~は ご飯です 【~は ごはんです】
それは 絶対違うね【それは ぜったいちがうね】
「サッポロ一番はご飯です」が語源。
何か特定の単語を~に当てはめて使う。
ご飯ではないものが望ましい。
そして直後にそれが間違っている指摘が入る。
指摘に関しては、臨機応変に対応しても良い。
例)「ヘッドフォンはご飯です」「それは絶対違うね」
「お茶と水はご飯です」「それは飲料やろう」
~は ご飯です 【~は ごはんです】
それは 絶対違うね【それは ぜったいちがうね】
「サッポロ一番はご飯です」が語源。
何か特定の単語を~に当てはめて使う。
ご飯ではないものが望ましい。
そして直後にそれが間違っている指摘が入る。
指摘に関しては、臨機応変に対応しても良い。
例)「ヘッドフォンはご飯です」「それは絶対違うね」
「お茶と水はご飯です」「それは飲料やろう」
ビデオチャットも今じゃ珍しくなくなった。
相手の顔を見ながら会話ができるそういうシステム。
相手からの音声情報以外に視覚情報も同時に取得することができる。
しかし、顔が見えていて声も聞こえているというのに、目の前に相手は居ない。
会っている状態に限りなく近い。
近いけど、それは相手とは会っているわけではない。
以下goo辞書より
>(1)ある場所で顔を合わせ、互いに相手を見てそれと認識する。対面する。《会・逢》
>「彼は先輩に―・うため、自宅を訪問した」「五時半にいつもの喫茶店で―・おう」
ある場所。
それがたとえばweb上でもいいのか。
たとえばとあるチャットルームで10時に会う約束をして、会話をしたとして、それは会ったことになるのか。
果たして対面していると言えるのか。
>2)偶然に出会う。出くわす。行きあう。遭遇する。《遭》
>「同級生と駅でばったり―・う」「いやな奴と―・ってしまった」
>(3)(「…にあう」の形で)好ましくない出来事が身に及ぶ。遭遇する。《遭》
>「盗難に―・う」「交通事故に―・う」「ひどい目に―・う」
遭遇。
電話なんて遭遇というよりも、強制的に通信させているという感じがする。
その場合、相手にとっては(3)の意味で、寝ていたのに電話のベルで起こされたなど、好ましくない出来事が身に及んでいると言えば及んでいるが…。
>(4)その場に来合わせる。そこへやって来る。
>「宇津の山に至りて、…修行者―・ひたり/伊勢 9」
これもやっぱり場所。
>(5)相手に向かう。
>(ア)面と向かう。対する。
>「明らけき鏡に―・へば、過ぎにしも今行く末の事も見えけり/大鏡(後一条)」
>(イ)敵に立ち向かう。戦う。あらそう。
>「香具山と耳梨(みみなし)山と―・ひし時/万葉 14」
面と向かう状態。
ビデオチャットは確かに面と向かっているかもしれない。
でもそれは本当に真正面にいるのか。
これだけ挙げても電話やビデオチャットが会っているという状態ではないことは確かである。
そして会うということを突き詰めていくと、それは目が合うというところにまで行き着くと思う。
目が合うことでそれぞれの存在を認識するし、目によって意思疎通をするということもある。
目が合わなきゃはじまらないのだ。
電話なんて、絶対に目が見えるわけがないし、ビデオチャットはカメラを見ることが相手を見るということになるから画面を見ている限り絶対に目が合うということがない。
かと言って、相手を見るためにカメラを見ようとすると、画面が見えない。
そういうところに目をつけて、
ツールを介したコミュニケーションは、コミュニケーションではあるけど「会ってはいないよ」と。
そして実際に会ってするコミュニケーションの重要性を唱えたいな、と。
思ってたんだけど…
ふと疑問に思う。
今回の作品、紆余曲折の末、画面には相手の顔の目より下を表示させておいて、カメラを画面の上に設置し、目の部分はカメラで補完するというような形をとることになっている。そしてしゃべってもらうと。
これで擬似的に目があうようにして、限りなく会っている状態に近づけようってことなんだけど。
しかしよく考えてみると、画面があればどうしてもそっちを見てしまうんじゃないかしらん?
カメラを見つめるという作業は、きっと想像以上におもしろくないはず。
カメラを相手の目と見立てて、相手もカメラを相手の目と見立てると、最終的に画面の存在意義がなくなってしまうんじゃないかと思ってきた。
たとえばスイッチを用意して、片方は相手が目より下しか表示してなくて自分はカメラを見つめている状態とし、もう片方はそのカメラを見ている人がちゃんとこっちを見ているように見えるようにする。
でもそれって目が合っているわけじゃないよね?
思ったんだけど、会っていない状態が分かるようにするには、会ってない状態を強調したほうがいいと思うんだよね。
もしかすると当初案のように後ろからカメラで撮影したほうが矛盾間が誇張されるんじゃないか。
今の状態で、そこから何がわかるのか、以前先輩に言われた「ストレートすぎて面白みが薄い」という部分が解消されているのかどうか、ちょっとわからない。
要は何が言いたいのかと言うと、
何を作ってるのかわからなくなっちゃった(゜∀゜)
ってことでした。
うはー…どうしようかしら…。
何かパンチ力がほしい。
座ったまま横に体をずらして向こう側が見えない長さが前提。
17インチのディスプレイを基準とすると、そのディスプレイと同じぶんだけの長さを左右にとれば大丈夫そうであった。
ディスプレイの横の長さ 約37
同じ分だけ左右にとると 37+37+37=111
よって横幅は111cmでいかがでしょうか。
17歳男女の平均身長
男 170.8 cm
女 158.1 cm
(ものしり雑学より http://www.avis.ne.jp/~ammonite/zatsugaku.htm
)
日本人の平均座高
身長170 座高90.8 差80
身長160 座高85 差75
床から画面100 画面中央が床から約115くらい
イス 床から40~60くらいの高さ
座ると見えなくて立つと相手が見える高さ
160の人 140くらい?
170の人 150くらい?
150だと160の人が見えないので140に設定
ただし160以下の人が見えないので少し下げて135くらいが適正?
しかしそこで170の人が50のイスに座ると、座高含めて130に。
40に下げてもらうしかないが、非常に座りにくいのではないか。
大は小を兼ねるということで160以下の人には背伸びをしてもらうとして、そうなるとやはり適正は140か?
よって、高さ140cmはいかがでしょうか。
「会う」
二つ以上が寄り集まり、相手を認める。
①互いに顔を見て相手を認識する。顔を合せる。対面する。
②進んでいったら向こうから来て、互いに顔を見る。偶然出くわす。出会う。行きかう。
(広辞苑第五版より一部を抜粋)
http://bb-wave.biglobe.ne.jp/pro/success/communication/06.html
人との繋がりは、「Give&Take」ではなく、「Give&Give&Given」
http://www.eciffo.jp/jp/issue/46/eciffo46.html
情報通信技術の進化、ワークライフの多様化、そして、知識社会への移行…。錯綜するさまざまな要因によって、働く人々の分散化と移動性が高まる一方で、直接会うことの重要性も高まっているようだ。
http://blog.so-net.ne.jp/la3751/2005-09-23
ネット時代だからこそ、リアルな人間関係が重要。
遅くなりました。
今月18日の発表した中間発表での作品概要を記したいと思います。
現在、プランは変わりつつありますが、今後のためにもこういうものを残しておこうと思います。
【05.10.18 卒業制作 中間発表】・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
タイトル : 未定
■情報の伝達方法を模索してもらうためのツールです。
パスワードのかかったコンピュータが2台あります。
その画面には、自分側のパスワード入力を促す画面と、相手のパスワードが表示されています。
利用者はパスワードを解除しなければなりませんが、その2台のコンピュータは離れた場所にあり、通信方法は受話器による会話のみという状況にあるのです。
しかし、その受話器は通信の調子が悪く、それはどうやら時間が経つごとに悪化していくようです。
この情報伝達が不完全な状態で、コンピュータの利用者はその受話器でお互いにパスワードを教えあう方法を模索することになります。
■「情報伝達を模索するという共同作業」をしてもらいます。
人は相手に何かを伝えなければならない時があります。
その伝達手段が限られている場合、不完全なものであってもどうにかそれを利用して伝えようとお互い模索します。
「情報を伝達したいけどできない」という感情を共有した状況下で、その情報の伝達手段を模索しながら共同作業をしていきます。
■制作ポイント
MAX/MSPでの音声処理
outdp~,packetbuild~,packetparse~オブジェクトを用いたLAN接続での音声通信
サンワサプライUSB HandPhoneを使用
■問題点
・その1
受話器を使用してもらうためのきっかけとして用いた「パスワード伝達」。
自分達としては、宝箱の鍵を開けるのと、同じ感覚として導入した。
だが、これでは受話器を使用してもらうための手段としては強制力が弱く、また、そのパスワード解除に楽しみを見出すのは無理があるのではないか、という意見を頂く。
いくらPC同士を離れた場所に設置しても、展示会場で空間的につながっていることが分かれば、それは全く強制力がない。
もっと利用者をリアルに追い込むようなもので強制力をつけなければならないのではないかということ。
たとえば、利用者をボックスに閉じ込めてしまい、そこから脱出するための鍵の番号を教えあうという方法をとるなど。
しかし、あくまで利用してもらうきっかけでしかないアクティビティ側に強制力を求めて追い込んでしまうと、本来の目的である受話器を使用したコミュニケーション側のインパクトが薄れてしまう恐れがある。
バランス配分が重要になってくる。
・その2
突き詰めていくと、コンピュータである必要がなくなる。
まず、パスワード方式をたとえば上記の「閉じ込められたときの鍵の解除ナンバー方式」に変える。
そうするとパスワードを入力させるためのコンピュータが不要となる。
次に電話。
今回の自分達の作品では、ある程度つながりにくくても、パターンを用意してある。
だから分かってくるとだんだん通話もしやすくなる。
しかし、単純に「つながりにくい電話」「障害のある電話」と考えると、アナログ回線を用意して通話させるだけでもいいし、最終的には糸電話で通信してもいい、ということになる。
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以上です。
なんだかややこしいですが、現在はもっとシンプルに考えなおしております。
またまとまり次第アップしようと思います。
直接卒制に関わるものではないかもしれませんが、思いついたのでアップしておきます。
【freq:+tel:phone】
動きの大きさが声の伝わる声の大きさに比例。
電話は片手がふさがってるからなかなかむずかしい。
でも、大声は小さく聞こえるから、小声で喋らないといけない。
身振りが大きいと自然も声も大きくなるのでなかなか難しい。
目の前の画面には相手の動きが見えている。
ただ両腕を広げて固定しているだけでは大きくは伝わり続けない。
常に体の移動量を測定して、例えば水だと波打ってる状態なときにしか音声を伝えない。
不条理にしても、焼肉チャットは肉というご褒美がある。
→相手の動きがおもしろいっていうのはご褒美にはならないか?