サボテンの水やりサボってん。

 

 私が最後にサボテンの水やりをしたのは

いつのことだったろう?

覚えていないw

 

 かなりの時間、外の花壇に、ほっぽりだしたままだ。

 もはや野生のサボテンになってしまったw

 almost wild cactus であるw

 

 いつからか、そのサボテンから、のこのこのこのこ、と、サボテンJr. が生えてくるようになった。

 

そして、ある日

 

 私は、ちょっとした好奇心から、スコップを手に取って、そのサボテンJr. の付け根をほじってみたw

 

ぽろん…

ころころ…

落ちたw

Jr. (※複数)が落ちたw

 

 私は若干の気持ちよさと、また若干の満足を感じながら、花壇を後にした。

 

 

また、ある日

 

おや?

 

 

 

サボテンJr. が生えている。

 

お前は、あの時ほじったJr. ではないか。

 

 

おや?おやおや?

 

 

 

Jr. から、またJr. が生えている。

おや?Jr. は親になったようだw

 

 

 サボテンからのこのこ生えているものを「子株」と呼ぶらしい。

 私が以前、スコップでほじったものが「子株」。

 その「子株」から生えている「子株」は、子の子だから、「孫株」かなw

 この子どこの子、のこのこ、この子wという感じ。

 

 

 サボテンの世代交代は、早いですわ。

 

 それにひきかえ、私は……。

 まあ、ぼちぼち行きましょう。

 

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「あーーーつーーいー!🔥」

 

今年の夏も「とってもア・ツ・い!!🔥」

 

 暑い!🌞熱い!🍜厚い!📚(←「厚い」は、ちがうかw)

 

 外に出るだけで命の危険を感じる暑さ。

まさに「炎天下」🔥

……なのだけど、なぜかその炎天下を歩きたくなった。

 

 家の近所の神社に向かって、のこのこ🦌歩いていると……

 

「おや?」

 

 

 カマキリくん(さん?)も、炎天下の道路を歩いていた。

「暑い中、ご苦労さん」と挨拶をして、すれ違おうとした、そのとき。

「ぶ~~~ん」🚗

 

 後ろから車が近づいてきた。

「危ないよ」と声をかけたけれど。暑さのせいか、カマキリくんはぼーっとしていた。

 幸い、車はカマキリくんを轢くことなく、通り過ぎていった。

 心配になって、「ここは道路だから、早く横切って茂みに隠れなさいよ」と声をかけながら、首の辺りをつかもうとした。

 けれど、カマキリくんは私に触られたくないので、威嚇態勢。

 

 私は少し考えて、カマキリくんに触らず、そのまま別れることにした。

「車来ても知らんけど、気をつけなさいよ」と声をかけて。

 

 そして、帰りに同じ道を通ると、出会ってしまった。

おなかの辺りがペタンコにつぶれてしまったカマキリくんに。

 

「あぁ……」

 

 去年の6月、家を出て駅に向かっているとき、道路の真ん中にたたずむスズメのヒナを見つけたことがあった。

 

 

 やはり車が通る場所だったので、そのときの私も「危ないよ」とスズメちゃんに声をかけた。

 親鳥を探したけれど、見つからない。

そこで、近くの木に移動させようと考えた。

 

 

 だけど、やっぱり言葉が通じないので、スズメちゃんには私の考えが伝わらない。

 思うように移動させることができないまま、時間だけが過ぎていく。

電車の出発時刻も迫っていたので、道路の真ん中で一人、いや、一羽と一緒に途方に暮れていた。

 

 

 すると、近くの八百屋さんからオバチャンが出てきて、「何してるの?」と声をかけてくれた。

 

「スズメのヒナがいるんです」

「…あら、ほんまやね」

「ここは車もバイクも通るから。移動させたいけど、なかなかできなくて」

「……分かった。オバチャンが移動させとく。あなたはこれからお勤めでしょう?後は任せて」

「…!ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

 というわけで、私は駅に走って、無事に予定の電車に乗ることができた。

 後日、オバチャンに話を聞くと、「近くの木に移動させた。カラスが心配やけど」とのことだった。

 

 

 カマキリも、スズメのヒナも、野生の生き物だ。

「にんげんが野生の生き物の命に介入することは、よくないのではないか?」

という気持ちと、

「自然の世界に道路を作って、車を走らせているのはにんげんだ。にんげんが作って走らせている車が、野生の生き物の命を奪うことのほうが、よくないのではないか?」

という気持ちとの間で、私は揺れるのだった。

 

 カマキリも、スズメも、にんげんも、同じ地球の生き物だ。

にんげんは自分達が作った文明の世界の中で、毎日必死に(?)夢中で(?)生きているから、自然の世界を忘れてしまうことがある。

 気温も、水も、食べ物も、移動も、すべて自分の思い通りになる……文明がもたらした、そんな錯覚。

文明は、にんげんに多くの快適さと便利さをもたらした。

 しかし、その文明も、野生の生き物達がたくさん棲む自然の世界の上に成り立っている。

にんげんも自然の世界に生きているのだから、すべてが思い通りになるはずがない。

このことは、災害が発生したときに痛感させられる。

 また、にんげんは、言葉を使って、コミュニケーションをとったり、頭の中でいろんなことを考える。

 言葉も文明も、本当に便利だ。

しかしその便利さに夢中になって、何か大切なことを忘れてしまっている。そんな感覚も確かにある。

 便利だからこそ、たまに立ち止まって、言葉や文明の暴力的な側面や危険性について考える時間も必要ではないか。

 

 私は散歩が好きだ。

 散歩をしながら、こんなことを考える時間が好きだ。

 

 文明の世界を生きるにんげんとして、車や電車に乗って、すばやく遠くまで移動する時間も好きだけど。

 自然の世界を生きるにんげんとして、自分の足で、ゆっくり歩く時間はもっと大好きだ。

 

「チョコミント♪

よりも

あ・な・た♪」

 

 コンビニのアイスコーナーで、品定め、ではなく、涼んでいたら、女子高生の声が聞こえてきた。

最近流行している曲の歌詞である。

 改めてアイスコーナーを見てみると、確かにチョコミント味のアイスがたくさんある。

 

 「チョコミントって可愛いけど、歯磨き粉みたいで苦手~」

 「えっ…私はチョコミントがいちばん好き」

 「私、チョコミントは食べたことないわ。『いちばん好き』って、そんなに美味しいのん?」

 

 学生の頃に大学生協で友人たちと交わした会話が、ふと頭の中に流れた。

当時の私は、この会話の直後にそのままチョコミント味のアイスを買って食べた。

それが、私とチョコミントとの初対面だった。

初対面の印象は、「歯磨き粉みたいだけど、口の中がスースーして、爽快な冷たさが広がっていく」という感じで、悪くはなかった。

 「悪くはなかった」けれど、それ以来、チョコミントとはまったく縁がなかった。

 

 女子高生の声と学生の頃の思い出に、ほのかな郷愁とかすかな哀愁を感じながら、チョコミントアイスを買って帰った。

 10年ぶりに再会したチョコミント(君はあのときの彼とは別ミントだけど)は、目が覚めるほど鮮やかな水色をしていた。

もし人間だったら心配になるくらいの水色だ。

でも人間じゃないので、遠慮なく、一口ぱくり。

 

 「あれれ、こんな味だったっけ」

 

 確かにスースーするけど、歯磨き粉の感じがあまりしない。

歯磨き粉のようなミントの香りが、あんまりしないのだ。

 カンニングするような、あるいは、のぞき見するような(※)罪悪感と緊張感と共に、原材料を確認した。

(※あくまでイメージです。カンニングも、のぞき見もしたことないです。信じてください)

 

なんということでしょう。

 

 原材料には、「ミント」がない。

 代わりにあるのは、「香料」だった。

 そして水色は、「着色料(クチナシ、紅花黄)」の色だった。

 

 「お~い。『チョコミント』やのに、『ミント』は入ってないんか~い」

って、ちょっと思った。

 「お~い。私と『チョコミント』との再会を台無しにするんか~い」

なんて、ちょっと偉そうな言葉も浮かんだ。

 だけど。

だけど、である。

 10年前の「チョコミント」には、「ミント」が入っていたのだろうか?

 もし、10年前の「チョコミント」に「ミント」が入っていたとして、私は「ミント」と香料のちがいに気づくことができるだろうか?

 つまり、私は、原材料を見んと(※)、本物の「ミント」と香料を判別することができるだろうか。

(※さわやかミントダジャレw暑中お見舞い申し上げます)

 

 香料や着色料よりも、自分の感覚のほうが疑わしく思えてきた。

そもそも私は、香料や着色料のない、生の「ミント」をどのくらい知っているか。ほとんど知らない。

ペパーミントティーを飲んだことが、8回くらいあるだけ。

私と「ミント」はその程度の関係である。

 私は「ミント」を知らないのに、香料や着色料に対して「おい、『ミント』じゃないやん」と批判することができるのか。

「ミント」になりきっている香料や着色料のほうが、私よりもよっぽど「ミント」を知っているのに。

 

 何が本当で、何がウソか。

 どこまでが本当で、どこからがウソか。

 そんなこと、だれに分かるのだろうか。

 

 そもそも、「本当」って何なのか。「ウソ」って何なのか。

 

 感覚というものはいい加減で、見たいように見えるし、聞きたいように聞こえる。もしかしたら、匂いたいようにも匂えるかも。

 

 みんな自分の中に、香料や着色料をもっている。

 ときに意識して、また、ときに無意識に、自分の感覚に合う香りや色をつけている。

 だから、同じものを見ても、うれしかったり、かなしかったり……感じ方は人それぞれ、またそのときそのときによって変わる。

 

 そんなことを考えていたら、すっかりアイスが溶けてしまった。

 

 10年ぶりに再会した(「ミント」の入っていない)チョコミントアイスは、やっぱり悪くはなかった。

 

なつかしい恋 夏らしい恋

誰かが言った

浴衣を着ると 3割増しで可愛く見えるって

誰かが言った

学びは学校の外にある 授業サボってデートしろって

授業サボって 浴衣着て

電車に飛び乗り 夏祭り

誰かの説を証明できず 夏終わり

 

満開の春 やがて散る春

印象的に感じた出会いも

何気ないようで 特別に思われた時間も

すべては散る瞬間のために あったのだ

諸行無常の彩りのために あったのだ

出会いは 別れの始まりだ

散る瞬間は わずか一閃光

その瞬間へ 刹那を生きる

輪廻転生 迷いながら繰り返す

 

恋は終わるよ 必ず終わる

どんな傷だって 癒えるときが必ず来るよ

解脱の その先を見てみたい

 

恋の罰金 "fine"

恋の終わり "fine"

清算して終わる 恋の"fine. "

 

大丈夫

"fine. "っていえるときが必ず来るよ