最初はまるでどこかの歌の様に、動悸・息切れ・眩暈で始まった。
まさか、ヘンな病気じゃないだろうか…と、自分でちょっと驚きを隠しきれなかった時期もあったが、それがある特定の一人にだけ反応する症状であることに、ある日気づいた。
…そこからだ。
仙道がこの『感情』と付き合い始めたのは。
相手は、どこにでもいる、生意気なイマドキの『高校生』。
ただし、冠には「男子」という文字も付く。
そうなのだ。
仙道彰、17歳。
生まれてこの方、女にしか興味を持っていなかったと思っていた自分が、まさか、よもや、同性相手に恋するヲトメちゃんになっているその事実がもうすでに重たい。
その上その相手は、同じ部活で、同じ学年で、人付き合いが実は苦手な仙道からいくと一番気楽に付き合える、そんなヤツだというのに。
…悪夢としか、いいようがありません、神様。
はぁっ、とひとつ大きなため息を洩らし、机にうっつぷす。
ずっとその感情をひた隠しにするのも、もう限界一歩手前だ。
最近は、夢にまで見る始末の悪さ。
その上、その夢で朝から反応している自分自身を思えば、もう自己嫌悪まっしぐら…。
どうすればいいというのだろう。
この自分でも持て余している『感情』を。
「なに、このジメジメした季節に、もっとジメジメしてるんだ?」
困り果てた顔でもう一度ため息をつくと、同じクラスの明治がそう尋ねてきた。
「あぁ…もう、何がなんだか…」
「俺でよければ、相談に乗るぞ?…まぁ、成績優秀な仙道クンが、学業の悩みとは思いがたいが…」
俺の机の前の席に腰掛け、明治がそう呟く。
「その方がかなりマシかも…」
「…まさか、天才プレーヤー仙道サマが、極度のスランプにでも陥ったとか?」
「スランプに陥っても、何故か身体はうごいてるからなぁ…」
やっぱり、んな訳ないよな、と明治は小さく呟き、それからふと暫く窓の外を眺めた後、仙道に視線を戻してまさかな、という顔で口を開く。
「…もしかして、恋の悩みか?」
「…まぁ、そんなトコかな…」
珍しく素直に応えた仙道に、ふぅん、と小さく頷くと、晴れやかに笑って明治は一言云った。
「ウジウジ考えてるんだったら、いっそ当たって砕けてみたらどうよ?ラクになるぞ」
………なるほど。
それは考えつかなかった。
パッと真夏の空のように晴れやかな表情になった仙道に、明治は心底ビックリした顔をした。
「さんきゅ~、明治!今度ラーメン奢るよ」
そう云うが早いか、仙道はものすごい勢いで教室を出て行った。
「越野!」
部活であれだけしごかれるのに、どこにそんな体力があるんだというのか。
教室を飛び出した仙道は、グラウンドで友人とサッカーに精を出している、その『恋煩い』の相手を見つけるが早いか、ダッシュでその相手に近づいた。
「…どうした、仙道?」
「オレ、お前の事、好きだ!愛してる!!」
何か憑き物でも落ちたように晴れやかな顔をしてそう告げ、仙道はギュッと越野を抱きしめ、あまつさえその頬にチュッと音を立ててキスをした。
…と共に、予鈴が鳴る音が響き渡る。
「ま、そういうコトだから。考えておいてよ」
屈託のない、巷では『アキラスマイル』と呼ばれる、人のよさそうな笑顔で仙道はそう言うと、ヤバイ、次は体育だったっけ、着替えなきゃ…と鼻歌まじりに呟きながら、スキップとも見れる軽快な足取りでまた校舎へと戻っていった。
後に取り残された越野が、暫くその姿勢で固まっていたが、同じように固まっている友人達に今のが仙道特有の冗談であることを告げる事でその場を何とか取り繕い、この落とし前をどうつけてやろうか、と怒りに身を震わせていたのは、当たり前だが全く仙道は知る由もなかった。
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4月9日。
今日の誕生花は、ポリポジウム。
花言葉は、『軽快』
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