当たり前だけど、それまで何も気にしたことはなかった。



一つ上の、努力家の先輩…ぐらいの認識しか、信長にはなかった。



オンナノコみたいな顔立ちの、そのくせ身長は自分を遥かに凌ぐ位に高いその『先輩』は、毎日500本のシュート練習を欠かさない。



「358…かぁ、あと142本…」



今日の練習場の鍵当番は、信長である。



後片付けは一年生の仕事と相場が決まっているのは、どこの部活動も一緒だ。



全部の部員が帰るまで居残りが確定されるのは、特待生である信長も同じであり、月に1回のその仕事は疲労困憊した身体には中々に重労働である。



それは、この先輩のせいに他ならないのだが…。



途中までは、同じようにシュート練習をしていた信長だったが、今は既に着替えてその先輩のシュートの様子をぼんやりと眺めている。



狂いもない、同じフォーム。



伸ばす腕はゴールリンクに直結しているかのようだ。



シュッ



ボールが腕から離れる音と、パシュッとリンクからボールが吐き出される音、そして時折キュッキュッと床を移動する音だけが響くコート。



規則正しく流れるその音に、いつしか信長は心地よい睡魔に襲われていた…。







「清田、清田…?」



ポンポン、と肩を叩かれ、ハッとする。



「ごめんね、俺のせいで遅くなっちゃって。鍵なら返しておくから、先に帰って良かったのに…」



寝ぼけ眼で声のする方を見上げると、着替え終わって申し訳なさそうな顔で信長を見つめるその先輩 ―神 宗一郎― がいた。



「いや、スンマセンッ!オレの方こそ寝てしまって…」



「あんまり気持ちよさそうに寝てるから、起こすのが忍びなくて…少しでも寝かせておいた方がいいかなって思ったから…」



本当に申し訳ありませんッした、と深々と頭を下げた信長が顔を上げると、神は、あ、そうだ、と呟きながら、バッグを探っていた。



「………?」



「はい、ちょっとだけど待ってくれたお礼」



差し出された大きな手の中には、チョコレートが一つ。



「こんなもんじゃ、足りなかったかな…?」




優しく自分に向かって笑う、その表情に、信長の胸が一つどきり、と高鳴った。







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4月7日。


今日の誕生花は、ライラック。


花言葉は、『愛の芽生え』


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