日本人が知っておくべき(某番組のパクリ)世界3大キャプテン:サッカー篇。 | ドカバカ日記。

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バイク好き中年ライダーの好き勝手な言行録です。
基本はバイク中心です。
文中は敬称略にて。
批判的な文章もありますので、
あらかじめご容赦を。

まず皆さんに申し上げたいのは、
サッカーにおけるキャプテンは、
ゲームが始まってしまえば監督と同等の
ポジションにあるということ。

そのため、
必ずピッチ上でプレーしている選手が務めなければ
いけません。

ラグビーほどではありませんが、
ゲームが始まれば監督は選手交代と、怒鳴ることしか
できないのです。

そこで、
超私的に、サッカーにおける、日本人が知っておくべき
世界3大キャプテンを選んでみました。
※僕が自分の目で観た選手からしか選んでいません。

まず第3位は、
「柱谷 哲二」。

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日本にサッカーブームが到来した際の
日本代表を支えたキャプテンです。

当時の代表には、キングカズ、ラモス、武田、中山、都並、松永と
超個性派ぞろい。

おまけに監督には初の外国人ハンス・オフト。

これだけの名前を並べただけで、
普通の人なら「こんなチームまとめるの無理っす」と
さじを投げてしまうところです。

しかし、柱谷は「闘将」としてピッチ上で檄を飛ばし、
鼓舞し続けたのであります。

あんな日本代表は2度とできないし、
またあのチームをW杯まであと一歩というところまで
崩壊することなくまとめあげられたのは柱谷だったからこそと
考えるのです。

そして第2位は、
「カルロス・カエタノ・ブレドルン・ヴェーリー」。
え、誰か知らない?

通称で呼びましょう「ドゥンガ」です。

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「ドゥンガ」は愛称で「鬼軍曹」の意味ですが、
まさにその名にふさわしく、闘志を隠すことなく前面に出し、
当時のブラジル代表はもちろんのこと、
ジュビロ磐田でもいかんなくその強烈なキャプテンシーを
発揮しました。

当時のブラジルには、
ロマーリオ、カフー、ロベルト・カルロスなどのスーパースターがいたが、
そんなことはおかまいなし。

ミスしたり、ちょっとでも気合の抜けたプレーをしようものなら、
烈火のごとく怒鳴り散らし、時には監督にまで喰ってかかるなど、
まさに「闘志」がユニフォームを着てプレーしているかのようでした。

こういうタイプのキャプテンはドゥンガが最後となってしまったのは
残念ですが、だからこそサッカー史に残るキャプテンに
ふさわしいと思うのです。

そして、僕が私的に思う世界最高のキャプテンは、
「ディディエ・デシャン」です。

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まず私が訴えたいのは、
フランスというのは「超個人主義」の国であるということ。

ましてやフランス代表ともなれば、
まず「チームより個」を重んじる選手ばかりの集合体なのです。

そのために、選手同士のいがみあい、選手と監督の軋轢など
いつも問題を抱えていたのです。

なおかつ、当時のフランス代表は、
日本と同じくアメリカW杯を直前に逃しており、
次の地元フランス大会までいかにしてチームを
立て直すかを求められていたのです。

そんな時にキャプテンとなったのがデシャン。

アンリ、ジダン、マケレレらを見事にまとめあげ、
地元開催で念願のW杯制覇、2年後のユーロでも優勝し、
欧州で初の「ダブルウィン」を達成したのです。

デシャンの凄かったところは「マラソンマン」と呼ばれた
疲れ知らずの運動量と、基本攻撃陣は守備をしない時期に
その綻びを抑えた献身的なプレー。

それはもうすでにキャプテンの域を超え、
ピッチ内の監督としてチームをコントロールしていたのです。

だからこそフランス代表の黄金期を作れたと言っても
過言ではありません。

僕がこれまでの人生で観てきた選手の中で、
まさに最高のキャプテンです。

その証拠に、
これら3人の中でも、監督としてその才能を発揮しているのは
デシャンだけといってもいいでしょう。

ドゥンガもセレソンを率いましたが、
ロナウジーニョ、カカ、ロビーニョなどタレントは揃っていましたが
目立つ戦績は残せませんでした。

しかし、デシャンは違います。

弱小チームのASモナコをチャンピオンズリーグ準優勝に
導いたかと思えば、不正で2部に転落したユベントスを
1年で1部に復帰もさせました。

そして昨年、

ドカバカ日記。
ついにフランス代表監督に就任。

現在欧州予選でグループ2位。
1位のスペインに勝ち点1差です。

残念ながらスペインとの直接対決には1分1敗という結果に
なりましたが、非常にコンパクトで早いチームに期待大です。

できることなら、彼が率いるフランス代表を
ブラジル大会で観てみたいですね。