今回からはこの作品が「山くじら」なのか「いづ栄」なのかという問題からいったん離れて、

この「ごぞんじ」をひとつの浮世絵作品として再確認したい。

 

まず今回はこの浮世絵作品の名称について

 

これまで「ごぞんじ 山くじら」「ごぞんじ いづ栄」と書いてきたが、浮世絵の作品名にはある程度ルールがある。

 

1:浮世絵作品中に題名が明記されている場合は、それが作品名となる。

 

たとえば有名な葛飾北斎の大波がドッパーンと打ち寄せる浮世絵は、画面左上に「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」と書かれている。そのためこの浮世絵作品は「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」が正式名称となる。

葛飾北斎「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」

 

2:題名が明記されていない場合は、浮世絵作品中に大きく書かれている文言を作品名とする。

 

「ごぞんじ」がこれに該当するので、後で詳述する。

 

3:題名がなくても、歌舞伎役者を描いた浮世絵の場合、役名と役者名が書かれている場合が多い。また当時の記録から役者や役名が特定できる場合もあるので、

「(役者)が演じる(役名)」というような作品名となる。

東洲斎写楽「三世大谷鬼次の奴江戸兵衛」

国貞「沢村訥升の佐藤忠信」

 

4:歌舞伎や浄瑠璃などの物語を題材とした浮世絵作品の場合、題名や役者名が明記されていなくても、描かれている物語やその場面が分かる場合は、その物語や場面の名称が作品名となる。

たとえば「大江山で酒呑童子を討つ源頼光」という具合に。

国芳「大江山酒呑童子」

 

5:題名や作品中の文言もなく、物語もわからないような場合には、その浮世絵作品に描かれている状況をそのまま便宜的に作品名とする。「行灯の明かりで文を読む女」というようなぐあいに。

三代豊国「見立て源氏はなの宴」

 

 

これらに照らし合わせると「ごぞんじ」はどういう作品名になるだろう?


国芳「ごぞんじ」

 

まずどこにも題名は書かれていない。

 

3枚続きの作品としてみた場合、一番目立つ文言はやはり右側から中央にかけて描かれている行灯式看板の「ごぞんじ」と「山くじら」または「いづ栄」だろう。

ただし一番左端にも「かばやき」という看板が描かれている。

3枚続きとして紹介する場合は一番目立つ「ごぞんじ 山くじら」「ごぞんじ いづ栄」を作品名とする場合が多い。

 

1枚づつの作品として紹介する場合は、その1枚に描かれている文言を採用する。

たとえば一番左のウナギをさばいている作品の場合は「ごぞんじ」「山くじら」「いづ栄」といった文言はないので「かばやき」という文言が採用される。

 

また「ごぞんじ」の3枚いずれについても描かれている役者名が書かれているので、「ごぞんじ」「かばやき」といった文言とともに役者名が書かれることも多い。

一番左の1枚なら

「かばやき 沢村訥升」

といったぐあいか。

また役名や演目は書かれていないが沢村訥升が鰻屋の姿をしているのは明らかなので

「かばやき 沢村訥升の鰻屋」

ということもできる。

「かばや記」あるいは「沢村訥升の鰻屋」

 

とここまででさらっと無視してきたのだが、作品中に書かれている文言については「可能な限り作品に忠実に記述する」というルールもある。

旧字体や変体仮名などで表記できない場合もあるが、そうでなければできるだけ作品に忠実な必要がある。

 

なのでこれまで「ごぞんじ」「山くじら」「いづ栄」「かばやき」と書いてきたが、

正確には「御ぞんじ」「山くじら」「いづ栄」「かばや記」とするのが正しいだろう。

作品の画像と見比べてほしい。

 

ただ、「御ぞんじ」や「かばや記」ではややわかりにくいので、

このブログではひきつづき「ごぞんじ」で通そうと思う。