「やっぱスゲーよな…」
ほうっと吐息を洩らしながら、仙道を見つめる越野を実に複雑な心境で神は見ていた。
上気した頬、キラキラと輝く瞳。
どこから見ても、立派な『をとめ』ちゃんである。
神奈川選抜、合宿5日目。
周りには腹黒いと呼ばれている自分と、竹を割ったように真っ直ぐな性格の越野とは、どう考えても正反対なのだが、どこかウマが合ったらしい。
同じ学年であり、同室であることも相成って、急速に仲を深めていった二人は、この何日かはしょっちゅうツルんでいることが多い事実に周りは別な意味で驚愕していたりもするわけだが。
越野という男は、知れば知るほど実は面白いヤツだった。
目つきはかなり悪い部類に入りそうだが、実はカワイイヤツで、上下関係にはかなり厳しく、真面目な性格をしている。
本人は至って無自覚なのだが、実は軽く天然も入っていて、そこがきっと憎めないところなのだろう。
計算高く生きている自分とは、まるで本当に正反対だ。
しかし、ここまでの「天然」だとどうしたものか。
目の前では試合形式の練習が繰り広げられている訳だが、さっきから越野の目はプレイ中の仙道に釘付けである。
神は、昨夜の出来事をふと思い出す。
バラバラバラ…
「うわ、やっちまった」
ジュースを買おうと自販機に向かった越野は、財布からカード類を全部落とすという離れ業をやってのけた。
「越野って意外に抜けてるよね」
一緒に行った神は、思わずそう云いながら笑うと、そのカードを拾い集めるのをつい手伝う。
レンタルの会員証。
キャッシュカード。
学生証。
スポーツショップのポイントカード。
テレカにSuicaに、AKB48のファンクラブの会員証。
まぁ、どこにでもいる高校生の財布のカードの中身だ。
そして、ふと手にしたカードで思わず固まった。
「………アキラ、ファンクラブ?」
にこやかな表情をした仙道彰が全面に写っている、ラミネートパウチされたいかにも手作りのカード。
会員番号は、7番と表示されている。
「うわ、ヤバいもん見られちゃった?」
一緒に拾いながら、拾い上げたそこで固まった神を見て、その手元を見た越野が照れながらそう呟くと、テレ隠しのようにいつのまにか買ったらしいコーラを神に手渡す。
物々交換のように、神もカードを手渡す。
「いや~、学校で出来ててさぁ、もう聞いた途端、一も二もなく入ったんだ」
深夜なだけに誰もいないロビーに二人で腰掛けると、ほぼ同時にふたりでリングプルを上げる音をさせて顔を見合わせて笑ってしまう。
実は炭酸が苦手だという越野は、紅茶花伝を一口飲むと、カードを財布へとしまいながらそう話す。
「もしかして、会員は7人だけとか?」
まさか、あの仙道に限ってはそんな事はないだろうと思いながらコーラを口にした神は、その次の言葉に思わずそれを思い切り吹き出しそうになった。
「まさか。こないだの会報には、300人突破したとか書いてたけど」
…会報??
意外に本格的らしいファンクラブに、神は驚きを隠せない。
「結構、本格的なんだ…」
呆れつつ、思わずそう呟いた神に、越野はそれは嬉しそうに話を続ける。
「そうなんだぜ。会員証のヒトケタ台を取るのも結構至難の業だったんだからな」
「男はお前一人だけなんじゃないの?」
「いや、ソレが意外にそうでもないんだよね。今度、男組を立ち上げようか、って企画も出てるらしいし」
一体、どういうファンクラブなのだろうか。
…というより、なまじのアイドルのファンクラブよりも凄いのではないだろうか。
嬉々として話す越野は、ある意味夢見る乙女よりもすごいパワーを醸し出している。
「…っていうかさ、越野。お前ファンクラブに入らなくても一番近くにいるんじゃない?」
「ま、そうだけどさ。それとこれとは別ってカンジ?本人目の前にして、きゃあきゃあ云ってもなぁって思うし。やっぱファン同士だともっと話が広がるじゃん」
それに、オレの知らない仙道もいるしさ。
そう云って嬉しそうに笑った越野は、どう見ても盲目な恋をするような「をとめ」ちゃんの瞳をしていた。
…それもどうかと思うのだけれども。
昨夜の「をとめ」ちゃんと同じ、いやそれ以上のうっとりとした表情をしている越野を神は飽きることなく思わず見つめてしまう。
無自覚ほどタチが悪いのは、自分もよく経験している事だけれど。
熱病に冒されたようにうっとりと見つめられる視線は、仙道にとっては拷問だろうな、とふと思う。
越野は、気づいていない。
仙道が時折、切なげな表情で越野を見つめていることを。
仙道を見つめる越野の視線を、複雑な表情で受け止めている事を。
アイドルとファンの関係以上には、いつなれるんだろうね。
ふと突き刺さった仙道の嫉妬深い目つきに、神は軽く微笑んで見せた。
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4月15日。
今日の誕生花は、カーネーション。
花言葉は、『あなたを熱愛します』
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