11月3日(日)待ちに待ったレース当日を迎えました。トルコに入国してからまだ2日(48時間)しか経っていませんが、日本より6時間遅い時間(時差)で行動するのにも慣れてきたような気がしました。ただ、レース前夜は何となく熟睡できませんでした。

現地時間午前5時(日本時間午前11時)起床。6時にアキレス日本チームの2人(女性)と一緒にホテルを出発。最寄りの路面電車停留場で電車を待つも30分待ってやっと到着。大会当日は市内の交通機関(フェリーを含む)は無料で乗れるので大勢のランナーで混雑。停留所ではフランス人男性とカザフ人女性としばし雑談。7時にフェリー乗船。ボスポラス海峡を横断してアジア大陸へ。船の中ではマラソン応援隊の楽団が軽快な曲を演奏。また、アキレスモンゴルチーム5人(うち障がい者2人)とも出会い、一緒にスタート地点へ。乗船の前後やスタート地点に入る前に保安検査がありましたが、無事通過。

スタート地点は高速道路の入り口にあり、当日はランナーに全面開放されていました。スタート地点のすぐ横には多くの簡易トイレが設置してあり、待ち時間0分ですぐ利用できました。何でも橋の強度を考えて一度に5,000人以上が渡らないように15㎞の部は3つのウエーブに分かれてスタートするとのことでした。フルマラソンは参加者4,500人で予定より5分早くスターターのイスタンブール市長により号砲(GO!という掛け声)が発せられました。

まずは1㎞強の上り基調の橋を渡ります。ペースは5分40秒前後。まずますの滑り出しです。2㎞地点で橋を下りて新市街に入ります。このあたりで3時間30分のペーサーグループに追いつかれたのでしばらく付いて行きました。5㎞は26分22秒で通過(㌔5分14秒)。9㎞過ぎにもう一つの短い橋(ガラタ橋)を渡ると伝統的な街並みが続く旧市街に入ります。その後のコースは平坦で海岸沿いに続きます。10㎞までは同じ集団で通過。この5kmが25分10秒(㌔5分02秒)。この調子で行けば問題なし。でも10㎞から15㎞では、ややペースが落ちて25分59秒(㌔5分11秒)。15㎞から20㎞ではペースメーカーに少し離され26分39秒(㌔5分19秒)。ハーフ地点を1時間50分32秒で通過。残りを5分40秒ペースで走れば軽くサブ4,,,,と思って安心していたら、急に脚が動かなくなり、25㎞までの5kmが28分02秒もかかってしまいました。26㎞あたりで折り返しがあり、きつい逆風になりました。徐々に体力を消耗し脚が前に出なくなります。その間トイレに入ったこともあり30㎞まで31分41秒(キロ6分20秒)もかかり、2時間43分53秒で通過。残り12㎞を1時間15分(㌔6分15秒)で走り切らなければ4時間は超えてしまいそうです。しかし、筋肉が固まり肩や首も痛くなって思うように走れなくなりました。35㎞までは32分06秒(㌔6分25秒)。それから40㎞まではもう足が止まっている状態で何とか7分切りの34分34秒で到着。残りの2.195㎞は短い上り坂があったためさらに失速。トルコの友人Kemalさんの並走で何とか持ちこたえ、16分59秒(㌔7分44秒)かけて4時間07分32秒(平均ペース㌔5分51秒)でやっと完走しました。

96回目(伴走を除く)のフルマラソンで初めて4時間を超えるという厳しいレース展開になりました。特に30㎞(ここまでの平均ペースは㌔5分27秒)からゴールまでの12.195㎞が長く感じられました(走行時間:1時間23分39秒、平均ペース:㌔6分51秒)。前半と後半のタイム差は実に+26分28秒もあります(標準は+10分)。個人的に最悪な撃沈レースです。

後期高齢者まであと3か月の時点で何よりも体力の衰えを実感した次第です。今後はハーフ中心に走っていくのが得策かなと思っています。

アキレスチームで選手受付

スルタンアフメット公園(フィニッシュ地点)には全参加者の名前が掲示されていました。

私の名前も発見(中央あたり)

イスタンブール・マスターズ・ランニングクラブの方々と交流

コースの9㎞地点にあるガラタ橋(路面電車が通っている)橋の下はケバブレストラン街

フィニッシュ地点にあるアヤ・ソフィア・モスク