強度行動障害の支援において、最も重要なのは「行動の背景を理解すること」です。
表に見える「かむ」「叩く」「壊す」といった行動だけを見ていると、どうしても「悪いこと」「直さなければならないこと」と捉えてしまいがちです。
しかし実際には、その行動の背後にあるのは、伝えられない不安・混乱・痛み・こだわりなど、本人の内側にある必死のメッセージです。
今回は、強度行動障害の理解を一歩深めるために、「行動の理由を探る」視点から考えていきましょう。
◆ “困った行動”は、本人にとっての「生きるための方法」
行動には必ず理由があります。
特に強度行動障害のある人たちは、ことばでのコミュニケーションが難しいことが多く、行動を通して「伝える」しかないという現実があります。
たとえば、こんな例を考えてみてください。
- 突然叫び出す → 周囲の音が大きく、耳が痛い
- 物を叩く → 自分のリズムを取り戻したい
- 髪を引っ張る → 強い不安や混乱の中で、自分を落ち着かせようとしている
- 人をかむ → 言葉で伝えられない“イヤだ”の表現
これらはすべて、本人にとっての「生き抜くための反応」なのです。
行動を抑えつけようとするよりも、「なぜこの行動が必要なのか?」を考えることが支援の第一歩になります。
◆ 行動の「きっかけ」を探るABC分析
行動の理解には、行動分析として「ABC分析」という考え方が役立ちます。
これは、行動の前後の出来事を整理して、パターンを見つける方法です。
A(Antecedent)=行動の直前の出来事
B(Behavior)=実際に起きた行動
C(Consequence)=行動の後に起きた結果
たとえば――
| 前後関係 | 出来事の内容 |
|---|---|
| A | 職員が「もう帰るよ」と急に声をかけた |
| B | 子どもが叫んで物を投げた |
| C | 職員が驚いて距離をとった |
この場合、本人にとっては「急な声かけ=不安」「物を投げる=状況を止める手段」となっている可能性があります。
つまり、「行動を起こすことで望む結果を得ている」ことが、行動の維持要因になっていることがあるのです。
支援では、このパターンを読み解き、「不安を感じない伝え方」や「見通しを持てる環境」を整えることで、行動の必要性そのものを減らしていくことを目指します。
◆ 感覚の過敏さ・鈍さが行動を左右する
強度行動障害をもつ人たちの中には、感覚の過敏さや鈍さを抱える方が少なくありません。
たとえば、音・光・肌触り・匂いなどの刺激に対して、私たちとは異なる感じ方をしています。
- 蛍光灯のチカチカした光が痛いように感じる
- 人混みや声の反響が苦しく感じる
- 洋服のタグや素材がチクチクして集中できない
- 逆に、触覚が鈍くて強く叩くことで「感じる」ことができる
これらは外から見えにくいため、行動だけを見ると「意味がわからない」「落ち着きがない」と誤解されやすいのです。
けれど実際には、本人の感覚が過剰に刺激されている、あるいは足りていないことが原因で、行動が生じている場合があります。
支援者がその「感じ方の違い」に気づくだけで、環境調整の方向性が大きく変わります。
◆ 医療的要因にも目を向ける
強度行動障害の背景には、医療的な問題が隠れていることもあります。
便秘、睡眠障害、ホルモンバランスの変化、耳の痛み、歯の違和感など――
言葉で訴えられない痛みや不調が、行動として現れることがあるのです。
「最近落ち着かない」「叩く頻度が増えた」などの変化が見られるときは、まず体調のチェックを行うことが大切です。
医療機関と教育・福祉の現場が連携して、行動の背景にある“身体のSOS”を早めに察知できる仕組みを整える必要があります。
◆ ストレス要因と安心要因を整理する
行動理解を深めるために、次のような整理方法も有効です。
| ストレス要因(苦手・不安) | 安心要因(落ち着く・好き) |
|---|---|
| 大きな音・人の多い場所 | 静かな空間・好きな音楽 |
| 予定変更・急な声かけ | スケジュール提示・見通しのある流れ |
| 体調不良・疲労 | 休息時間・好きな感覚刺激 |
このように整理しておくと、支援の方向性が明確になります。
「落ち着いて過ごせる環境づくり」は、行動支援の基本中の基本です。
◆ 学校・家庭・地域で共有する「行動記録」
行動の背景を理解するうえで、記録の共有はとても大切です。
家庭と学校・事業所の双方が、行動の前後や状況を簡潔にメモすることで、共通の理解が生まれます。
たとえば、「日中落ち着いていたが、夕方から興奮」「給食のにおいで不安が高まった」など、行動の“変化の兆し”を把握するだけでも支援は格段にしやすくなります。
記録は細かく書く必要はありません。
「いつ・どこで・何が起きたか」を、簡潔に共有するだけで十分です。
支援チーム全体で「同じ目線」で理解することが、行動改善の第一歩になります。
◆ 「行動を減らす」ではなく「安心を増やす」
支援の目的は、「行動を止めること」ではありません。
むしろ、本人が落ち着いて安心して生活できる時間や環境を“増やす”ことが最も重要です。
安心が増えれば、困った行動は自然と減っていきます。
それは罰や我慢によってではなく、「理解されている」「受け入れられている」と感じることから始まります。
私たち支援者が心に留めたいのは、次の言葉です。
「行動を変える前に、まず環境を変える」
行動の背景を理解し、本人が安心して過ごせる環境を整えること。
それが、強度行動障害の支援における最も根本的なアプローチなのです。
◆ まとめ
強度行動障害のある人の行動は、「困った行動」ではなく「助けを求める行動」です。
私たちがその理由を理解しようとすることで、本人の生きやすさは確実に変わります。
家庭、学校、医療、福祉が一つのチームとして、「なぜこの行動が必要なのか」を丁寧に探りながら、本人の安心と尊厳を守る支援を続けていくことが大切です。