それは、どんな表現も似つかわしく無い位に優美で。
「お先失礼します」
「あぁ、お疲れ」
日誌をつけ終わり、最後から二番目の一年生を見送ると、牧は体育館へと視線を向けた。
手前のコートの半面だけについている照明が、今日も彼が練習をしていることを窺わせる。
練習が終わり、自主練をする人間が一人減り、二人減り、そして誰もいなくなっても、黙々と自分に課したノルマを果たす、監督をして、『海南には天才は居ない』という事を証明するような、そんな彼。
チラリ、と腕時計に目を落とす。
そろそろ、終了する頃だろうか。
牧は日誌を閉じると、部室を後にした。
そっと体育館へと入ると、神は両手にボールを持ち、ゴールを見つめていた。
軽く、ボールを弾ませる音が響き、それが止まったかと思うと、ふっとその両手が上がった。
スローモーションにも似た、美麗なフォーム。
それは犯し難い位の優雅さで。
何時見ても、何度やっても、変わらぬそれ。
努力の果てにスタメンのユニフォームを手に入れても、尚も高みを目指すようにその地道な練習を続ける姿は、どこか牧に似通うところがある。
試合中と全く変わらない真剣な表情で、ただ一点を見つめる瞳。
基本に忠実に。
伸ばされた腕から放たれたボールは、緩い放物線を描き、その小さなリングの中に消えていく。
初めて試合でその姿を見た時は、さすがの牧も鳥肌が立った。
自分がいなくなった後どうなるのか、とぼんやりと考えていたその杞憂すら吹き飛ぶぐらいの衝撃だった。
パシュッ!
ネットから吐き出されたボールは、コロコロと牧の足元に転がってくる。
それを拾い上げた牧に、神は申し訳なさそうな顔をして一つ頭を下げる。
「そろそろ、やめたらどうだ?」
神がカウンター代わりに使っている得点板を見て、牧はそう告げた。
500で止まっているそれは、おそらくそれ以上の数をこなしていることを証明している。
牧の言葉に一度神は目を伏せ、額の汗を腕でぬぐうと、真っ直ぐに牧を見据えて口を開く。
「ラスト一本、お願いします」
自分と同じように、いや、もしかしたらそれ以上に餓えた瞳に逆らえる訳がない。
牧は一つ頷くと、その構えた手のひらに向けて、自分達が情熱を捧げるそれを放った。
乾いた音を立て、それが神に渡るが早いか、狂いもないその優雅なフォームで腕を伸ばした。
神の努力の証、そして、将来の海南大附属の姿を見せるかのように、神の腕から放たれたそれは、朱色の彼方へと消えていった。
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4月19日。
今日の誕生花は、コデマリ。
花言葉は、『優雅』
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