イライラは自分の中に有り | ~俺もないけど心配するな~

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デュープラー英語学院の代表、hisasueの気ままなブログ


今日も無事に運転代行の仕事が終わった。

前回書いたように、イライラしながら、無理な運転や危険な運転をするドライバーがいつもより多い気がする。

人がイライラするのはなぜか?

運転に限らず、同じ状況にいながら、イライラしやすい人とイライラしないでいられる人に分かれるのはなぜだろうか?

私だって、教師としてまだまだ未熟ゆえ、授業中にイライラすることがある。

思うように生徒が理解してくれなかったり、同じ間違いを何度も繰り返されたりするとイライラしてしまう。


イライラは、自分の求める状況が思うように手に入らない時に起こるものだ。

こうであって欲しいのに、実際はそうなっていない。

自分の中にある「願望」と目の前の「現実」が合致しない時、人はイライラを感じる。

では、イライラすること自体は悪だろうか?

イライラするということは、好意的に解釈すれば、目の前の「現実」を素直に受け入れず、より高い理想を掲げているという証拠でもある。

逆にイライラしないということは、目の前の「現実」に対して何の希望も要求も持たず、あるいは持っていても、それらを「諦めている状況」とも言える。

イライラすることがマイナスになるのは、運転や授業のように、本来冷静でなくてはならない状況で冷静さを失うような時だ。

そういう時は、そもそも自分が「現実より高い理想」を描いていることを自覚すると良いかもしれない。

自分ができることを、目の前の誰かさんも同じ以上のレベルでできるわけではない。

その現実を受け入れ、認め、自分の思い通りにしようとすることを諦められれば、きっとイライラは消えていくのだろう。

結局は自分をコントロールすることなのだが、これがまた難しいのだ。