そこには後ろ向きにあるくおじさんがいた。曲がり角を過ぎればいなくなっていたが、確かにいたのだ。
それに存在感のある木もあった、あたかもその木のために他の木々があるかのような気がしてくるような木だった。
僕は夜にだけは人目を気にせすに子供になれた、歩道の手すりを乗り越えたり、登ったりして遊んだ。家の塀を登ろうとしてみたり、大きくジャンプして壁を蹴ってまた大きく飛んだ、歌を歌いながら、街灯の光の行く末を辿って自分の影の数を数えたり、夜には自由があって僕は心を躍らせていた。
僕は自分が病気だということも忘れていた。いろんなものを触って、僕より清潔なそれらに申し訳ないとも思っていた。
すると、後ろ歩きのおじいさんを再び見つけた。僕はその後をつける。
しかし、大きな坂を登りきったあとで、またいなくなってしまった。
そこには鈴をつけた猫が佇んでいるだけだ。飼い猫なのだろう、知らない人には懐く気配はなかった。
その猫に近づけることはなかった。同時にその猫の生き方を見せつけられたようだった。
ゆっくり呼吸をしながら、耳の形に沿って手を当ててみる。
普段より大きな音が聞こえている。僕はその音の出処を探って遊んでいた。出処のわからない音には少し恐怖を感じることもあった。優しい音はほとんどなく、人工物のせいで鳴っている音が大半であった。信号機の赤は世界を赤くしていたし、複数の街灯はやはり僕の影を3つまで増やしていた。その影はそれぞれ薄く、僕の動きを真似して動いていた。
僕はシャドーボクシングのような動きをしてみたり、足を上げてみたり、影を味方につけたような気分になった。
呼吸がさっきより荒くなって、息の白は深みを増す。
僕は後ろ向きに歩くおじさんに倣って、後ろ歩きで家に向かっている。
それは進んでいるのか、戻っているのかわからない。ましてや慣れていないからなのか、気分も悪くなってきた。ただ毎日通る道の景色はいつもと違う揺れ方で、角度で、視野で見ることができた。