私の世界は、誰かの真似でもなく、他にモデルもなく、感度と手探りで作った創作物。

私が何を感じたか、頭を整理するために文章を書いてきた。

自分が感じていることを見てもらうという行為は、

芝居と同じで、お客さんがいるのは知っているが、正面から向きあうわけではない。


だからこのブログをそういうものとして

再復活させていくために

ブログのタイトルを久しぶりに変えました。

またそういうわけでコメントは返信出来ないので、受付ないことにしました。


いつかこのようなタイトルで本にまとめたいと思っている。


私は自分の感覚を試しながら、ずっと生きている。

嫌な気持ちや、嬉しい気持ちを感じ損ねないよう

自分の気持ちを確認しながら生きている。


そうする事で、掴むべきものを掴み、離すべきものを遠ざけ、心身が乱れないよう工夫している。


そのことが、教室の質を高め、人を引き寄せ、

自分の人生という作品を有意義にしていくと考えている。


誰とでも仲良くせず、好き嫌いと客観視を両立させ

自分の価値観を固めてきた。


人の評価を聞かないようにし、嫌な気持ちになるものは、ニュースでも映画でもなるべく見ないようにし

自分を守ってきた。


無闇に人に懐かないようにし、人にも自由を与えて

自分も自由にさせてもらえるようにしている。


また時間を大切にし、手で作れるもの、直せるものはできるだけ作り、

価値がわかる目と感覚を持つように、普通の基準と高い基準を両方味わうように生きている


自分が納得していることが大事


そんなふうに生きていると思う


それが、中心になる生活を気に入っている


そのため手放すものは多いと思う

いつも最善と思うことを出来る限りやってきたから

後悔はあまりない


かと言って、楽観的な考え方ではないので

いつも悩みが尽きない


可哀想と言えば可哀想な人。

そんなワタシの味方は、私と、わたしの仲間たちだろう。

恩にきります。



みにくい あひるのこは、白鳥になぜなれたと思う?

私は、飛べたからだと思うよ。

これが自分の道なんだなぁと

わかるようになった


思ってたエンディングとはちょっと違う気もするけど、

こんな未来だったんだなぁ


と思ったら、穏やかな気持ちで、面白く過ごしてます。

ここからの人生は、番外編とか、特別版とかと思って

過ごすかなあ。

私は、昔、若い時の方が

人のこと気にしなかったし、気にならなかった。

私の信じた自分に向かって走っていた。


ところが、ある時から目標も夢も叶えてしまったかのようで、何もイメージ出来なくなった。

ただ、歩ける道を歩いてみた。ここはどこだろうかもわからない時もあった。


けど、それが私の作った道だった。

前人未到の道だった。

誰にも似てない、面白い道だった。

私だけが、どんな道だったかを知っている。



天城越え〜ならぬ、あなたと越えたいのではなく、

ひとりで越えたい山。

それは、テリトリーを拡げるということでしょうか。


そこをもうちょっと拡げないと、理想の未来はやってこないだろうと思いまして


自分の受け止める枠を、ちょっと拡げてみてます。

好きと苦手の間のゾーンを拡げてみると


いろいろ、トラブルとして眼前に現れます。

テストですね。

それをいくつか、ギリクリア…したのでしょう。


ふうー。いろいろ大変でしたが、

新しい扉が開いたような感じがします。


という感じで。


いろいろなトラブルよ、私を成長させてくれてありがとう。


歳を重ねてからの、成長って、ほんとに痛みも伴って大変ですが

おんなじこと、やってても面白くないから

挑戦しちゃうよねー


最近思うこと

相対的な判断なんて、したことないのに

最近するようになって、すごく苦しかった。

これやめた方がいいなと思って

行動心理学など勉強したら、

理由がわかって、

ホントにやめなきゃと思って

まずはSNSをなるべく見ないようにした。


そしたら、とっても平和!

文章書くのは、頭をまとめるのにとってもいいから

ブログや、テキストは書くけどね。


おやすみ