金曜日は初めて剖検に参加した。
革靴に履き替えた。
革靴なんて小学校以来だ。
タイル張りの床と銀色に輝いている解剖台。
解剖台の端と端には木製の枕と流し台がついていた。
「ホルマリン」とだけマジックで書かれた怪しげなバケツが壁の方側に積まれていて
医師や看護師たちがメスなどの器具を並べている。
「やばい…。本当に解剖するんだ、ここで。」と思った。
すぐ横に冷蔵庫があった。
ご遺体が出てきた。
62歳のおじいさんだった。 昨日C型肝炎でなくなられた方。
皮膚はマネキンのような人工色になっていた。
昨日まで同じ生きている人間だったとはどうしても思えなかった。
開胸。
肋骨は12対肉でつながっていた。ま、当然といえば当然だ。
肋骨を12対つながったまま外す。
臓器が見える。
人体模型のようだ。
先ほどの緊張感や恐怖感はすっかりなくなっていた。
自分が驚くほどに淡々としている。
死体を目の前にしているのだが、それらは臓器、骨、脂肪、血管などでしか思えなく、人間とは思えなかった。
目の前の蝋人形のような開胸された、無抵抗のおじいさんの一生はどんな物だったのかと想像してみた。
少し感傷的になった。
余計なことは考えないことにした。
臓器を全部とりだすと、皆その抜け殻のような人間から、取り出された臓器へと集中が変わった。
取り出された臓器のほうが研究価値があるのだ。
私は空になった胸腔と取り出された臓器を見比べてみた。
臓器をこの中に嵌め込めば、おじいちゃんは生き返るかもしれないと思った。
妙な気分だった。
四肢の血を抜く。
四肢を絞るようにすると、切られた動脈血管らしい太い管から空胸へ、ぽたぽたと血が流れ出た。
出た血はスポンジで、流し台へ移され流される。
取り出した臓器はトマトみたいに輪切りにされた。
胆嚢の嚢汁はビンに絞られた。
嚢汁は確かに緑だった。
やけにいきいきとしたミドリだった。
臓器はもう戻されることはない。
だからご遺体には新聞を詰めた。朝日新聞だった。
閉胸。 抜糸をすることのない黒い糸だった。
こうしておじいさんは元通りに戻った。
首から腹部あたりまでの、黒く長い縫い跡だけが残された。
一瞬にして終わったかのように短く感じられた 初めての剖検は、あまり印象に残らないような気がした。
多分多くの医学生もこのように思っているのだと思いたい。
私はおじいさんに黙祷をした。
「お疲れ様でした」と心のなかで呟いた。
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一年目から任されるなんて~


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