朝突然の呼び出しで友人と一緒に南山のふもとで朝食をとりました。
午前には一行に合流して釜山近代歴史館を見学。

植民地時代のさまざまな資料が展示され、1920年代の釜山の町が再現されていました。


午後3時第9回日韓トーストマスターズ合同例会が始まりました。
スピーチは英語5本、日本語2本。ベストスピーカーは、日本側のK.E.さん(speech title:What do I live for?)。
私は日本語文法係を務めました。コメントの対象は2名だけだったのでうまく報告できたと思います。
1人目のスピーカー(「セルフ扶養時代」)金さんには、新しい言葉(セルフカメラ、セルフガソリンスタンドなど)を適切に使っていたと評価し、「高齢化されている国」→「高齢化が進んだ国」と別の表現を提案、「老後」の発音をロゴにならないようロウゴとするよう指導しました。
2人目のスピーカー(「ばちがい」)マルコには、今日の言葉「大切な」を3回も使ったことを絶賛し、「部族」よりは「民族」を使った方がよいのではと提案しました。
アイモ(故李秀賢君をたたえる会)の学生3名も聞きに来てくれました。
夕方の懇親会は百貨店の地下2階で行われるとのことだったので、ホテルに立ち寄って着替えをし余裕をもって出かけました。
百貨店について案内嬢に地下2階にレストランはありますかと聞いたら(これが失敗のもとでした)、フードコートはあるけどレストランはないといわれあわててしまいました。
西面という地区は新宿みたいなところで地下街が入り組んでいます。いったん地下2階に下りてみたらとてもレストランのある雰囲気ではなく、売店がずらりと並んでしました。
もう一度確認すべく、30分くらい探してインターネットカフェに入りました。そこは日本語で検索ができないところで従業員もその設定ができないところでした。そうしているうちに時間がたち懇親会に間に合わないことが確実になったのでホテルに戻り、韓国側参加者の一人の携帯電話に連絡を入れ日本側幹事に事情を説明して欠席させてもらいました。言葉ができる、土地勘があるということで傲慢になっていた自分を反省しました。
午前には一行に合流して釜山近代歴史館を見学。

植民地時代のさまざまな資料が展示され、1920年代の釜山の町が再現されていました。


午後3時第9回日韓トーストマスターズ合同例会が始まりました。
スピーチは英語5本、日本語2本。ベストスピーカーは、日本側のK.E.さん(speech title:What do I live for?)。
私は日本語文法係を務めました。コメントの対象は2名だけだったのでうまく報告できたと思います。
1人目のスピーカー(「セルフ扶養時代」)金さんには、新しい言葉(セルフカメラ、セルフガソリンスタンドなど)を適切に使っていたと評価し、「高齢化されている国」→「高齢化が進んだ国」と別の表現を提案、「老後」の発音をロゴにならないようロウゴとするよう指導しました。
2人目のスピーカー(「ばちがい」)マルコには、今日の言葉「大切な」を3回も使ったことを絶賛し、「部族」よりは「民族」を使った方がよいのではと提案しました。
アイモ(故李秀賢君をたたえる会)の学生3名も聞きに来てくれました。
夕方の懇親会は百貨店の地下2階で行われるとのことだったので、ホテルに立ち寄って着替えをし余裕をもって出かけました。
百貨店について案内嬢に地下2階にレストランはありますかと聞いたら(これが失敗のもとでした)、フードコートはあるけどレストランはないといわれあわててしまいました。
西面という地区は新宿みたいなところで地下街が入り組んでいます。いったん地下2階に下りてみたらとてもレストランのある雰囲気ではなく、売店がずらりと並んでしました。
もう一度確認すべく、30分くらい探してインターネットカフェに入りました。そこは日本語で検索ができないところで従業員もその設定ができないところでした。そうしているうちに時間がたち懇親会に間に合わないことが確実になったのでホテルに戻り、韓国側参加者の一人の携帯電話に連絡を入れ日本側幹事に事情を説明して欠席させてもらいました。言葉ができる、土地勘があるということで傲慢になっていた自分を反省しました。