最初の闘い③ | 夢みるオッサンの北国日記

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夢を与えてくれる子供の応援日記を中心に、自分の趣味や日々思うことを書いています

昨日の弟は、あまり変化はなかったかな。

ドクターの話によると、血中アンモニア濃度は高くなっているとのこと。

尿の量も少ないままだ。

これから何が起こるかと言うと、意識障害。

たぶん、眠る時間が長くなり、問いかけにも反応しなくなるだろう。

荒い呼吸が痛々しい。

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さて。

時は遡り30年前の某大学病院。

医師から急性骨髄性白血病と告げられた弟。

両親が受けた衝撃は相当なものだった。

諦めていた時にできた子であり、もう可愛くて仕方なかったので、毎日涙に暮れていた。

治療が開始されると、ガンの化学療法と同じ副作用が。

加えて、マルクの検査。

主治医はまだ若かったが、人間味あふれる人柄だった。

マルクを処置室で行い、いつも弟をおんぶして病室に戻ってくる。

マルクのたびにね。

ほかのドクターは看護師任せ。

弟も、あの検査は痛かったはずだが、嫌だとゴネることはなかった。

まだ小学3年なのに、本当に我慢強く、頭が下がる思いだったと、付き添っていた母は話していた。

日が経つにつれ、説明があった通り髪の毛は抜け、太りはじめてムーンフェイスと言われる顔に。

文字通りまん丸の顔になった。

それと輸血。

時には血小板の成分輸血。

今でも献血のCMで呼びかけているが、血が足りなくて輸血用血液が届かないという事もあった。

一方で、弟が入院している間に、大きな出来事があった。

それは引っ越し。

前年から話は決まっていたが、分譲マンションを購入していたので、完成後引っ越したのだ。

そのおかげで、自分の通学時間が数倍に増えてしまった。

自分が高校を選んだ理由は「家から近いから」

それ以外の理由は無かった。

何も将来のことは考えていない。

歩けば15分くらい。バス停で3つ。

当時の成績なら、この高校であれば受験勉強はいらなかった。

中学の三者面談は3分で終わった記憶が残っている。

よく親は何も言わずに、適当な自分の選択を認めたものだ。

しかし。

高校在学中に引っ越したことで、進学した動機がなくなってしまった。

こんなことなら、自分の成績に合った高校に進学すべきだったと後悔した。

ま、結果的に、今の仕事に就き、妻とも出会えたので良かったのだが。笑

人生何がどうなるかわからないね。

こうして弟がいない中で引っ越しがあり、弟の部屋は、早く住人の帰りを待っていたのであった。

続く