
大学を卒業した後、友人たちが次々と大手企業に就職していく中、私は中国・広州市にある大学で日本語教師として働き始めた。当時の中国はまだ反日教育がそれほど強くなく、日中友好の余韻も残っていたため、必要以上のストレスを感じることはなかった。
■ 中国での暮らしと洪拳との出会い
せっかく中国に来たのだから、現地の文化に触れてみたいと思い、かねてから興味のあったカンフーを習ってみることにした。伝手を頼って大学内の武術サークルを紹介してもらい、「洪拳(Hung Kyun)」を学び始めた。
洪拳とは、ジャッキー・チェンの映画『酔拳』で、主人公が酔拳を学ぶ前に父親から教わっていた拳法。私は「伏虎拳(ふっこけん)」という虎の動作を模した拳から始め、「虎鶴双形(こかくそうけい)」という、鶴の動きが含まれる型に至るまでを学んだ。
■ 虎の拳に隠された「気」の感覚
虎の拳を学んでいた時、何度も繰り返す動作があった。開いた掌から人差し指以外を半分曲げた手の形にして、腕を曲げたり伸ばしたりするという動きだ(参考動画:YouTubeリンク)。
ある日、先生に「この動きって何をしてるんですか?」と尋ねてみた。先生は「これは『運気』といって、丹田の気を腕に流し、腕の力を強化する方法と言われている」と教えてくれた。
今で言えば、異世界ファンタジーアニメに出てくる「身体強化魔法」のようなものである。練習を続けるうちに、実際に腕に力がみなぎるような感覚が強くなっていった。しかし、日常生活の中でそれを使う場面はなかった。
ところがある日、自転車で坂道を上っている時、ふと思い立って丹田の気を足に送ってみた。すると、不思議なことにまるで電動自転車に乗っているかのように、軽々と坂を登ることができた。それ以来、自転車に乗るたびにこの方法を使うようになった。
■ 腰痛からの転機──太極拳の門を叩く
洪拳の練習はとても面白かったが、無理をしすぎたせいでひどい腰痛を患ってしまった。続けたくても続けられない状態になり、練習の継続を断念せざるを得なかった。
その姿を見て、洪拳の先生が「腰痛は太極拳で治せばいい」と言い、太極拳の先生を紹介してくれた。
正式に先生に会う前、先生の指示を受けて「太極拳の基本を教えに来た」と言う男性が私のもとを訪れた。彼は私にとっての兄弟子にあたる存在である。早速一緒に練習を始めたが、その内容は両手で空に円を描くという動作ばかりだった。
それでも1時間ほど繰り返しているうちに、全身の関節がギシギシと軋むような感覚に襲われ、やがて指先から目には見えない空気のようなものが噴き出しているような感覚が現れた。
この異常とも言える感覚を兄弟子に伝えると、「特に問題はない。我々の太極拳ではごく普通のことだ。私も最初はそうだった」と、落ち着いた様子で答えてくれた。
一緒に練習していた洪拳の先生も同じような感覚に驚いたようで、「なんやこれは」と大騒ぎしていた。
■ 先生の教えと「力の再構築」
そしていよいよ、紹介してもらった太極拳の先生のもとを訪ねる日が来た。先生は向かいの大学の教授で、大学内の宿舎に住んでいた。練習は平日の夜に行われていた。まず弟子たちが先生の家に集まり、「功夫茶(コンフーチャ)」という非常に濃いお茶を飲みながら、テレビを見たり、太極拳について語り合ったりした。
しばらくすると皆で練習場所へ移動する。その場所は大学敷地内の、人影のない薄暗いバスケットコートだった。
まず最初に先生から「これまでやってきた洪拳を見せてごらん」と言われ、腰の痛みをかばいながら虎の拳を打ってみた。
すると、「よく練習しているようだが、太極拳とは体の使い方が全く異なる。まずは力の出し方を、洪拳から太極拳独特のものへと作り直すことから始めよう」と言われ、練習が始まった。
最初は先生と押し合いをして、力比べをすることから始めた。私はとにかく全力で押したが、先生は太極拳の発力方法だけで涼しい顔をして押し返してくる。よくある「力を受け流す」ような柔らかい動きではなく、太極拳独特の内部から湧き上がるような力で、真っ直ぐに返してくるのだった。
練習のたびに様々な力比べを行いながら、太極拳的な力の出し方を体に叩き込まれていった。並行して太極拳のパンチの打ち方も教わった。これは単に攻撃するためのものではなく、リラックスした状態から振り出すようなパンチで、洪拳時代に身についた余計な力みを抜くことが目的だった。
■ 気づけば腰痛は消えていた
気がつけば、私は太極拳にも夢中になっていた。ある時ふと思った。そういえば、そもそもは腰痛を治すために太極拳を始めたはずだが、先生から健康についての話は一度も聞いたことがない。もちろん「気」についても語られることはなかった。ただひたすら、自分の骨格の状態をどう整え、どうすれば強い力を出せるのかということだけを徹底的に学んでいた。
いつの間にか腰痛は消えていた。ただし、無理をすると再び痛みが出ることもあった。そんな時は、自分の骨格の動きをより注意深く観察し、理想的な姿勢と動きに戻すよう、ゆっくりと丁寧に体を動かしていく。すると、自然と痛みが消えていった。
太極拳の骨格操作に対する理解が深まるにつれ、腰痛が出る頻度は減り、痛みが出る前に調整できるようになっていった。
■ 現在の整体のルーツとして
ちなみに、私の整体はこの時の経験が土台になっている。結局のところ、腰痛は「誰かに治してもらう」ものではなく、自分で体を動かしながら治していくのが最善だと思っている。私の整体院では、通常の施術も行っているが、希望者には気功や太極拳の動きから、その人に合ったものを選び出して指導することも行っている。
この先生のもとでは、陳氏太極拳の新架および炮捶(Paaucheui)を学び、数えきれないほど多くのヒントと課題を与えていただいた。出会ってから3年後、先生は研究の場を海外に移されることになった。別れの日が近づいたある日、先生は、これまで口にされなかった「氣」についてのの話をたくさん聞かせてくれた。また、それまで聞いたこともなかった奥深い話をたくさんしてくれた。出国前にそれまでの研究をまとめた本を出版された。その本には、その一部が書かれていた。
その10年余り後、海外での研究成果の一端を記した新たな一冊が出版された。そこには新たな研究の成果がたくさん詰め込まれていた。これら二冊の本は、今も私にとってかけがえのない「秘伝書」であり、整体という仕事を通じて、日々その教えを生かし続けている。
■ おわりに
私が出会った太極拳に「健康法」の顔はなかった。それはまさしく「功夫」だった。「功夫」とは、広東語で「武術の奥深い研究、そしてそれを実践する者」を表す言葉。カンフーという言葉の語源。健康法のつもりが、足を踏み入れたのは、本格的な武術だった。しかし、骨格操作を通じて身体を内側から観察することで、いつの間にか腰の痛みは遠のいていった。
武術とは、ただ戦うための技術ではない。
身体と向き合い、そこに隠された知恵と対話する行為から始まり、やがて「道」(タオ)に至るのだということが自身の体験を通じて理解することができた。
武術や整体を通して、少しずつ自分の心身を理解してきた。
そして、「道」(タオ)に至ったら、そこには新たな始まりが待ち構えていた…。
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