第2回 きょうだい間のトラブルとその背景


きょうだい間のトラブルは、どの家庭にも少なからず起こるものです。しかし、発達障害や知的障害を持つきょうだいがいる場合、その背景や意味合いは少し異なります。単なる「けんか」や「意地悪」ではなく、感情や役割、生活環境の中で複雑に絡み合った出来事であることが多いのです。本記事では、臨床心理学や家族心理学の研究を踏まえながら、理解と対応のヒントを考えます。


1. なぜきょうだい間のトラブルは起きるのか

発達心理学では、きょうだい間の関係は「家族内の最初の人間関係の練習場」とされます。協力・競争・譲り合い・主張など、社会で必要なスキルの多くを家庭でのやり取りから学びます。しかし、兄弟姉妹が発達のペースや認知特性に大きな差を持っている場合、この学びがスムーズに進みにくくなります。

例えば、発達障害のある子は感情や状況を共有する力(共感性)が未発達であったり、ルールを柔軟に変えることが苦手な場合があります。その結果、きょうだい間で「なぜ分かってくれないの?」という不満や、「どうして自分だけ我慢しないといけないの?」という感情が溜まりやすくなります。


心理学者ダン・ケンデュー(Kendall, 2010)の兄弟葛藤研究では、障害の有無に関わらずきょうだい間の衝突は成長過程の一部であるとしつつも、「相手を意図的に傷つける行為が繰り返される場合、背景に慢性的なストレスや不公平感がある」と指摘しています。


2. 障害のあるきょうだい特有の背景

障害のある子とそのきょうだいとの間には、以下のような特有の力学が生じることがあります。

  • 不公平感:親の時間・注意・資源が障害のある子に集中しやすく、もう一方が疎外感を抱く。
  • 役割の固定化:「優しくするべき兄姉」「守られるべき弟妹」という役割が無意識に押し付けられ、自由な感情表現がしにくくなる。
  • 感情の抑圧:「障害があるから仕方ない」と負の感情を我慢し続け、結果として爆発的なトラブルが起きやすくなる。

国内の家族心理学研究では、きょうだい児はポジティブな適応(面倒見がよくなる、共感性が高まる)を示す一方で、ネガティブな適応(過剰な我慢、怒りの抑圧、反抗的行動)も表れやすいことが報告されています。


3. 研究から見える実態

米国のきょうだい児研究によれば、発達障害のあるきょうだいを持つ子は、同年齢のきょうだい関係と比較して、衝突の頻度は必ずしも多くないが、「衝突の質」が異なるとされています。つまり、表面的には小さな衝突でも、その背後に積もった感情や長期的な役割ストレスが潜んでいることが多いのです。

日本国内の調査(厚生労働省・2020)でも、きょうだい児の3割以上が「自分の気持ちを親に言えない」と回答しており、家庭内コミュニケーションの難しさが浮き彫りになっています。この「言えなさ」が、きょうだい間のトラブルを長引かせたり、爆発的な感情のぶつかり合いを生む要因になっています。


4. 保護者ができる予防と対処

(1) 公平感を意識した関わり

全く同じ対応をすることは不可能ですが、「平等感」を保つ工夫は可能です。例えば、障害のある子への支援が必要な時間を減らすのではなく、きょうだい児と1対1で過ごす時間を意識的に作ることが有効です。「あなたも大切」というメッセージを行動で示すことが、日々の衝突の減少につながります。

(2) 感情を言語化する手助け

臨床心理学の視点では、怒りや嫉妬といった感情は、適切に言語化されることで行動化(手を出す、物を壊すなど)を防ぎやすくなります。「あの時は○○が嫌だったんだね」と親が代弁することで、子どもは自分の感情を理解しやすくなります。

(3) 家庭内ルールの明確化

物の貸し借り、順番、遊び方など、トラブルが起きやすい場面について、事前に家庭内ルールを共有しておきます。発達障害のある子にとっても、ルールが視覚的に明示されていることは安心感につながります。

(4) トラブル後のフォロー

トラブルの直後は感情が高ぶっており、すぐに解決を迫ると逆効果になる場合があります。まずは落ち着ける時間を取り、その後で事実確認と気持ちの共有を行いましょう。双方に「次はどうしたらいいと思う?」と提案を促すことで、自分たちで解決する力を育てられます。


5. まとめ

きょうだい間のトラブルは避けられないものですが、その背景には不公平感、役割の固定化、感情の抑圧など、深い心理的要因が隠れていることがあります。保護者としては、表面的な「けんかの仲裁」にとどまらず、子どもたち一人ひとりの感情や立場に耳を傾ける姿勢が大切です。

研究でも示されている通り、きょうだい児は適応的な成長を遂げる可能性を多く秘めています。そのためにも、安心して感情を表現できる家庭環境づくりが、何よりの予防策であり、将来の人間関係形成の基礎となります。


次回は、きょうだい児のストレスサインを早期にキャッチするための観察ポイントや、家庭と学校が連携して行える支援について解説します。