突然の訃報

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中学生の時の同級生の訃報を聞いた。

こっちに来てからは会っていなくて
だから、会ってない年月がとても長いのだけど
友人から彼の事を聞いたりしていたから
会っていない感覚がなくて……

来年か再来年かに行けたらいいな
会えたらいいな。
なんて思ってたら、突然会えない人に
なってしまった。

闘病をしていた訳では無いので
本当に突然で、知った時は
しばらく震えが止まらなかった。

車で出掛けてたんだけど
運転中も鼻水が止まらなくて
(泣くと運転出来ないから我慢してた)
帰ってからは脱力感だった。

死というものは突然で
残される者達は
心の整理に時間がかかる。

大切な人であれぼある程
喪失感と無力感、色々な思いが
頭の中をくるくるくるくる

何度経験しても慣れるものではなくて
やっぱり、ただ、ただ、辛くて悲しい。

今回は、九州に帰ることが出来なかったけど
友達とは色んな手段で連絡を取って
支えて支えられて
思い出を大切なものにしようと思う。

こういう時に、話を聴いて寄り添える人に
なりたい。
そういう人でありたいと心から思う。



彼のご冥福をお祈り致します。


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私の主観、相手の主観

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この前、友達と話してて気付いた。


前はね「これいいよー」って勧めて

相手がそれをしなかったら

「なんでやらないんだろう?

こんなにいいって言ってるのに!」

と思ってた。


そんなの相手が決める事で、私にとっての

「いい」は、

相手にとっての

「いい」じゃないのに。


今はね、「いい」と思うのも相手次第。

私は聞かれたらお勧めはするけど

その後どうするかはその人次第。

そう思ってる。


タイミングが合えばそれをするだろうし

合わなきゃしなくていい。


お節介虫の私の虫が居なくなってきた。


私の主観を押し付ける。

押し付けられる方は辛いよね。


どうしてやらないの???

そんな思いでい勧めてたら

相手は「やらない自分」が嫌になるかもしれない。


押し付ける私が嫌になるだろうな。


前は、そんなことも分からなかったんだよね。



それもこれも傾聴があったから気付いた事。

傾聴で私が私になったから

気付いた事なんだと思った。


私が私になる。


凄いことだよね。


自己決定。

素敵な言葉だと思う。

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次男は長男が2歳1ヶ月の時に生まれました。

この子がお腹に居る時
切迫早産で暫く実家に居ました。

母親はずっと苦手だったけど
他に頼れるところはないし
長男と一緒に動くことも出来なかったので
この時はありがたいと思ってました。

そして、その頃は長男が潤滑油に
なってくれていて
そんなにイライラしなかったし
落ち込むことも無かったんです。

それでも、早すぎる母親主導の
トイレトレーニング…
ちょっとの失敗で長男を叩く…
事細かに色々指示をする…

そんな母親に対してやっぱりどこかで
嫌がってる自分がいて
なんか辛かったな…

安定期に入り自宅に帰ったものの
今度は切迫早産……
出産可能週まで入院……

またまた母親に頼らなければならなくて……

自分の中でもそれは凄くジレンマがありました。

長男を預けるのも嫌で……
でも仕方ない………

入院中は長男の事が心配で心配で
たまらなかった。

母親は殆ど毎日長男と
お見舞いに来てくれるのですが
その時に必ず
「毎日いくらかかってる」とか
「私だって疲れる」とか平気で言ってました。

母親が病院でブチ切れた時もあった。

長男を毎日ゲームセンターに連れていき
欲しがるものをどんどん買い
そう言うのが嫌で嫌でたまらなかった…

なんだか、私が作り上げた長男との大切な約束や
色んなものが壊される気がして本当に嫌だった。

当然次男が産まれてからもお世話になる訳で
本当は嫌なのにでもやって貰ってる
そんな自分も嫌だった。

一緒にいる時間が長くなればなる程
どんどん落ち込んだり
イライラしたりする時間が増えていって
多分子供達にもよくない影響を
与えていたんだと思う。

長男は甘えられるだけ甘やかしてくれる
おばあちゃんが大好きで
おばあちゃんも初孫の長男が可愛くて
きっと母親は長男に依存していたんだと思う。

よく「これ買ってあげた」
「〇〇に連れて行ってやった」
「してやった」って言ってたから。
(これはいつもなんだけど…)

そしてそれは私への依存の延長だったんだ。
と後になって気付いたんだけど
その頃は気付かなくて………
そして、その頃の私のイライラは
子供達の心に色んな影響を与えていたんだと
次男が5歳の時に気付くことになる。

私の自分を見つめる事や
落ち込みや自己嫌悪
いろんな事がここから加速するのでした。

その話はまた今度。
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