■イントロ
手紙や電話など従来からある通信手段から、メール、IM、ビデオチャットまで。
私たちは会わなくても相手と会話するための方法をいくつも持ち合わせている。
そのため、相手と会って会話する機会が少なくなった。
「会話」という漢字は「会って話す」と書く。
では「会う」とはどういう意味か。
辞書的意味は、「顔」を合わせる、面と向かう、ということ。
そうすると果たして、顔を合わせていない(または面と向かっていない)状態での 音声、文字情報だけの会話は「会話」と言えるのか。
また、会話についてはこんなことがいわれている。
言葉(文字情報)だけでの会話では、気持ちは相手に7%しか伝わらない。
肉声(電話などによる通話)を含めても、45%程度。
残りの55%の伝達は、顔の表情・アイコンタクトなどを含む身体動作、つまり非言語対話によるものであるとされる。
この結果から分かるように、会話をするにあたって「会う」ということは非常に重要だと分かる。
相手と「会っていない」状態なのに「会話」をしているという状況。
普段あまり意識することのないその状況に対する違和感を感じ、会っていない状態を再確認してもらう。
そのためのツールが" aou* "である。
■概要
1対1の会話を想定しているので、基本的に2人用とする。
椅子と中央につい立てのある机、机の上にはそれぞれ液晶ディスプレイとヘッドフォンが1つずつある。
体験者はヘッドフォンをしてお互いに つい立て越しの席に着いてもらう。
目の前のディスプレイには話し相手の「後姿」が写っている。
それは相手も同様で、お互いに「面と向かっていない」という状態をあからさまに演出する。
人は会話をしている間も動きます。
そこに目を付け、自分の動きを自分の視点に置き換えた画面表示をさせる。
それにより、自分全体が「目」になることで、相手を見る行為にインパクトを与える。
...質問対策・・・「ひごろ相手を見ていないんだから、ディスプレイのなかの相手も見ないんじゃないの?」といわれたらどする?
「ひごろ相手を見ていない」とは、たとえば電話とかチャットとかでは見ていないということ?
それとも直接対話でも相手を見ていないっていうこと?
どっちにしても「ひごろ相手を見ていないから見ない」っていうのは当てはまらないと思う。
むしろ「きっと画面が目の前にあると人は見る」と思っている。
ましてや相手は後姿で対面の緊張感ないとなると、見易さは増すのではないか。
■電話型を取りやめ、集音マイクにした理由
電話も対話のための人工物であることに変わりはないが、長期にわたり幅広く使用されていることから、人工物を介しているという意識が比較的薄いのではないかと考えた。
さらに、対面対話においては、相手の言葉以外にも環境音も充分に会話に作用することから集音マイクを用いることにした。
■おまけ
「aou*」の最後のアスタリスク。
これは面と向かって話すのはちょっと恥ずかしいという照れた気持ちを表している。