そいつは、移民する為に乗船してる訳でなく黒い大陸へ

行く目的を自分の精神の中に持っている男だった。

男を幼少期に育てた祖父が英語教師だったとかで毎日

決まった時間に必ず英語の授業が自主的に始められた。

ABCも書けぬ船中の移民者にとっては、ありがたいと同時

その男同様格好の時間潰しでも有った。

自分からも他人からも与えられた目的など無い

移民船で俺の毎日は、海と空しか目に入らない

空虚な毎日でしかなかった。

ほぼ全員がまだ見ぬ大陸への不安と少しの

希望の中、ただ一人だけ船内でそいつ自身だけが

面白い時間の潰し方をしている男が居た。

1960年、俺は自分の意思と全く関係無く

アルゼンティナ丸という移民船に

横浜から乗船し未だ地図でしか見た事の無い

アメリカへ向かっていた。