少年に対する指導は、少年たちの自由な発想や意欲を引き出すものでなければなりません。そのためには、少年自身が考える間、ゆとりをもったものでなければなりません。

1+1=2と「教える」のではなく、どうして1+1が2になるのか、ほかに答えはないのかなど、少年自身の「試行錯誤をうながす」のです。

「考える力」は、小学生年代の6年間で大きく発達します。この時期に自分で考え、予測し、判断し、決断するというプロセスの習慣を養うことが大事なのです。そのうちのどれが抜けてもいけません。

 コーチからの「指導」は、アドバイス以上のものであってはなりません。「命令」になってしまうと、上記のプロセスがこわれ、主体的な判断のできないプレーヤーになってしまうのです。

 そもそも、サッカーの最大の魅力、本質は、プレーを判断し、決断し、実行するのは選手自身だということです。

その喜び、サッカーの本来的な「楽しさ」を奪ってはなりません。

 小学生年代では、失敗が許される年代です。しかしわざとミスをする少年がいるでしょうか。もしいるとすれば、それはコーチの閲題であって、少年自身の問題ではありません。

 主体的な判断をしたうえでの失敗なら、少年はそれから学ぶものがあるはずです。その学習が、適切な判断を自分で下せるようになる貴重な経験となるのです。

 サッカーというゲームでは、ミスが少ないほうが勝ちます。だからコーチが勝負にこだわると、ミスをさせない、許さないという方向にいってしまいます。そうした指尊からは、主体的な判断のできるプレーヤーは育ちません。

 サッカーの本来の喜びを表現できるプレーヤーを育てるには、「ゆとり」をもった指導姿勢が大切なのです。