この春から、ひょんなことで
短大時代の友人に、お饅頭代だけで
茶の湯を習っております。
盆略点前を経て、柄杓を扱う平手前まで
おぼつかないなりにやってきました。
ただし、頭で考えなくてもさっと手が動くのは、
未だに茶巾と袱紗の扱いぐらいのものですが…
いつも仕事の合間を縫って、1時間か1時間半で
帰ってくるので、たいしておしゃべりもできないんだけど
先日は、彼女の「身体の調子、何ともない?」
の一言で、お互いお昼も食べずに3時近くまで
おしゃべりしまくってしまった。
お互いそろそろ更年期ですからねー。
つもる話はてんこ盛りな訳でして。
あんなにたくさん二人でしゃべったのは
短大卒業以来かもしれないなー。
その中で、お茶についても彼女と語り合ったんだけど
私がちょっと心配なのは、
そのうち、日本人がフランス人やアメリカ人に
茶道をならう日が来るんじゃないかということ。
これ、冗談じゃなくて、今の相撲や柔道を見てると
いつかそうなると思えちゃうのよね。
外国人で、日本文化を習おうという人たちは
日本で言うところの「オタク」。
その情熱はハンパないわけですよ。
実際、それに駆られてアメリカにも支部が置かれているぐらいで…
それに対する日本人は、
親がやれっていうからー、とか、
私みたいに、一応やってみたいかなーぐらいのヌルさ加減。
敵うわけないのよね。あっちの情熱に。
こういう状況の原因の一端は
日本文化のお稽古事は
イジョーーな程にカネが掛かる
ってことにあるのよね。
日本舞踊なんて、本当に素晴らしい文化なんだけど
それに掛かるお金たるや、もう横綱級だもん。
平民はせいぜい盆おどりぐらいしかできなくなるって寸法さ。
廃れるべくして廃れてるよね。
このご時世に、そんな大旦那様が大勢いる訳もなく。
自分がやってる三味線にしてもそう。
ギター教室でさ、全員揃いの服着て、発表会なんて
聞いたことないでしょ。
だから、金のない私なんかは、ネット上で
センセイを募って、流しの三味線弾きを目指してるのよね。
お茶もお花も、国際社会になればなるほど
自国の文化を紹介するためのアイテムとしての役割を果たしてくれると
思うんだけど、そんなことより、まず家庭の中にもっと自然に浸透してほしいな。
せめて、「お饅頭買ってきたけど、お茶にする? お抹茶入れる?」
ぐらいの会話はフツーにあってほしいと思ったりする。
あんなもの、うちの母(一応免状持ち)に言わせれば
昔の日本人のインスタントコーヒーなんだから、
ちゃちゃっと点てて、器物を大切に扱うことだけ子供に教えれば
普段から楽しめるのよね。
保管は冷蔵庫か、冷凍庫ですれば、
いつも綺麗な抹茶色でいただけるよ。
カテキンもビタミンCもたっぷりのお抹茶、
カフェオレボールで シル ブ プレ?