「…よう、藤真」


日曜の昼下がり。


久しぶりに練習もなく、何となくのんびりと過ごしていた藤真は、チャイムの音でいやいやながら玄関に出たところで、アラブの民族衣装を着た男がヌッと立っているのを見て、思わずドアを勢いよく閉めた。


…だ、誰だ?


オレに、アラブ人の知り合いなんて居ない筈だ。


ただ、見たことあるような顔をしていたような…。


それに、日本語話してたし。


表札も出してないこの家なのに、オレの名前呼んだし。


そういや、聞き覚えのあるような声をしていたような…


そっとドアをもう一度開けてみる。


そこには、先程と同じようにヌッと立っているアラブ人らしい姿がある。


足元から順に、すっと視線を上げていき…そして、顔に来たところで、ようやく気が付いた。


「…牧…」


ナリはかなり変わっていたが、そこには高校時代に『神奈川の双璧』と呼ばれた片割れでもある、牧紳一が立っていたのだった。


「やっと気づいてくれたか…」


元々色黒だったが、更にグレードアップした牧を見て、藤真はとりあえず家へと招き入れた。


コイツには、色々と聞かなければいけないこともある。




高校を卒業して、突然姿を消した理由。


バスケット界からも、姿を消した理由。


そして、恋人である自分の目の前から姿を消した理由。




何から尋ねようか、と藤真がじっと牧を見据えていると、牧は一つ大きく息をはき、それからゆっくりと口を開いた。


「…まずは謝る。すまん」


「スマン、ってお前…それだけで済むか?!」


上目遣いで見据える藤真の頭を、それは牧はいとおしそうに優しく撫でる。


「…で、用件を単刀直入に言う。結婚しよう、藤真」


謝った直後の発言としては、かなり突拍子もないそれに、藤真は元々大きな瞳を更に大きく見開く他に術がなかった。


全ての理由をすっとばして、一言謝った挙句に、それはなんなんだ?


「…なぁ、牧」


それは心底倖せそうに藤真の髪の感触を楽しむように撫でている牧を睨み付けながら、藤真は口を開く。


「何だ、藤真」


「いきなりアラブ人なコスプレ、ブチかまして、この3年間音信普通だった理由も言わずに、出てきた言葉がそれって何だ!!」


一気にまくし立てた藤真を見つめ、あぁ、そうだっけ、という表情をした後、牧はにこやかに笑った。


「コスプレじゃない、これが普段着だ」


「…は?」


更に牧は続ける。


「確か、お前には云ってた筈だ。高校を卒業したら、地元に帰ると」


「………」


確か、そんなことを云ってた気がしたが…。


3年前の記憶なんざ、遠い過去の話。


そんなセリフを憶えていろ、という方が難しいんじゃないのか?


…てか、地元っていえば、普通に国内だろう?




藤真は突っ込み所満載の牧の言葉を、呆然と聞いているしかなかった。


元々、突拍子もない爆弾発言をすることが多かった牧だが、ここまでくればもう天晴、としか言いようがない。


「………あのさ、牧」


藤真の質問に答え終わり、満面の笑みを浮かべている牧に、藤真はため息をつきながら口を開いた。


「…まずは、そのコスプレが普段着である、という説明から始めてくれないか…?」


藤真の言葉に、牧はどうしてそこからなんだ?という不思議そうな顔をした。


…不思議な顔をしたいのは、オレの方だ…。


藤真はそう思いながら、その不可解な『恋人』を見つめた。





「………やっと、わかった」


それから1時間後。


ようやく話の全貌が飲み込めた藤真が、ふぅ、と大きなため息を洩らしてそう呟いた。


突っ込み所満載の牧の話を、要所要所で更にツッコミを入れながら聞いた話は、常人の頭では納得し難いような、むしろ、納得しないとどうにもならないようなそんなものだった。


話は、こうだ。


元々牧は、アラブの石油王が日本にやってきた時に見初めた牧の母親との間に出来たハーフだったらしい。


地黒だと思っていたのは、やはり父親の血が激しく作用したらしい。


そして、このフケ顔もその恩恵に預かったシロモノであったようだ。


父親は、他の3人の妻との間には娘しか出来ず、唯一の息子である牧に家督を継がせたいと思ったが、牧の母親がせめて義務教育が終わるまで、と懇願したことで、日本にいることになった、よって高校まで日本にいた、ということらしい。


でも、高校は義務教育じゃないだろう、という突っ込みに対しては、母親が何とか丸めこんだらしい、ということぐらいしかわからなかったが。


そして高校卒業後、父親直々に帝王学を叩き込まれ、やっと一人前になれたので日本に居る恋人を迎えに行く、ということで今回の来日になった。


…ということらしい。




しかし…


「………なぁ、牧?」


ふと思い出したように、藤真は口を開く。


「うん、何だ?」


「確か、イスラム教って戒律が厳しいんじゃなかったか?」


「まぁ、それなりにな」


「同性同士の結婚、って…ムリじゃないのか?」


藤真の言葉に、真摯な目で見つめていた牧は、その言葉に一つウィンクをしてみせた。


「まぁ、何とかなる。お前は口さえ開かなければ充分『美人』で通るからな」


そうにこやかに笑われて、ここで断ったらどうなるのだろうか、と藤真はぼんやりと考えながら、近づいてくる牧の顔に条件反射的に目を伏せた。






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4月11日。


今日の誕生花は、アルストロメリア。


花言葉は、『エキゾチック』


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