきれない。」


そんな自分がもどかしくて、何度も逃げてしまうこともありました。
それでも、悔しくて、どこかでまだ諦めきれない自分もいて、何度も立ち止まりながら、ここまで続けてきました。

それでも最後まで踏ん張ることができたのは、ずっと応援して見守ってくれていた家族、高校生の時からお世話になっている先生、そして何より、どんな時もそばで支えてくれた仲間がいたからです。


あの冬、私は一度この部を離れようとしました。


それでも、私を見捨てることなく、もう一度この部に戻してくれた同期女子には本当に感謝しています。


最後に同期と一緒にインカレに出ること。

それが最後の目標でした。


残念ながら、その目標を達成することはできませんでした。


最後の最後に、落ち込んでいる時間よりも、もっと必死に競技に打ち込む時間があったのではないかと思うと、今でも後悔は残っています。


特に4回生になってからの2000mTTは、不安に押しつぶされそうになって、毎回のように泣いていました。


そんな時も、後輩や同期が「大丈夫!絶対できる」と声をかけてくれて、その言葉に何度も励まされました。


本当にありがとう😌


そんな苦しいことも多かったラストシーズンでしたが、特に嬉しかったことが2つあります。


それは、メダルを2つ獲得できたことです。


朝日レガッタでは、花と急遽前日にダブルに乗ることが決まり、正直とても緊張していました。

それでも、レースを終えたときに見えた景色は、ここ数年の中で久しぶりに「楽しい」と思える景色でした。


そして関西選手権では、メンバー変更もありましたが、私の好きな種目であるクォドで、最後まで攻めるレースをすることができました。

このレースも本当に楽しかったです。


思うようにいかないことばかりだった4年間でしたが、最後のシーズンに「楽しい」と思えるレースができたこと、そして仲間と一緒にメダルを獲得できたことは、私にとって大きな思い出になりました。


4年間を振り返ると、もっとできたことがあったと思います。

もっと頑張れたんじゃないかと思うこともあります。


経験者の1人として入部し、期待するような結果は出せていないと思いますし、何が正解だったのかここまで続けてこれたことだけでも良かったのか自分でも正解は分かりません。

それでも、辞めたいと思いながらも、何度も諦めかけながらも、最後まで続けてきた自分のことは、今は少しだけ認めてあげたいと思います。


そして、最後の最後は漕手としてではなく、COXとして琵琶湖レガッタに出場します。


漕手としての4年間を終えたあと、最後にもう一度、違う形で仲間とレースに出られることを嬉しく思います。


ここからは、最後にこの4年間を一緒に過ごしてくれた大切な人たちへ。


同期の女子漕手へ

あの冬、私を見捨てることなく、もう一度この部に戻してくれて本当にありがとう。

一緒に最後のインカレに出られなかったことは悔しいけど、最後までずっと応援しています👍

メダル待ってます🫣


同期のトレーナーへ

どの種目の時も、出艇の時のみんなの応援がいつも嬉しかった☺️

たくさん応援してくれてありがとう!


同期のマネージャーへ

いつも美味しいご飯と可愛さで癒しをくれてありがとう😊色んな話ができて楽しかった!


同期男子へ

個性豊かなみんなはいつも元気が良くて、見てるだけでなんか面白くて、弱音を吐きながらも練習を頑張ってた姿が印象的です😁

インカレに出るみんな笑って終わってください👍頑張れ!


可愛い可愛いマイファミリーへ

世界で戦う最強のうーちゃん、泣きながらも頑張り続けるあいあい、諦めずにみんなに追いつこうと頑張るもえの。

3人とも、うちの誇れるファミリーです!

これからもずっとだいすきです♥️


そして最後に、最後まで私を支えてくれた家族、先生、先輩、後輩、同期、監督・コーチ、そしてこれまで関わってくださったすべての方々に、心から感謝しています。


4年間、本当にありがとうございました。


残りの琵琶湖レガッタでは、最後の漕手としてではなく、最後のCOXとして。


これまで一緒に頑張ってきた仲間と、最後まで思いっきり楽しみたいと思います。


4年間、本当にありがとうございました!






お世話になっております。

同志社大学ボート部です🚣‍♂️


引退ブログ第12弾✨️

本日は、🚹漕手/田中大登、🚺漕手/福原彩加です!






お世話になっております。

4回生漕手の田中大登です。


引退が近づき、最近は何をするにしても「これをするのも最後かな。」などと考えてしまいます。


何を書こうかと僕の順番が回ってくるまでに更新されてきた同期たちのブログを読みかえすと各々の4年間の思い出や、それらを振り返った今の想いが綴られていて読んでいて泣きそうになりました。そして、僕はこの4年でどんな人間になりたかったのかを振り返ろうと思います。お付き合いいただけると幸いです。


もともと大学で部活に入って真剣にスポーツに取り組もうと思っていた僕でしたが、大学生活に憧れていたのも事実で、バイトも趣味も僕には諦められませんでした。

ただ、それは逆も然りでいくらバイトや趣味が楽しくてもここで出会った先輩、後輩そして愛すべき同期たちとボートに打ち込む時間を諦めることもできませんでした。そんな僕が出した答えは簡単でした。


『全部全力でやる。』


結果、周りにはかなり心配をかけましたが楽しい4年間を過ごせました。大満足です。


コミュニケーションを頻繁に取ることで、先輩として後輩たちに確実に色々なものを残しているコミュ力お化け勢揃いの同期達に比べて、後輩達からしたら僕はとっつきにくく最後までよくわからない先輩だったと思います。ただ、『ボート部に入りながらでもなんでもできる』ということはこの4年間で確実に背中で示し、僕なりに切り拓いた新しい道だったと思っています。


そんなこんなでがむしゃらに駆け抜け、迎えた4年生のラストシーズン。このシーズンで自分が掲げたテーマは「恩返し」でした。


ボートのことが何もわからず、結果も全く出ず、大きな事故を起こし、ただただボートという競技が嫌いになっていく一方だった1年目、2年目。

少しずつ結果がついてくるようになったが、その度に他大学や、上位層にいる先輩や同期、後輩たちとの差を見せつけられ悔しい思いをした3年目


3年の中で色んな人が関わってくれました。

自分がボートに挑戦することを後押ししてくれた恩師、ボートでもそれ以外でも僕の可能性を信じてずっと応援し続けてくれていた友人A、ボートが嫌いだと言い続ける僕に「私が引退する時にたなひろにボート楽しいです!って絶対に言わせてみせる!」とずっと気にかけてくれていたS先輩、最愛の同期たち、いつも応援してくれた家族などなど、挙げ出すとキリがないほどの人にお世話になりました。

ここまで続けられたのも全て周りの人たちのおかげです。


そんな人たちに結果で恩返しするんだという思いで4年目を迎えました。


そして始まった4年目のシーズンは一緒に乗ってくれたメンバーのおかげで次々と思っても見なかった景色を見せてもらいました。コンコルメンバー、関選エイトメンバー本当にありがとう。

恩返しなどと意気込んで始まった4年目のシーズンも結局周りの世話になってばかりでした。ただ、4年かけて少しは周りに期待してもらえる人間になれたかなと思います。


○後輩たちへ

みんながボートを続けていることは決して当たり前じゃないです。それは周りの人の支えが…みたいなこともあるけれど、それと同じくらいこんなにきついことを当たり前のように続けてるみんながすごいってことです。ボートを続けているみんな自身の凄さを忘れないでください。ずっと応援してます。


○同期のみんなへ

いつもことあるごとにこの同期たちと出会えて本当に良かったなと思います。もう一度大学をやり直せるなら、また同じメンバーでこのボート部で出会いたいと心の底から思います。大好きです。これからもよろしく。


泣いても笑っても次のインカレが最後です。これまで関わってくれた全ての人へ最大の恩返しを、そして仲間たちと最高の景色を見るために残り少ない期間頑張ります。










いつもお世話になっております。

4回生漕手の福原彩加です。


去年の今頃、1学年上の諒真さんのブログを読んで心動かされた日から、もう1年が経ちます。今度は自分が引退ブログを書く番になりました。


当時の私は、諒真さんのブログから大きな勇気をもらいました。今度は自分が、部員のみんな、そしてこれから入ってくる後輩たちに何かを残し、勇気を与えられる存在になれたら嬉しいです。


これまでの競技生活を振り返ると、2000TTや練習メニューでのエルゴのイムトライアルで、心から喜べた記憶はほとんどありません。自己ベストを出しても、「やった!」という高揚感より、「自分のベストを出してもまだここか」と現実を突きつけられ、前向きになれないことばかりでした。


それでも途中で投げ出さずにやってこられたのは、隣を見れば、同じように苦しい目標に向かって必死にもがいている仲間がいたからです。支え合ってくれた同期、背中を追いかけ、時には引っ張ってくれた先輩や後輩たち、本当にありがとうございました。


マイナスの感情が多い中で、私には3回生の頃から密かに掲げ続けていた目標がありました。それは、「ゴールしたあとに、自然とガッツポーズが出るようなレースをする」ということです。1・2回生の頃は、他のクルーがレース後にボートの上でハイタッチをしたり、ガッツポーズで喜びを分かち合ったりする姿を、ずっと羨ましく見ていました。


そんな中、2つの大会でガッツポーズ、ハイタッチをするレースができました。


1つ目は、3回生のインカレです。後輩8人と乗ったエイトで目標だったA決勝の舞台に立ち、心から嬉しいと思える瞬間を掴めました。決勝進出が決まった後、後輩のこっちゃんが「さやかさんの目標だったガッツポーズ、できましたね」と声をかけてくれたこと。クルー結成時のミーティングで話した私の目標を覚えていてくれて、一緒にその瞬間を分かち合えたことが何より嬉しかったです。


 2つ目は、4回生の西日本選手権です。里紗ちゃんとダブルで出場しました。里紗ちゃんにとって初めての2000mレースで、激しい競り合いを制しました。短い期間で里紗ちゃんが大きくたくましく成長していく姿を間近で見られたことはとても嬉しかったです。


私がこのボート部で過ごした約4年間を通じて得た教訓は、「自分を信じて自分に期待できることが、いかに成長につながるか」ということです。

「自分はまだできる」「まだ伸びしろがある」「もっと強くなれる」と、自分の能力や可能性を心の底から信じられるかどうか。その自己への信頼の有無で、壁にぶつかったときの行動は大きく変わります。


この最高の仲間たちと、この環境に身を置けて本当に良かったです。4年間、ありがとうございました。