お世話になっております。
同志社大学ボート部です🚣♂️
引退ブログ第13弾✨️
本日は、🚹トレーナー兼cox/岡本琉星、🚺漕手/瀬戸口杏李です!
お世話になっております。
4回生トレーナー兼coxの岡本琉星です。
瀬田で過ごす日も、いつの間にかあと数日となりました。まだ実感が湧きません。4年間本当に一瞬でした。
ラストブログでは、私らしく「体重の推移」とともに、4年間のボート部人生を振り返ってみようと思います。
毎日体重のことを考えていた4年間でした。
1回生
45kgで入部。やばすぎやろ。
強引に新歓に誘われ、参加したのがボート部との出会いでした。
「45kgしかないですけど、大丈夫ですか?」
そう質問したところ、「細くても強い人はいる!」と聞きました。
その言葉を聞いて、自分も細くても強い人になってやろう。いや、どうせならムキムキになってやろう。そう思い、入部を決意しました。
今振り返っても、この決断は決して間違っていませんでした。ボート部に入って本当によかったと、心の底から思っています。
体重も徐々に増えていき、55kgくらいまでは増えました。ただ、エルゴはなかなか回らず、思うようにいかない苦しい日々でした。
2回生
55kgからなかなか体重が増えず、停滞していました。そこで、おそらく竪山航の提案で、「○日までに65kg」という増量チャレンジを始めました。毎日、何kgになったかをSNSに投稿して、地元の友達から応援メッセージが届いたりもしました。
しかし、精神力の弱さゆえ、恥ずかしくなってしまい、SNSへの投稿はすぐにやめました。
それでも、体重は60kg弱まで増えました。
航、手伝ってくれてありがとう。
冬に椎間板ヘルニアになりました。
3回生
2回生の冬に椎間板ヘルニアになり、漕手として復帰することが厳しくなりました。そこで、トレーナーとしてチームを支える道を選びました。
受け入れてくれたトレーナーのみんな、本当にありがとう。
そして、ボート部を辞めるという選択肢は1ミリもありませんでした。
最高の同期、先輩、後輩がいたからです。
トレーナーになってからはエルゴをすることもなくなり、体重は少しずつ増えていき、MAX62kgまで増えました。
ベンチプレスも90kgを上げられるようになり、「引退までに100kg上げてやろう」と意気込んでいました。
順調でした。
そんな中、体重60kg程度、coxの人数が足りないということもあり、私がcoxとして艇に乗る機会が増えていったのです。
4回生
西日本選手権の新人クルーに、coxとして60kgで出場しました。
当時は、これが自分にとって最後の試合だと思っていました。
試合が終わったとき、「もう試合に出ることはないのか」と、少し寂しい気持ちになったのを覚えています。
しかし、いろいろなことがあり、関西選手権にも出場することになりました。この関西選手権のクルーでは、体重を2週間で5kg落としました。長い年月をかけて増やしてきた体重を、一瞬で5kg落とした自分には驚きました。
ベンチプレスも上がらなくなりました。
それでも、そこまで自分をcoxとして本気にさせてくれたクルーには、本当に感謝しています。
西日本選手権も関西選手権も、結果を残すことはできませんでした。しかし、この経験を通して、「乗って勝ちたい」という気持ちが芽生えました。
自分の中に火がつきました。「インカレにも出てやろう」と。
そして、選考の末、インカレにはcoxとして出場することができませんでした。悔しくて、涙を流しました。本当に悔しかったです。自分の未熟さを痛感しました。それでも、最後の最後まで、自分を成長させてもらいました。
そして、最後は瀬田で琵琶湖レガッタがあります。まだcoxとして試合に出ることができます。絶対メダル取ったります!
45kg→60kg→55kg
これが、私の4年間の体重の推移です。
全然増えてないですね。笑
4年間、あれだけ体重のことを考えていたのに、最終的には45kgから55kg。
10kgしか増えていません。
でも、体重の数字だけでは表せないくらい、本当にたくさんのものを得た4年間でした。大きな成果を残したことも無かったかもしれないけど、本当にたくさんのものを得ました。
漕手として日本一を目指したこと。
怪我をして、トレーナーとしてチームを支えたこと。
そして、最後にはcoxとして、もう一度「勝ちたい」と思えたこと。
振り返ってみれば、どの瞬間にも、周りで支えてくれる仲間がいました。
引退したら、また増量して、今度こそデカくなって、みんなを驚かせようと思います。
4年間、増量を手伝ってくれたみんな、本当にありがとう!
書きたいことがありすぎて、4年間の全部をこのブログに書けません。
でも、振り返ってみれば、45kgだった自分がここまでボート部を続けてこられたのは、間違いなく周りのみんなのおかげです。
同期のみんな、先輩方、後輩のみんな、本当にありがとうございました。
みんなのおかげで、最高の4年間を過ごすことができました。
最高で、一生の仲間です!
ボート部人生に一片の悔いなしです!
お世話になっております。
4回生漕手の瀬戸口杏李です。
ついにラストブログの日がやってきました。
最後のブログでは、引退を目前にして、今感じていることを書きたいと思います。
正直、4年間は辛くて、辞めたいと思うことの方が多かったです。
入部してからは、エルゴで思うように記録を伸ばせない壁に何度もぶつかりました。さらに腰を痛めてからは、思うように漕ぐことができず、何を目標に頑張ればいいのか分からなくなった時期もありました。周りがどんどん成長していく中で、自分だけが置いていかれるような怖さもありました。
高校生の時にはぶつからなかったような、大きな壁に何度もぶつかった4年間でした。
何をやっても身が入らず、自分の思うようにもならない。
「やりたいのに、やれない。やりきれない。」
そんな自分がもどかしくて、何度も逃げてしまうこともありました。
それでも、悔しくて、どこかでまだ諦めきれない自分もいて、何度も立ち止まりながら、ここまで続けてきました。
それでも最後まで踏ん張ることができたのは、ずっと応援して見守ってくれていた家族、高校生の時からお世話になっている先生、そして何より、どんな時もそばで支えてくれた仲間がいたからです。
あの冬、私は一度この部を離れようとしました。
それでも、私を見捨てることなく、もう一度この部に戻してくれた同期女子には本当に感謝しています。
最後に同期と一緒にインカレに出ること。
それが最後の目標でした。
残念ながら、その目標を達成することはできませんでした。
最後の最後に、落ち込んでいる時間よりも、もっと必死に競技に打ち込む時間があったのではないかと思うと、今でも後悔は残っています。
特に4回生になってからの2000mTTは、不安に押しつぶされそうになって、毎回のように泣いていました。
そんな時も、後輩や同期が「大丈夫!絶対できる」と声をかけてくれて、その言葉に何度も励まされました。
本当にありがとう😌
そんな苦しいことも多かったラストシーズンでしたが、特に嬉しかったことが2つあります。
それは、メダルを2つ獲得できたことです。
朝日レガッタでは、花と急遽前日にダブルに乗ることが決まり、正直とても緊張していました。
それでも、レースを終えたときに見えた景色は、ここ数年の中で久しぶりに「楽しい」と思える景色でした。
そして関西選手権では、メンバー変更もありましたが、私の好きな種目であるクォドで、最後まで攻めるレースをすることができました。
このレースも本当に楽しかったです。
思うようにいかないことばかりだった4年間でしたが、最後のシーズンに「楽しい」と思えるレースができたこと、そして仲間と一緒にメダルを獲得できたことは、私にとって大きな思い出になりました。
4年間を振り返ると、もっとできたことがあったと思います。
もっと頑張れたんじゃないかと思うこともあります。
経験者の1人として入部し、期待するような結果は出せていないと思いますし、何が正解だったのかここまで続けてこれたことだけでも良かったのか自分でも正解は分かりません。
それでも、辞めたいと思いながらも、何度も諦めかけながらも、最後まで続けてきた自分のことは、今は少しだけ認めてあげたいと思います。
そして、最後の最後は漕手としてではなく、COXとして琵琶湖レガッタに出場します。
漕手としての4年間を終えたあと、最後にもう一度、違う形で仲間とレースに出られることを嬉しく思います。
ここからは、最後にこの4年間を一緒に過ごしてくれた大切な人たちへ。
同期の女子漕手へ
あの冬、私を見捨てることなく、もう一度この部に戻してくれて本当にありがとう。
一緒に最後のインカレに出られなかったことは悔しいけど、最後までずっと応援しています👍
メダル待ってます🫣
同期のトレーナーへ
どの種目の時も、出艇の時のみんなの応援がいつも嬉しかった☺️
たくさん応援してくれてありがとう!
同期のマネージャーへ
いつも美味しいご飯と可愛さで癒しをくれてありがとう😊色んな話ができて楽しかった!
同期男子へ
個性豊かなみんなはいつも元気が良くて、見てるだけでなんか面白くて、弱音を吐きながらも練習を頑張ってた姿が印象的です😁
インカレに出るみんな笑って終わってください👍頑張れ!
可愛い可愛いマイファミリーへ
世界で戦う最強のうーちゃん、泣きながらも頑張り続けるあいあい、諦めずにみんなに追いつこうと頑張るもえの。
3人とも、うちの誇れるファミリーです!
これからもずっとだいすきです♥️
そして最後に、最後まで私を支えてくれた家族、先生、先輩、後輩、同期、監督・コーチ、そしてこれまで関わってくださったすべての方々に、心から感謝しています。
4年間、本当にありがとうございました。
残りの琵琶湖レガッタでは、最後の漕手としてではなく、最後のCOXとして。
これまで一緒に頑張ってきた仲間と、最後まで思いっきり楽しみたいと思います。
4年間、本当にありがとうございました!