~セミナーを軸として「本命商品」販売の仕組みをつくる!~
セミナー動線コンサルタントの 理香です♪
****************************************************************
あなたのセミナーのカルテを作成し、診断、処方します
セミナー動線コンサルティング
ただ今期間限定!無料で行っています(初回のみ)
↓↓↓
****************************************************************
【できるかできないか 一切 考えない
ただやる 無我だ あとは 真っ白だ 突撃だ】
( NHKプロジェクトXより )
あの有名な、黒部ダムの、工事総括責任者 間組の中村精(なかむらくわし)氏のコトバです。
・・・考える余裕すらなかった、悩む余裕すらなかった、というのが、現実だったのではないでしょうか。
やるしかない。
数年前、黒部ダムに行きましたが、ゼロの状態から、ここまでどうやってできたのか・・・その壮大さにそれはそれは、驚きました。
工事現場に機材や、建設材料を運ぶのに、歩いて、そして、馬で、ヘリコプターで運ぶ。
いくら、工事計画があったとしても、青写真が見えていたとしても、気の遠くなるような作業に、誰もが不安を持っていたに、違いありません。
完成までに7年という長さ、そして、171人もの方がなくなっているという事実が、その大変さを、今に伝えてくれます。
できるかできないか 一切 考えない
ただやる 無我だ
あとは 真っ白だ
突撃だ
・・・もう一度、自分のココロに。
黒部ダムについて、詳しくしらない方もいらっしゃると思いますので、少々ご紹介します。
++++++++++++++++++++++++++++
黒四ダム(黒部ダム)建設は、昭和31年にスタート。
昭和38年(1963年)5月、7年の工期の末に完成した。
関西では慢性的な電力不足に陥り、一般家庭では週に3日の休電日を余儀なくされ、7年の工期で完成しなければ大阪中が停電するとまで言われていた。
そのような状況の中、黒四ダム(黒部ダム)建築総監督の中村精(なかむらくわし)は、
標高1350メートルの地点に
幅492メートル
高さ186メートル ものダム建設に挑む。
総工費は建設当時の費用で513億円。
これは当時の関西電力資本金の5倍という金額。
作業員延べ人数は1,000万人を超え、工事期間中の転落やトラック・トロッコなどによる労働災害による殉職者は171人にも及び、いかにダム建設工事が苦難を極めたのかがうかがえる。
黒部ダム建設工事現場はあまりにも奥地であり、初期の工事は建設材料を徒歩や馬やヘリコプターで輸送する というもので、作業ははかどらず困難を極めた。
このため、ダム予定地まで大町トンネル(現在の関電トンネル)を掘ることを決める。
しかし、破砕帯から大量の冷水が噴出し、死者が多数出る大変な難工事となった。
別に水抜きトンネルを掘り、薬剤とコンクリートで固めながら(グラウチング)掘り進めるという、当時では最新鋭の技術が導入され、トンネルは貫通し、工期が短縮された。
2006年時点での土砂堆積率は14%であり、ダム本体の耐久性と併せて考えると、これからも約250年はダムとして機能すると見込まれている。
(ウィキペディア、その他資料より)
++++++++++++++++++++++++++++
あなたのセミナーのカルテを作成し、診断、処方します!
セミナー動線コンサルティング
ただ今 期間限定!無料で行っています(初回のみ)
↓↓↓

