「よぅ、待たせたな!」


小汚いカウンターだけの焼き鳥屋に、あの頃の笑顔のままで現れた越野は、仙道に向かってそういうと片手を上げた。



「遅かったんだね」

「ゴメンな。帰る間際に、明日のプレゼンの書類のミスが発覚してさ…」


社会人の顔をした越野は、コートを脱ぎながら店の大将に『生、ひとつ!、あとはお任せで』と元気に声を掛けて仙道の隣にどっかり座る。



大人な彼。

自分の知らない世界の事を話す彼。



でも、瞳の輝きはあの頃と変わらない。



あの頃は同じ世界を共有していたけれど、今はそうではない事に歯痒さも感じる。


その歯痒さすら、新鮮だなんて言ったら、越野は笑うのだろうか?



「じゃ、乾杯!」


既にジョッキの半分は空けている仙道のそれに、自分のジョッキを当てると、グイッと越野はそれを煽る。



昔はポカリを飲み干していた、その頃と全く変わらない喉の動きにドキリ、とする。



昔を回顧するようになったら、オヤジの証拠だって言ってたっけ…。



そんなことを思い出し、一人で笑うと、越野は不審気な眼差しで仙道を見る。



「お前、変わらねぇよな。そういうトコ」



クスクス笑いながら越野はそういうと、焼きたての焼き鳥を手にそれを豪快に齧る。







変わらない?



いや、変わったんだよ。





分からないよね、越野は鈍感だから。





アルコールのせいか、少し頬を赤く染め話す越野の笑顔に、安らぎを感じる自分。



人を本気で恋焦がれる、というのは、こういうことを言うんだ、と判ったのは、

こんな店に来ても、何も感じなくなった時かもしれない。






ねぇ、越野。



もし、この恋が成就しなくても、俺は結構倖せかもしれないよ。



だって、オマエさえいたら、それで倖せなんだから。





少し前の自分を思う。


越野への想いを誤魔化していた頃の自分。


背伸びをしていたのか、それとも誤魔化すための手段だったのか。







渋谷のカフェで待ち合わせ。

スーツはアルマーニ。

時刻を確認する時計は、カルティエ。





そんな場所に身を置いていた自分。

どこか違うと気づいたのは、その笑顔にもう一度出逢ったから。








洒落た会話、甘く香る香水、高級フレンチでディナー。

そんなおしゃれな恋なんて、もういらない………。









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4月25日。



今日の誕生花は、ストレリチア。



花言葉は、『おしゃれな恋』





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