私の気功入門書3部作のご紹介

長年の研究と実践を経て、数年前、私は中国伝統気功の真髄を日本の愛好者に伝えるべく、3冊の入門書を執筆した。『八段錦』『易筋経』『羅漢功』――これらは単なる健康体操の解説書ではない。武術修行の基礎として発展してきた本格的な身体鍛錬法を、現代人の健康増進に活かすための実践的指南書だ。

内臓と経絡に働きかける『八段錦』

八段錦は、8つの優美な動作から成る気功法だ。一見すると穏やかな体操のように見えるが、その本質は体の動きを通じて内臓機能を活性化し、経絡の流れを整えることにある。古来より「錦のように美しく価値ある8つの動作」と称えられてきたこの功法は、日々の実践により五臓六腑の調和をもたらし、全身の気血の巡りを改善する。

 

 

 

剛健なる身体を築く『羅漢功』

羅漢功は、まさに「剛健法」の名にふさわしい力強い気功だ。体を整え、鍛え上げることで気の力そのものを増強していく――これが羅漢功の核心だ。仏教の羅漢(阿羅漢)の名を冠するこの功法は、単なる筋力トレーニングではなく、身体の深部から湧き上がる生命力を培う修練法。実践者は段階的に身体能力を高めながら、同時に精神的な強さも獲得していく。

 

 

 

二つの体系を持つ『易筋経』

易筋経とは、達磨大師が少林寺に伝えたとされる肉体鍛錬に関する書物のこと。その書物(お経)に紹介されている一大体系の中から、気功体操を取り出して、現代では易筋経として伝わっている。本書では、易筋経の持つ二つの重要な訓練体系を詳しく解説しています。

第一の功法は、手足の末端に集中し、四肢に流れる気を強化する方法。指先から腕、足先から脚へと、段階的に気の力を練り上げていく。

第二の功法は、より高度な身体操作を目指すものです。肩甲骨と骨盤の連動を訓練することで、体幹部で生み出された力を効率的に手足へと伝達する技術を身につけます。これは武術における発勁(力の発揮)の基礎となる、極めて実践的な訓練法です。

 

 

 

武術の基礎が生む健康効果

これら3つの功法に共通するのは、いずれも本来、武術修行に耐えうる強靭な心身を作り上げるために体系化されたという点だ。激しい鍛錬に臨むためには、まず基礎となる身体を整えなければならない。そのために編み出された各種の功法は、必然的に人間の生理機能を最適化し、心身のバランスを整える効果を持つに至った。

現代を生きる私たちにとって、これらの功法は武術修行のためというより、むしろ日常生活の質を高め、健康寿命を延ばすための実践的な方法論として価値を持っている。デスクワークで凝り固まった身体を解きほぐし、ストレスで乱れた自律神経を整え、加齢により衰えがちな体力を維持・向上させる――古の武術家たちが追求した身体の理想は、そのまま現代人の健康課題への解答となる。

3冊それぞれが独立した入門書として完結しているが、併せて実践することで、より総合的な心身の鍛錬が可能となる。それぞれの気功法を型としてすべて行うのか、自分にふさわしいものを取り出して行うのか、その辺りはしっかり考える必要がある。いずれにせよ、これらの書籍が皆様の健康増進の一助となれば幸いだ。



だいぶ昔のこと。NHKのあるドキュメンタリー番組で、中央アジアの乾いた砂漠が紹介されていた。何もない大地に点在する遺跡たち。その地にかつて存在した王国の痕跡が、風に削られながらも今なお残っている。

 

番組のナレーションで強く印象に残ったのは、「インドから伝わった仏教が、支配者によって再構築され、民衆をコントロールするための思想として利用された」という内容だった。そして、その思想がやがて日本にも伝わっていったと語られていた。

あの頃は「仏教=癒しや悟りの教え」だと思い込んでいた自分にとって、それは驚きだった。信仰も思想も、時代と共に形を変え、時には支配の道具にもなる。その柔軟性と危うさが、妙に心に引っかかったのだ。
 

最近になって、YouTubeで『考え方の学校 Yoshi Sun TV』というチャンネルを観ていて、上記のような記憶がよみがえった。民族の移動や宗教の起源を追う動画の中で、私たちのルーツにまつわる壮大な物語が展開される。

それを観ながらふと考えた。「日本人のアイデンティティを取り戻す」とよく言われるけれど、その“日本人”って一体、誰のことなんだろう?
 

自分のルーツをさかのぼってみる。


古代の〇〇氏一族が先祖だと知り、更に調べると渡来人。その一族は朝鮮半島を経由してやってきたという。さらに調べると、中国の南方民族につながり、さらに遡ればペルシャやシュメールに至るという説も出てくる。

「先祖はシュメール人かもしれない」何だかちょっとかっこいいような気がする。でも、そのシュメール人も、もっと古い時代には別の土地から来た移動民だったという。
 

ある説では、7300年前の「鬼界アカホヤ噴火」によって日本列島が壊滅的打撃を受け、縄文人たちが大陸へ避難し、後にまた日本列島に戻ってきたとも言われている。そうなると、自分の先祖は縄文人?大陸の遊牧民?それとも両方?
 

そのうち、『オアスペ』という書籍に出てくる「イヒン」と呼ばれる霊的に進化した種族が日本人の先祖だった、なんて話まで出てきて、もう頭が混乱してくる。
 

どこまでも遡っていくと、「結局、自分は地球人ってことでええんちゃうか」と思う一方で、そんな風に言うと、「グローバル主義の手先とか言われそう…」と、現代の空気にも敏感になる。
 

ただ、この“自分探しの旅”を経て思うのは、多くの人にとってルーツや起源を追うことは、一種の娯楽であり、同時に心の奥底にある“何か”を見つけ出そうとする行為でもあるということ。


でも、もっと大事なのはここからかもしれない。

私たちは、この世に生まれてくる前に、今回の人生での“目的”をある程度決めてきたのではないだろうか。もしそうだとしたら、自分が「本当にやりたい」「心から惹かれる」と感じること。それこそが、持って生まれた人生の目的に通じているのかもしれない。
 

けれど、今の世の中はどうだろう?

日々、スマホやSNSを通して流れてくるニュースや情報には、不安や怒りを煽るものも多い。何かを信じれば誰かに否定され、違う意見を持てば攻撃される。そんな騒がしい世界では、自分の“本当の声”を見失いがちだ。

だからこそ、頭の中を少し静かにして、心を落ち着かせてみることが大切なのかもしれない。

目を閉じて、自分の人生を静かに振り返る時間を持つ。


「自分は何のために生まれてきたんだろう?」
「本当は何がしたいんだろう?」

そう自分自身に問いかけてみる。
 

答えはすぐに出ないかもしれない。けれど、その問いを持ち続けることで、少しずつ、自分の中の“軸”が見えてくるはずだ。


他人の期待でもなく、社会の空気でもない、自分自身の人生。

遠い先祖の記憶からはじまった旅は、やがて“今ここにいる自分”という一番大切な存在に帰ってくる。そして、自分の人生を自分らしく、しっかりと生きていく。

そのことこそが、ルーツをたどる旅の最終目的なのかもしれない。

 

 

 


大学を卒業した後、友人たちが次々と大手企業に就職していく中、私は中国・広州市にある大学で日本語教師として働き始めた。当時の中国はまだ反日教育がそれほど強くなく、日中友好の余韻も残っていたため、必要以上のストレスを感じることはなかった。

 

 

 

■ 中国での暮らしと洪拳との出会い

せっかく中国に来たのだから、現地の文化に触れてみたいと思い、かねてから興味のあったカンフーを習ってみることにした。伝手を頼って大学内の武術サークルを紹介してもらい、「洪拳(Hung Kyun)」を学び始めた。

 

洪拳とは、ジャッキー・チェンの映画『酔拳』で、主人公が酔拳を学ぶ前に父親から教わっていた拳法。私は「伏虎拳(ふっこけん)」という虎の動作を模した拳から始め、「虎鶴双形(こかくそうけい)」という、鶴の動きが含まれる型に至るまでを学んだ。
 

 

■ 虎の拳に隠された「気」の感覚

虎の拳を学んでいた時、何度も繰り返す動作があった。開いた掌から人差し指以外を半分曲げた手の形にして、腕を曲げたり伸ばしたりするという動きだ(参考動画:YouTubeリンク)。

 

 

 

ある日、先生に「この動きって何をしてるんですか?」と尋ねてみた。先生は「これは『運気』といって、丹田の気を腕に流し、腕の力を強化する方法と言われている」と教えてくれた。

 

今で言えば、異世界ファンタジーアニメに出てくる「身体強化魔法」のようなものである。練習を続けるうちに、実際に腕に力がみなぎるような感覚が強くなっていった。しかし、日常生活の中でそれを使う場面はなかった。

 

ところがある日、自転車で坂道を上っている時、ふと思い立って丹田の気を足に送ってみた。すると、不思議なことにまるで電動自転車に乗っているかのように、軽々と坂を登ることができた。それ以来、自転車に乗るたびにこの方法を使うようになった。
 

 

■ 腰痛からの転機──太極拳の門を叩く

洪拳の練習はとても面白かったが、無理をしすぎたせいでひどい腰痛を患ってしまった。続けたくても続けられない状態になり、練習の継続を断念せざるを得なかった。

 

その姿を見て、洪拳の先生が「腰痛は太極拳で治せばいい」と言い、太極拳の先生を紹介してくれた。

 

正式に先生に会う前、先生の指示を受けて「太極拳の基本を教えに来た」と言う男性が私のもとを訪れた。彼は私にとっての兄弟子にあたる存在である。早速一緒に練習を始めたが、その内容は両手で空に円を描くという動作ばかりだった。

 

それでも1時間ほど繰り返しているうちに、全身の関節がギシギシと軋むような感覚に襲われ、やがて指先から目には見えない空気のようなものが噴き出しているような感覚が現れた。

 

この異常とも言える感覚を兄弟子に伝えると、「特に問題はない。我々の太極拳ではごく普通のことだ。私も最初はそうだった」と、落ち着いた様子で答えてくれた。

 

一緒に練習していた洪拳の先生も同じような感覚に驚いたようで、「なんやこれは」と大騒ぎしていた。
 

 

■ 先生の教えと「力の再構築」

そしていよいよ、紹介してもらった太極拳の先生のもとを訪ねる日が来た。先生は向かいの大学の教授で、大学内の宿舎に住んでいた。練習は平日の夜に行われていた。まず弟子たちが先生の家に集まり、「功夫茶(コンフーチャ)」という非常に濃いお茶を飲みながら、テレビを見たり、太極拳について語り合ったりした。

 

しばらくすると皆で練習場所へ移動する。その場所は大学敷地内の、人影のない薄暗いバスケットコートだった。

 

まず最初に先生から「これまでやってきた洪拳を見せてごらん」と言われ、腰の痛みをかばいながら虎の拳を打ってみた。

 

すると、「よく練習しているようだが、太極拳とは体の使い方が全く異なる。まずは力の出し方を、洪拳から太極拳独特のものへと作り直すことから始めよう」と言われ、練習が始まった。

 

最初は先生と押し合いをして、力比べをすることから始めた。私はとにかく全力で押したが、先生は太極拳の発力方法だけで涼しい顔をして押し返してくる。よくある「力を受け流す」ような柔らかい動きではなく、太極拳独特の内部から湧き上がるような力で、真っ直ぐに返してくるのだった。

 

練習のたびに様々な力比べを行いながら、太極拳的な力の出し方を体に叩き込まれていった。並行して太極拳のパンチの打ち方も教わった。これは単に攻撃するためのものではなく、リラックスした状態から振り出すようなパンチで、洪拳時代に身についた余計な力みを抜くことが目的だった。
 

 

■ 気づけば腰痛は消えていた

気がつけば、私は太極拳にも夢中になっていた。ある時ふと思った。そういえば、そもそもは腰痛を治すために太極拳を始めたはずだが、先生から健康についての話は一度も聞いたことがない。もちろん「気」についても語られることはなかった。ただひたすら、自分の骨格の状態をどう整え、どうすれば強い力を出せるのかということだけを徹底的に学んでいた。

 

いつの間にか腰痛は消えていた。ただし、無理をすると再び痛みが出ることもあった。そんな時は、自分の骨格の動きをより注意深く観察し、理想的な姿勢と動きに戻すよう、ゆっくりと丁寧に体を動かしていく。すると、自然と痛みが消えていった。

 

太極拳の骨格操作に対する理解が深まるにつれ、腰痛が出る頻度は減り、痛みが出る前に調整できるようになっていった。
 

 

■ 現在の整体のルーツとして

ちなみに、私の整体はこの時の経験が土台になっている。結局のところ、腰痛は「誰かに治してもらう」ものではなく、自分で体を動かしながら治していくのが最善だと思っている。私の整体院では、通常の施術も行っているが、希望者には気功や太極拳の動きから、その人に合ったものを選び出して指導することも行っている。

 

この先生のもとでは、陳氏太極拳の新架および炮捶(Paaucheui)を学び、数えきれないほど多くのヒントと課題を与えていただいた。出会ってから3年後、先生は研究の場を海外に移されることになった。別れの日が近づいたある日、先生は、これまで口にされなかった「氣」についてのの話をたくさん聞かせてくれた。また、それまで聞いたこともなかった奥深い話をたくさんしてくれた。出国前にそれまでの研究をまとめた本を出版された。その本には、その一部が書かれていた。

 

その10年余り後、海外での研究成果の一端を記した新たな一冊が出版された。そこには新たな研究の成果がたくさん詰め込まれていた。これら二冊の本は、今も私にとってかけがえのない「秘伝書」であり、整体という仕事を通じて、日々その教えを生かし続けている。
 

 

 

 

 

 

■ おわりに

私が出会った太極拳に「健康法」の顔はなかった。それはまさしく「功夫」だった。「功夫」とは、広東語で「武術の奥深い研究、そしてそれを実践する者」を表す言葉。カンフーという言葉の語源。健康法のつもりが、足を踏み入れたのは、本格的な武術だった。しかし、骨格操作を通じて身体を内側から観察することで、いつの間にか腰の痛みは遠のいていった。

 

武術とは、ただ戦うための技術ではない。

身体と向き合い、そこに隠された知恵と対話する行為から始まり、やがて「道」(タオ)に至るのだということが自身の体験を通じて理解することができた。

 

武術や整体を通して、少しずつ自分の心身を理解してきた。

そして、「道」(タオ)に至ったら、そこには新たな始まりが待ち構えていた…。

 

もしどこか共鳴するものがあったなら、

そのことを一言でも教えていただけたら、それだけで励みになります。 


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本書は10年以上前から無償でお伝えしていた
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そして、セルフヒーリング、他者へのヒーリング、その他の応用など

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どうぞ沢山の方のお手元に届きますように。

  

 

ようやく気功三部作が完成した。

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 お手数ですが、URLを選択状態にして右クリックすると

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気功法の型とその意味するところを詳しく解説してあります。

そして、私は単なる気功体操を教えるつもりではありません。

その片鱗は三冊目の『八段錦入門』にも書いておきました。

 

健康体操だけが目的なら

そういうことをやるグループは沢山有ると思います。

私はそういうことは教えません。

 

体を整え気力を充実させたその向こうに経由地点、

そして、更なる高みについてお伝えしていくことにします。

 

今はそういう取り組みのとっかかりとなる資料を作成中。