《登場人物》
佐久川忠済(さくがわ ただなり)・・・南町奉行所・御奉行。※表記:佐久川
およし・・・忠済の妻。
忠次(ただつぐ)・・・忠済とおよしの長男。
おさき・・・忠済とおよしの長女。
永倉平次(ながくら へいじ)・・・浪人。※表記:永倉
榊(さかき)・・・与力頭。
藪目の砂八(すなはち)・・・盗賊頭。※表記:砂八
弥兵衛(やへい)・・・捕えられた盗賊の藪目の砂八の一味。
同心
居酒屋の爺
侍女
女中

ナレーション・・・※(N)表記。

※手紙のシーンがあるので、読んでいただく時は[MONO]表記。





(N)「その年、江戸南町奉行所、佐久川忠済は、幕府の命により甲州街道は関野(せきの)、現在の神奈川県相模原市へと向かっていた。当時、甲斐(かい)、信濃(しなの)の二州に渡って勢力を伸ばしていた兇賊(きょうぞく)“狐目の五郎右衛門(ごろうえもん)”の捕縛(ほばく)がその目的だったが・・・」

忠済「南町奉行所、佐久川忠済である!!神妙に致せ!!然もなくば容赦なく叩き斬る!!」

(N)「強豪を以(もっ)て成る五郎右衛門とその一味も、南町奉行所には抗(こう)すべき術も無く、一味十八名は盡(ことごとく)縄についた」

(N)「事件は、佐久川忠済留守中の江戸に起こった」




(間)




ーーー神社・参道ーーー

およし「本当に忠次には手を焼いています。あれが佐久川の家の跡取りかと思うと、情けないやら心細いやら・・・。元服も終わって3年も経つというに、遊び呆けてばかりで心配でなりません」

侍女「でもお若い頃の忠済様にそっくりだとか」

およし「それを皆が言うから、あの子が増々付け上がるのです。・・・忠済様のお若い頃はもっと、きりりとして落ち着きがありました。今の忠次とは比べようもありませぬ」

侍女「あら!それはお惚気でございますか?」

およし「せめて忠済様のお留守中くらい、お惚気を言わせてもらいます」

侍女「まあ!およし様ったら!」

2人「うふふふふふ」

(間)

侍女「・・・・・・?」

およし「ん?どうしました?」

侍女「永倉・・・平次様・・・?」

およし「えっ・・・」

侍女「ほら・・・以前、本所の隣の家にいた」

およし「・・・いいえ、人違いです・・・」

侍女「でも」

およし「口が過ぎますよ!」

侍女「申し訳ありません・・・」

およし「あの男は江戸お構えの身です・・・この様な場所に居るはずがありません。さあ・・・参りましょう」





(間)




ーーー本所・役宅ーーー

同心「奥方様、失礼仕ります」

およし「はい」

同心「御手紙が参りました」

およし「・・・手紙?郷(さと)からですか?」

同心「いえ、見慣れぬ使いの者で・・・」

およし「使いの者は?」

同心「はい・・・もう帰りましてございます」

およし「そうですか・・・。御苦労様です」

同心「はっ」


手紙を読むおよしーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
永倉[MONO]「(久し振りの事にて候。明日(あす)亥(い)の刻、護国寺(ごこくじ)門前の茶屋“吉野庵(よしのあん)”までお越し下されたく・・・もしもお聞き入れ無き時は、こちらより参上仕るべく候。念のため)」
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およし「・・・・・・・・・」




(間)




ーーー亥の刻、茶屋『吉野庵』ーーー

女中「お連れ様がお見えでございます」

およし「・・・・・・・・・」

永倉「よう参られた」

およし「永倉様ですか」

永倉「いかにも」

およし「お話を承りましょう。何用でございます」

永倉「・・・・・・・・・」

およし「南町奉行所長官、佐久川忠済の妻を・・・何用があって呼び出されましたか」

永倉「ははは!!これは凄まじ」

およし「何用でござります!?」

永倉「・・・侍女も連れずに参られたか」

およし「それがどうか致しましたか」

永倉「一人きりにて拙者に会いに来られた・・・。やはりな・・・はははははは!!」

およし「私は貴方様に会いとうて参ったのではございませぬ!」

永倉「何・・・?」

およし「佐久川忠済に代わり、“御用”とやらを承りましょう」

永倉「・・・まあ良い。こちらに参られい」

およし「見とうもございませぬ」

永倉「昔馴染みを懐かしいとは思わんのか?」

およし「ふっ・・・馬鹿なことを・・・」

永倉「何・・・」

およし「用が無ければこれにて」

永倉「待て」

およし「・・・早う申されませ」

永倉「・・・“初めての男は生涯忘れぬもの”と聞くが・・・およし、其の方は別らしいな・・・血も涙も枯れた女に成り下がったか」

およし「馬鹿なことを!」

永倉「おのれっ!!」

およし「馬鹿なことを!!」

永倉「・・・・・・・・・」




(間)




ーーー居酒屋ーーー

永倉「親父、酒だ・・・」

爺「飯かね?」

永倉「酒だ!」

爺「はぁ?・・・飯か・・・」

永倉「酒だっ!!」

(間)

酔い潰れ寝ている永倉。
永倉「・・・・・・・・・」

砂八「ちっ・・・。永倉さん、永倉さん!」

永倉「んん・・・なんだ・・・ん?・・・」

砂八「昼間っから酒喰らっちゃ困るなあ」

永倉「・・・・・・・・・」

砂八「例の物は渡して貰えるんでしょうね?何としてでも今夜中に渡して貰わねえと!!」

永倉「・・・ん、んあー・・・ちっ・・・」

砂八「永倉さん」

永倉「はあ・・・駄目だ。俺には出来ねえ」

砂八「出来ねえ?」

永倉「ああ・・・。女に会ったんだ。若い頃、俺の家の隣の屋敷に居た女だ。俺と同じ旗本の娘で世間のことは何も知らない、まるで産まれたての赤子のような女だった・・・はっ・・・難なく口説き落として女にしてやった。その頃の俺は一端(いっぱし)の遊び人だ。初心(うぶ)な侍の娘はすぐに喰い飽きて吉原の女に入り浸りだ・・・。挙げ句の果てには二百五十石のお家もとり潰し・・・その上、人殺しまでして掴んだ金も使い果たして江戸に戻ってみれば貴様ら盗賊の手先だ」

砂八「・・・・・・・・・」

永倉「こうも落ちぶれちゃあ、昔の女も良い顔する訳がねえ・・・。ははは!辞めたよ!この仕事は俺の手に余る。佐久川のおよしには、とても手が出せねえってことよ!!ははははは!!」

砂八「ちょっと待って下せえ。その女が、佐久川の・・・?」

永倉「そうよ!奥方様よ!佐久川の奥方様は俺の昔の女よ!」

砂八「ほお」

永倉「・・・しかしな、男によって女が変わるってのは本当だ。惚々するような良い女になってたぜ・・・」

砂八「だけど」

永倉「大丈夫だ!手は打ってある・・・ふふふふふふ・・・」




(間)




ーーー本所・役宅ーーー

同心「奥方様、ただ今裏門に、見知らぬ浪人体(ろうにんてい)の者がみえましてこれを・・・」

およし「・・・・・・・・・!!」

侍女「どうかなさいましたか?」

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永倉[MONO]「(御息女さきを預かりし候。用向きは護国寺の裏の森にて)」
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およし「・・・・・・・・・」

侍女「奥方様?」




(間)




ーーー護国寺裏の森ーーー

永倉「来たか」

およし「さきは・・・おさきは何処にいるのですか!?」

永倉「ここにはおらん」

およし「何処にいるのですか!!」

永倉「ふっ・・・怒った顔がいっそう堪らん・・・」

およし「恥知らずっ!!」


懐から小太刀を取り出し、永倉に襲い掛かるおよしーーー


永倉「よせ、無駄だ」

およし「えいっ!!」

永倉「ふんっ!!」

およし「てやあ!!」

永倉「ぬうっ!!」

およし「くっ・・・」

永倉「じたばたしなさんな」

およし「ぐっ・・・獣(けだもの)!!」

永倉「獣でも生きねばならぬのよ。飯は食わねばならぬのよ。あんたの旦那と違って表通りを歩けぬ身の上だ。ちっとはっ・・・情けを掛けてもらいたいもんだ」

およし「・・・さきをどうしようと言うのです」

永倉「今牢にいる弥兵衛って男を放してもらう。あんたに頼みたいのはそれだけだ」

およし「盗人の手先にまで成り下がって・・・。何という見下げ果てた男に」

永倉「黙れ!!つべこべ言う前に娘の心配をしろ!盗人のする事は手洗いぞ!」

およし「さきは何処にいるのですか」

永倉「それを知りたければ弥兵衛を連れてこい」

およし「・・・どこで渡せば良いのですか?」

永倉「場所は本郷(ほんごう)・林稔寺(りんねんじ)境内(けいだい)。刻限は七つ。其方(そなた)一人で連れ添って来るのだ。断るまでも無いが・・・南町奉行所の一人でも動いてみろ、娘の命はないぞ」




(間)




ーーー本所ーーー

榊「これはこれは奥方様。御用があればこちらから伺いましたのに」

およし「いいえ。・・・恐れ入りますが、内々の話し故にどうか人払いを・・・」

榊「はっ」

およし「ありがとうございます」

榊「・・・・・・で、御用向きは?」

およし「主(あるじ)の留守中、不心得な願いなれど、何卒!牢の中におります弥兵衛を放してやってくだされ!!」

榊「何と!!あの男を!?」




(間)




ーーー林稔寺・境内ーーー

砂八「永倉さん」

永倉「ん?」

砂八「相手は南町奉行所長官だ・・・。いくら佐久川が留守だからと言って、そう易々と・・・」

永倉「奴らは手を出さん。いや、出せないはずだ。もしこの事が表向きに出てみろ、組頭・・・ましてや旗本の恥を天下に晒す事になる」

砂八「ん?なんだ?」

永倉「およし・・・」

砂八「永倉さん、あんたの読みが当たったようだぜ。今南町奉行所から弥兵衛の乗った駕籠(かご)と女が一人、こっちに向かって来ているそうだ」

永倉「よし!見張りを怠るな。少しでも怪しい動きがあったら、すぐにでも知らせろ」

砂八「はいよ」

(間)

永倉「来たか」

およし「・・・・・・・・・」

砂八「弥兵衛!!」

弥兵衛「兄貴・・・すまねぇ・・・」

およし「さきは・・・おさきは何処にいるのです!」

永倉「その前に弥兵衛の足枷を外してもらおうか」

およし「おさきを返して頂くまで、鍵はお渡しできませぬ!!」

永倉「相変わらず気の強い・・・おい!」

砂八「へいっ」

(間)

おさき「母上ー!!」

およし「おさきっ!!」

永倉「さあ、鍵を頂こうか・・・」

およし「・・・・・・・・・」

永倉「さあ!!」

榊「待ていっ!!!」

およし「さあこちらへ」

榊「南町奉行所である!神妙にお縄につけい!!」

永倉「おのれ・・・計ったか!!」

砂八「ちくしょう!!」

弥兵衛「兄貴〜!!」

榊「観念しろ!!!」

永倉「くっ・・・」




(間)




(N)「この日の夕暮れ近く、佐久川忠済の一行は関野での役目を終え、江戸の役宅に帰着した」


佐久川「よいしょっと・・・はあ・・・」

榊「御苦労様でございました」

佐久川「おう!」

榊「関野は如何でございましたか?」

佐久川「ん?狐目の五郎右衛門か?いやあ中々強かな男でござった。いや、放っておけば何れは各地を荒らしに掛かっていたであろう・・・。ところで、留守中変わったことは無かったか?」

榊「はっ。格別なこともございませぬが・・・永倉なる男を捕らえてございます」

佐久川「何?永倉・・・?」

榊「はっ・・・その昔、本所でのお頭の家の近くだったとか」

佐久川「んん・・・・・・ああ!!あの永倉か!彼奴め、また何かしでかしたか」

榊「はっ。お頭直々にお調べして頂きたく、ただ今蔵に放り込んでございます」

佐久川「何・・・蔵に?」


(間)


およし「お帰りなさいませ・・・」

佐久川「うむ。・・・永倉を捕らえたそうだの」

およし「はっ・・・はい!」

佐久川「ようして退けたのう」

およし「ご存知でございましたか」

佐久川「うむ。まあ、あらましは榊からな」

およし「・・・それにつき、申し上げたいことがございます・・・」

佐久川「いやあ!いや!よいよい!!」

およし「・・・はあ・・・」

佐久川「いやあ、俺は疲れた。いや関野宿を早発してな、ここまで歩き通しだ・・・すまんが脚を揉んでくれ」

およし「・・・はい」

佐久川「いや疲れた疲れた!!」

およし「・・・・・・・・・」

佐久川「おっ!ああっ・・・いい気持ちだ」


(間)


(N)「忠済はには、およしの言いたい事が分かっていた。分かっていたからこその、この態度であった。ある思いを胸に秘めながら」

(N)「そして夜。皆が寝静まった頃合を見計らい、忠済は、蔵に縄で縛り付けられている永倉平次の詮議を行う事にした」


永倉「・・・・・・・・・誰だ?」

佐久川「永倉、俺だい」

永倉「・・・・・・・・・」

佐久川「佐久川忠済だ」

永倉「・・・ふんっ!」

佐久川「お前またつまらねえ事をしでかしたもんだなあ。ええ?・・・れっきとした旗本の家に生まれながら、盗人の手先とはどういう了見だ。ましてやこの俺の娘を拐かすとは・・・随分と血迷ったもんだなあ。んん?」

永倉「・・・ふふふふ・・・はははははは・・・あっはっはっはっは!!!!!」

佐久川「何が可笑しい」

永倉「忠済、偉そうな口を聞くな!お頭だか何だか知らねえが、貴様そう言う口をきける男では無いぞ…?」

佐久川「何い・・・そりゃどういう事だ?」

永倉「知りたかったら女房に聞いてみろ。ひひひひ・・・およしに聞いてみろ!」

佐久川「・・・・・・・・・」

永倉「・・・いいか忠済。貴様は知るまいが、およしを初めて“女”にしたのはこの俺だ。貴様の女房を頂いたのはこの永倉平次なんだよ!ははっ!どうだ?驚いたか?」

佐久川「・・・・・・・・・」

永倉「へっ!悔しくて声も挙げられねえか!?」

佐久川「・・・・・・・・・」

永倉「何とか言ったらどうだ」

佐久川「・・・・・・・・・・・・・・・・・・それがどうした」

永倉「何!?」

佐久川「だからどうだと言うのだ?ははは!!・・・そんなこたあな、百も承知だ。承知でおよしを娶ったんだよお〜!!」

永倉「嘘をつけ」

佐久川「いやあ本当の話だ。およしはお前に玩具にされ、傷物にされて捨てられた。だがな平次、およしは俺の女房になって生まれ変わったんだ。お前の憶えているおよしは抜け殻同然の女だ・・・」

永倉「・・・・・・・・・」

佐久川「あの時な、およしの親父殿が『もう嫁にはやれん!!』とこう、あんまりこぼすもんでな、よし!そんなら俺が貰おうと・・・とまあ、ほれ、こうなったんだよ!!まあ良く良く考えてみると・・・俺もとうの昔からおよしに惚れていたんだなあ!!はははは!!」

永倉「ちっ」

佐久川「・・・惚れなきゃ駄目だ。女には心底惚れなきゃ、女の本当の値打ちは分からねえ・・・。俺もな、お前さん同様に散々道楽はしたが・・・命懸けで惚れたのはおよしたった一人だ。だからな永倉、およしを本当の“女”にしたのは・・・この俺だ。まっ!それが分かっているのは世の中で俺とおよしのたった二人っきりだ!!へへっ・・・まあ男と女なんてものは、どうやらそんなもんらしいぜ!?はははははは!!」


(間)


およし「・・・・・・・・・」

佐久川「!!・・・なんだ・・・おったのか・・・」

およし「・・・・・・・・・」

佐久川「ははっ・・・こりゃまじいこと聞かれちまったなあ・・・」

およし「忠済様・・・」

忠次「母上ー!!」

佐久川・およし「!!!」

忠次「どうかなさいましたか・・・?」

佐久川「い、いやなんでもない・・・」

およし「こ、こんな夜更けに一体どうなされたのです?」

忠次「稽古に行って参ります!!」

佐久川「何?今からか?」

忠次「はい!これから道場で闇稽古です!」

およし「これを持って行きなさい」

忠次「えっ!?」

およし「闇稽古にはお金も掛かりましょう・・・持ってお行き」

忠次「忝のうございます・・・御免!!」

佐久川「・・・おいおい・・・少しくらいの手柄であんまり甘い顔見せるなあ・・・」

およし「でも忠次には・・・忠済様のような男になってもらいたいのです。その為には、少しくらいの遊びは多めに見ないと!」

佐久川「んん?ふふふ・・・ばぁ〜か」

佐久川・およし「ふふふふふふ」


(N)「佐久川忠済はこの日以来、生涯、およしの前で永倉の名を口にせず、またおよしも、二度と永倉の名を思い起こす事は無かった」