いつからだろう。


見つめることが多くなったのは。



言葉にしなくても、分かり合えるようになったと思ったのは。




「ふぅ…」

小さく吐息を洩らすと、花形は壁を背にコートの端に座り込んだ。

ようやく先刻自分の練習が終わり、別のポジションの練習に移ったコートをぼんやりと眺める。


神奈川選抜の合宿も、かれこれ3日目を迎える。


最初は同じ学校同士で固まっていた選手たちも、いつしか学校の垣根を超え、仲間という意識が芽生えてきたらしい。

あちこちでパスやドリブルの練習、また、シュートの練習をするようになってきた。


中心になるのは、やはり3年だ。


花形がぼんやりと視線を向けている先には、恋人である藤真が、同じポジションで一番親交が深い牧とバインダーを片手に何やら話をしている様子が見える。


あぁでもない、こうでもない、と云っている藤真の声を、目を細めて見ていた花形の耳元で、聞き覚えのある声が響いた。


「お疲れ様です、良かったらどうぞ」


それと同時に、目の前にポカリスエットが差し出される。


「すまない、神」


遠慮なく花形がそれを受け取ると、神は人のよさそうな笑顔で一つ笑って、いいですか?と尋ねた後、隣に座る。


藤真の話によれば、あの堅物の牧の恋人であるらしい、この可愛らしいという表現がぴったりの神は、花形の中学の後輩でもある。


自分と同じように身長でセンターに選ばれた彼は、高校に上がってからは自分の様に体格が良くなることがなかったせいで、ガードのポジションについた。


本人が気にしていた体格は、やはり華奢なままで今も中学とあまり変わらないが、服の上からもわかる筋肉は昔とは比べ物にならないくらいしなやかさでしっかりとついている。


どれだけ努力をしたのだろうか…。



「仲、いいですよね。牧さんと藤真さんって」


ぽつり、と神がそう呟く。


「まぁ、『神奈川の双璧』と云われる位だからな…」


他人が立ち入れない雰囲気を、二人が話すとどこか持っているようだ。


誰一人として、その空間には近寄ろうとしていない。


「…不安に、ならないですか?」


「…え?」


驚いた表情で花形が神の方を見ると、神は切なげな表情で牧を見つめていた視線を外し、花形を見つめる。


「…まぁ、ならない、と云ったら、嘘になるか」


そう云った花形に、神は睫を伏せてふと吐息を洩らす。


「似てますよね、花形さんって…」


誰に、というのは、訊かなくてもその視線の先で判る。


バスケ以外は不器用な、それでいて実直な性格そうな彼。


バスケのこととなると、煩いくらいに饒舌なのに、プライベートでは無口もいいところだ、と藤真がボヤいていたことをふと思い出す。


ふと、その神の眼差しが誰かに似ているような気がした。


そのまま、何と話していいものか考えあぐねていた花形に、ポツリ、と神が呟く。


「見てれば、判るんです。どれだけ、大事にしてもらってるかって…でも…」


キュッと唇をかみしめる。


その仕草も、どこかで見たような気がしてならない。


「…言葉に出して欲しい時もありますよね…信じてないわけじゃないですけど…無性に不安になって」


神の言葉を聞きながら、つと花形は視線を感じてそこへ目をやると、藤真がこちらに視線を向けていたのを不意に逸らした。


一瞬映ったその瞳が、先刻の神と重なった。


あぁ、そうか、もしかして…


神のように言葉には出さなかったが、少し曇った眼差しで自分を見つめた後、キュッと唇をかみ締め、押し黙ってしまった、つい先日の藤真の仕草を思い出す。




見つめるだけで、

瞳を合わせるだけで、

分かり合えていると思っていたけれど…


それは、独りよがりだったのかもしれない。




花形は、その時の藤真とよく似た表情をして、じっと牧を見つめる神の頭を、ポン、と軽く叩いた。


驚いて目を見開いて自分を見返す神に、優しく笑うと口を開く。


「オレにそうやってちゃんと云えるんだからさ、神」


「花形さん…」


「牧にもそう云ってみろよ、きっと判ってもらえるから」


何で相手がわかったのだろう、と顔を赤くする神の肩を軽く叩くと、花形はそこから立ち上がった。





今夜、きちんと伝えてみよう。


言葉にして、瞳を合わせて。



花形は何かを決意したように一つ深呼吸をすると、コートを後にした。





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4月10日。


今日の誕生花は、ブルーレースフラワー。


花言葉は、『無言の愛』



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